フォスター・チルドレン 62
第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(8)
3(承前)
「だったらどうして、あの事件のとき――あたしが道を誤るきっかけとなったあのときにあたしを救い出してくれなかったの? あたしのことが心配だなんて嘘よ。あなたは正義漢ぶりたいだけ」
朋美の感情は一定していなかった。冷静に喋っているかと思えば、急にヒステリックに声を張りあげたりもする。
「帰って! もう帰って!」
朋美は僕を扉に押しつけた。予想していない力だった。
「最後にもうひとつだけ訊かせてくれ」
僕は両足で踏ん張り、朋美の顔を見た。
「葉月はこの部屋の鍵を持っているのか?」
「当然でしょう。あたしたち、恋人同士なんだから」
「親父もこうやって君の部屋へ押し入ったわけだな。そのときは、今俺にやっているように押し出すんじゃなくて、君は自分から部屋を飛び出していったわけだ。どうしてだ? 君のこの力なら、親父を追い出すことなんて簡単にできただろう?」
「怖かったのよ! あの人に見つめられると、弱音を吐いてしまいそうで……」
朋美はそこで言葉を止めた。それが彼女の本音なのだろう。
「君はやっぱり親父にSOSの信号を出していたんだな」
「違う! そうじゃない! あなたのお父さん、すごい力だったのよ。あたしなんて突き飛ばすような勢いだった。だから追い出すことなんてできなかったの」
「嘘だ。親父は事故の後遺症で、指を動かすことすらままならなかったんだぞ。そんな状態で、無理矢理部屋に押し入ることなんてできるものか」
不意に彼女の表情が変わる。僕はその変化を見逃さなかった。
「君は『心のオアシス』へ電話をかける前、蘭にもSOSを発していただろう? 蘭の家には何度も『殺してやる』って電話がかかってきていた。あの悪戯電話も朋美の仕業だったんだろう?」
「お願いだからもう帰って……」
突然力がゆるみ、朋美はその場に膝をつき、体勢を崩した。
「帰って……帰って……」
泣き崩れる朋美に、僕は言葉をかけることができなかった。
部屋を出ると、ちょうどこちらに向かって一人の女性が歩いてくるところだった。僕とそれほど歳は変わらないのだろうが、けばけばしい――見るからに水商売をやっているとわかる女だった。買い物袋を両手に抱えたまま、怪訝そうに僕のほうを見る。
「あんた、誰?」
女は唇を突き出し、煙草くさい息を吐きかけてきた。
「誰って……長瀬さんの友人ですよ」
「長瀬?」
彼女は唇を突き出し、なにやら考えこんでいたが、すぐに口元に笑みを作り、
「ああ、あの小間使い」
そう答えた。
「あなたは誰なんです?」
ぶっきらぼうに尋ねる。
「あたし? あたしは長瀬朋美のご主人様のこ・い・び・と」
女は僕の前に唇を突き出して答えた。首にできたスジが嫌悪感を誘う。
つづく
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