フォスター・チルドレン 63
第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(9)
3(承前)
朋美の部屋の扉が勢いよく開いた。驚いて振り返ると、鬼のような形相をした朋美が肩で息をしながら立っている。
「あら、いたの? こんちはあ」
女は朋美の頬を撫で、けらけらと笑った。
「どうしたの? そんな怖い顔して。あなたらしくない」
「もうやめた……もうやめました。自分の気持ちを抑えこむのは限界。なにも怖くない。あたしはもう、なにも怖くなんかない……」
朋美はまるでお経でも唱えるように、口の中でぶつぶつと独り言を繰り返した。
「なにいってるの? あんた」
「葉月さんはいません。ここはあたしの部屋です。帰ってください」
朋美は全身を小刻みに奮わせながら、女を睨みつけた。
「あらあら、小間使いがえらそうな口をきくじゃない。マサルがね、焼き肉を食べたいっていうから、あたしわざわざ買い物までしてきたのよお」
「だったら葉月さんのアパートへ行ってくださいよ。どうしてあたしの部屋なんです? どうしてあたしの前でなんです?」
「だってえ、マサルにいわれたんだもん。便利な女だから遠慮なく使ってくれって。マサルのアパートって大家がけちくさくって、壁とか汚すとあとがうるさいのよねえ。だからさあ」
「おい、一体どういう――」
僕はわけがわからず、朋美に声をかけたが、
「樋野君には関係ない!」
と途中で遮られてしまった。
「なに? こちら、あなたの彼氏なわけ?」
女は珍しいものでも見るような目で、僕を振り返った。
「駄目よ。あなた、もっとこの子の面倒を見てあげなくちゃ。この子、欲求不満になっちゃうわよ」
「欲求不満?」
「お願い! 樋野君は帰って!」
朋美の叫び声。
「マサルってさあ、この子が目の前にいても、平気であたしにセックスを求めてくるの。あたしも最初は悪趣味だと思ったんだけどさあ。この子、なんにもいわないし。なんだか存在感がまるでないから、あたしも平気になっちゃった。ホント、幽霊みたいなんだもん」
女は朋美の頬をもう一度撫でた。
「でも、あんな激しいところばかり見てたんじゃ、あなたも欲求不満になっちゃうわよねえ」
「帰って!」
朋美は女の手から買い物袋を奪い取ると、それを外に向かって放り投げた。
「あら、珍しい。あなたがそこまで感情をおもてに出すなんて。彼氏の前だから張り切っているの?」
女は薄ら笑いを浮かべたが、朋美の怒りの表情に、脅えているようにも見えた。
「わかったわ、帰るわよ。マサルによろしくいっといてね」
女は片手をあげると、「ふん」と鼻を鳴らし、足早にその場を去っていった。
「おい、朋美……」
「あなたも早く消えて! あたしの前からいなくなって!」
朋美はそう叫ぶと、ドアを閉め、部屋の中に引っこんでしまった。
僕はドアをノックしようと右手を上げたが、思い直してその手をポケットにおさめた。
今、僕がなにをいっても、朋美の心を癒してやることなどできないだろう。
つづく
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