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フォスター・チルドレン 68

第6章 私の願いを聞いてください(2)

1(承前)

「蘭、これからどうするの?」
「明日は休みだから、ビデオでも借りてきて観ようかなって思ってたんだけど」
「恋人と会ったりはしないんだ」
 僕はうっすらと明るくなり始めた東の空を見ながら、独り言のように呟き、それからそっと蘭の表情をうかがった。
「残念ながら、恋人はいないもん。お金貯めるのに一生懸命だったからさ、恋なんてしている暇なかったんだ」
「だったらさ……今からデートしよう」
「デート? 誰と?」
 彼女は目を丸くして、僕を見た。
「誰とって……俺と」
 僕は口を尖らせた。
「なんだかずいぶんと積極的じゃない。ユンケルでも飲んできたの?」
 蘭は僕の腕に手を回し、笑った。長い髪が顔に触れてくすぐったい。
「いいわよ。お父さんをなくして寂しいんでしょ? あたしが慰めてあげる」
「馬鹿、そんなんじゃないよ。仕事を辞めて、俺も時間を持て余してるからさ」
「あら、単なる暇つぶし? ま、それでもいいわ。どこへ行く?」
「とりあえず……君を待ちすぎて腹減った」
「じゃ、うちへ来る? 簡単なものでよければごちそうするわよ」
 意外だった。僕はまじまじと蘭の顔を見る。どうしてこんなに愛想がよくなったのだろう?
 ――あたし、樋野君のことが好きだったんだよ。
 この前会ったときに蘭がこぼした言葉が脳裏によみがえった。
「なに? あたしの顔になにかついてる?」
「いや、今日はずいぶんとご機嫌だなと思って……」
「あたしって気分屋なの」
 蘭は僕の腕を引っ張った。
「あたしもお腹すいちゃった。早く行きましょう」
「あ、ああ……」
 僕は蘭に引きずられるように、夜明けの道を歩いた。

 蘭が作ってくれたのはアサリがたっぷり入ったシーフード・スパゲッティーだった。少し濃い味付けだったが、空きっ腹には涙が出るくらいおいしかった。いや、それ以上に女性の手料理を食べたのが、あまりにも久しぶりだったので、そのことだけでもう感激してしまった。
 蘭の部屋はパステル調に統一されていて、棚に並んでいるぬいぐるみなどを見ていると、高校生の住んでいる部屋のようにも見えた。
 蘭はもっと大人びた、落ち着いた雰囲気の部屋に住んでいるイメージがあったので、これもまた意外だった。要するに、僕は女性のことなどまるで理解できない鈍感な人間なのだろう。
「朋美の家には行ったの?」
「ああ、行ったよ」
 あまりその場にふさわしい話題ではなかったが、僕は朋美の部屋を訪ねたときのことをこと細かに喋った。帰りがけに出会った女性のことは黙っておいた。そこまでプライベートを暴露する権利が僕にあるとは思えない。
「朋美があんな気の強い女性だとは思わなかった。やっぱりあいつ、高校を卒業してから変わったよ」
「ううん。そうじゃない。朋美は昔から芯の一本通った強い女性だったもの。……でも、確かに少しだけ変わったかもね。あたし、二か月ほど前、朋美に殴られたんだ」
「え?」
 僕は驚いて、口の中に含んだスパゲッティーを吐き出した。
「どうして殴られたの?」
「いまだに理由はわからないんだけど。あれはね……確か、梅雨で鬱陶しかった時期だから、六月の中頃だったと思う。ずっと雨が続いていて、あたしもイライラしていたからね。
 お店での休憩時間中――お弁当を食べている時間だったと思うわ。朋美がいきなりあたしの前までやってきて、あたしの頬を叩いたの。なにが起こったのか、すぐには理解できなかったわ」

つづく

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