フォスター・チルドレン 56
第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(2)
1(承前)
親戚の人間だって、顔だけはなんとなく覚えていても、名前すら知らない人たちばかりだった。
僕は饒舌だった。母さんの兄貴だと名乗る男は「君がしっかり者で安心したよ」などと、呑気な台詞を僕に向けた。そんなことをいわれたのは生まれて初めてだった。錯乱した僕は、どうやらしっかり者に見えるらしい。
慌ただしく、しかし滞りなく、すべてが型式どおりに進んだ。
通夜は木曜日、告別式は金曜日に行われ、親父が骨だけの姿になるのを見届け、皆が散っていたあと、僕は骨壺を持ったまま、テレビ局に向かった。
親戚の連中は誰も、僕のことを心配しようとはしなかった。一人ぐらい、「これから一人で大丈夫か?」と近づいてくる人がいるのではないかと思ったが、まったくそんなことはなかった。僕がそれだけしっかり者に見られたということか、それともしょせんは他人だからということなのか――。
金曜日の夜は「ロック天国」のチャンピオン戦が行われる。正直、とてもそんな気分ではなかったのだが、一人でぼんやりと夜を過ごすのも恐ろしかった。とにかくなにかをしていないと頭の中がどうにかなってしまいそうだった。
夜九時。待ち合わせ場所には誰も現れなかった。ゼンタの説得は空振りに終わったようだ。あるいはカッちゃんくらいは来るのではないかと考えていたのだが結局、僕はひとりぼっちだった。僕はまだ心の片隅で、バンド仲間がプロデビューを望んでいるのではないか、と思っていたのかもしれない。
だが、望みは完全に絶たれた。
さよなら、JUST……。
蒸し暑い夜だったが、なぜか寒気を感じた。僕は鳥肌の立った二の腕をさすり、テレビ局に入った。
事情――事情なんてなにもない。ようするにメンバーの我が儘なのだが――を説明すると、プロデューサーは苦い顔をしたが、それでもチャンピオン戦への出場を許可してくれた。僕が土下座をしてまで、出演を乞うた結果だった。
普段の僕ならここまではしなかっただろう。投げやりな気持ちになっていたのかもしれない。今は音楽に一生懸命にならなければ、自分を正常に保つことに自信がなかった。
僕はどうしてもプロになる――プロになりたい。
そんな気持ちが一気に噴き出し、その思いをまっすぐプロデューサーにぶつけた。
「君の気持ちはわかった。だが、君らの返事が遅かったから、新しいキーボードの子は、もう他のバンドに回してしまったぞ。だから君一人ってことになる。一人ではなあ……」
「俺、ギターを弾きながら歌います。歌えます」
僕は頭を下げ、そして強引な願いは叶った。
一人きりで舞台に立つのはものすごい緊張感だったが、僕は皆の前で最後まで歌いきった。自信のオリジナル曲をフォークギター一本で熱演した。愛する者を失った哀しみを歌った曲だったのだが、精一杯の気持ちをこめて仲間に、そして親父に向けて歌った。途中で涙があふれそうになり、一箇所声がうわずったが、そんなことはかまわなかった。ただ気持ちのままに熱唱し続けた。
歌い終わったあとはなにもわからなかった。ただ客席から大きな拍手が湧き起こり、司会のコメディアンがしきりに肩を叩いてくれたことだけを覚えている。
僕は準優勝だった。チャンピオンには選ばれなかったのだから、プロデビューできるわけではない。しかし、よくここまで頑張れたものだ。
その日の夜は一人で祝杯をあげた。いや、祝杯なのか――哀しみを忘れるための酒だったのかわからない。
僕は珍しく正体をなくすまで飲み、明け方近くタクシーに乗ってアパートまで戻ってきた。
部屋の留守番電話にはメッセージがひとつ入っていた。
「今日のおまえかっこよかったぞ。これからも頑張れよな」
アツシからの伝言だった。僕はそこで大泣きしてしまった。
親父が死んで以降、初めて声を出して泣いた瞬間だった。
つづく
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