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フォスター・チルドレン 65

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(11)

4(承前)

 「愛夢」のママ――美登里さんはすぐに電話に出た。蘭の友達だということで、いろいろと話を聞こうと思っていたのだが、驚くことに彼女は親父の名前を知っていた。
「父はよくそちらの店に行っていたのですか?」
 まだ早い時間で、店は暇なのだろう。美登里さんは面倒くさがらずに、僕の質問に答えてくれた。声だけで判断するなら、とても感じのよい人だ。
「うん、常連よ。そういえば、最近御無沙汰だけど、どうかしたの?」
 僕は言葉に詰まった。美登里さんは親父が事故に遭ったことも、そのあと殺されたことを知らないらしい。受話器の向こうのママの笑顔を強ばらせたくはなかったが、本当のことを黙っているわけにもいかなかった。
 親父が死んだこと――そして事故の前に「愛夢」に立ち寄っていたことを告げると、美登里さんはしばらくの間、沈黙を続け、そしてぼそりぼそりと喋り始めた。
「人生ってのはわからないものね。まさか、うちの店を出たあとで事故に遭うなんてね。最後に樋野さんが来たのはええと……」
「先々週の金曜日ですよ」
 受話器の向こうで、若い男の声が聞こえた。
「あら、研ちゃん。あんたよく覚えてるわねえ」
「その日は給料日前でしたからね。金がなくて、薬も買えなくて、それで樋野さんから薬をもらったんです。まさか、あの日に事故に遭っていたとはなあ……」
「なんです? 薬って」
 僕は美登里さんに尋ねた。大麻のことが頭に浮かび、身体を強ばらせる。
「ああ。ごめんなさい。聞こえた? ううん、別にやばいもんじゃないのよ。うちでバーテンダーをやっている研ちゃんって子がね、鼻炎がひどくて、薬がないと鼻をぐずぐずいわせて、まったく仕事にならないの。で、あの日は薬を切らしていて――給料日前だったもんだから薬を買うお金もなかったらしくて、くしゃみをしながら仕事してたわけ」
「俺が苦しそうにしていたら、樋野さんが薬をくれたんです。今度来たら、そのときのお礼をしなきゃと思って……」
 研ちゃんの声が聞こえた。美登里さんが彼に、親父が死んだことを告げる。
「え……」
 研ちゃんの驚きの声は本物だった。親父の死を哀しんでくれる人がいることは嬉しかった。
「あの……その日、父は一人でそちらへうかがったんですか?」
「うん、一人だったわよ。樋野さんはいつも一人だから」
「このあとどこかへ行くとか、そんな話はしていませんでしたか?」
「あたしは聞いてないけどねえ……研ちゃん。あんた、金曜日の夜、樋野さんがこれからどこかへ行くとかそんな話をしたこと覚えてる?」
「そこまでは……。だって俺、あのときは眠くて眠くて……気がついたらもう樋野さんはいなかったでしょう?」
「そう、あんときは大変だったよね」
 美登里さんが笑った。なんの話かわからず、首をひねっていると、彼女は僕の気持ちを察してくれたのか、丁寧に教えてくれた。
「あの日、研ちゃんったら、カウンターの中で急に倒れたの。びっくりしてあたしが炊事場の奥に連れていって介抱してやろうと思ったら、なんといびきをかきながら寝てるんだもの。あたし、思いきり、研ちゃんの頭を叩いてやったわよ」
「前日に徹マンをしていたもんで……」
 研ちゃんの声が聞こえた。

つづく

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