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畑と天体とハロウィン 第647話・10.31

「さて、かぼちゃの用意はできた。あとこれか」私は郊外で小さな農園コスモスファームを運営している。今日は大学で研究員をしている彼が、大学の仲間を連れて、ハロウィンパーティーをすることになったの。

 でも、仮装をして大騒ぎするとかじゃない。大学にいるケルト文化の研究者が「もっとも原始的なハロウィンの原形のような再現をしないか」という話で盛り上がったの。その際に郊外にある私の農園の前が、いちばんやりやすいのではということで、選ばれた。

「確かに、かぼちゃの栽培はしていたけど、なんでカブも?」彼を通じてその研究者がいうには、昔はカボチャではなくカブが使われたというの。
「かぼちゃが発見されたのが、アメリカ新大陸だからか。ハロウィンの代名詞、わざわざオレンジ皮の品種を栽培して『ハロウィンかぼちゃ』で、結構ネットでも売れたのにね」
 私は不思議な気持ちになりながら、カブとカボチャを作業台の上に置く、これは明るいうちからみんなが来て、ジャックオーランタンをつくるの。「私は野菜を生育するまで、あとは」家から畑までの間に広い屋外スペースがある。そこにテーブルといすを置いた。幸いにも天気は晴れてくれそうな予感がする。ここでみんなでハロウィンパーティ。「そして最後は天体観測ね」私は横に望遠鏡もセットした。そして時計を見るみんなが来るまで予定ではあと30分。

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「今日はよろしくお願いします」彼、一郎に連れてこられたケルト文化の研究者の茶郷(さごう)教授は、彼よりも一回り年上、小太りで顎ひげを蓄えている。そして茶郷教授のゼミの学生さんだという。若い男女数名がついて来た。

「じゃあ、さっそく、コスモスファームさんが用意してくれたミニカボチャで、ジャックオーランタンを作りなさい」茶郷の合図で一斉にナイフを手にかぼちゃに傷つけ始めた。ナイフはみんな持ってきてくれたので、用意していない。

「あ、ごめんなさい。事前の仕込みで」と30分ほど遅れて入ってきた女性は茶郷教授の奥様。いっしょに小学生の低学年ほどの子供2人と来た。
 彼女は当時の料理を再現したという。「料理研究家?」私は思わず質問すると彼女は口元を緩めて笑顔になるが、質問には答えずじまい。
 ゼミの学生でかぼちゃを彫り終えると、奥様の料理の手伝いを始めた。私は何かしようにも、余計なことをして邪魔をしてはいけないと思い、キッチンをすべて任せる。

「いいカブですね」と、茶郷教授は目を細める。「では僕がやりましょう。彼はナイフを持ってカブに穴をあけ始めた。
 次々とかぼちゃのジャックオーランタンが完成。くりぬいたかぼちゃの中身はすべて、煮物にした。
「パーティらしくないが、かつてのケルト人が食べていたモノはおそらく煮物のような、素朴なものだろう。ただ当時カボチャはなかったはずだからそれは違うが」と教授がひとり言。

 気が付けばテーブルに料理ができている。今くりぬいたかぼちゃやカブの実を使って煮込んだ単純な料理のほか、奥様が作って持ってこられたかぼちゃのポタージュを温めたもの、それからかぼちゃケーキがある。

 気が付けば夜がすっかり暮れてきた。冬至までまだ2か月近くあるというのに、最近めっきり暗くなるのが早い気がした。

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「さて、コスモスファームさん、今日はこの場を提供してくださり感謝します」すべての準備が終わり、一斉に外のテラス席に座っている。すでにくりぬいたオーランタンにはロウソクが灯されていた。幻想的な明かりが並ぶといつも見慣れるこの場所が全く違う世界のよう。テラス席の周りに置かれている。そしてテーブルに置いたひときわ大きな明かりは、カブのオーランタンだ。「今日は畑の奥から何か出てくるかも」私はすっかり暗闇になった畑の方を見て小さくつぶやく。

「ハロウィンの源流、もともと、ケルト人の1年の終わりは今日10月31日です。秋の収穫を一年の終わりとし、厳しい冬が始まると新しい年という位置づけだったんですね。だから今日はケルト人の大晦日なんです」
 すでに何度も話をしているためか、学生たちの中には教授の話よりも目の前の料理の方に視線が向かっている気がした。
「そして、死者の霊が家族のときに遊びに来るのもこのタイミング。つまりお盆も兼ねているわけだ。ところがそれらの霊に交じって悪い存在、魔女や精霊も来てしまう。そこで魔よけの焚火を炊いて仮面をかぶった」
 ここまで言うと茶郷はカバンから、ひとつの仮面を取り出す。
「当時の仮面を再現したレプリカがこちら。みんなにこれをかぶってやってもいいが、そこまでやると、子供たちが」教授が視線を子供たちに向ける。ふたりの子供は、奥様と一緒に教授の話を聞くことなく遊んでた。

「ま、いいでしょう。このオーランタンの光だけで過ごす夜。聞けば星もきれいだと聞きました。食事のあと天体観測もしましょう」
 ようやく教授の話が終わると、学生たちが一斉に「Bímid ag ithe!」と唱えた。「え、何?」私は聞きなれないキーワードに驚きの声を上げる。「ああ、ケルト語に最も近いと言われている、アイルランド語で『食べましょう』と言ったんです。『いただきます』ですね」と教授が説明。
 学生たちはおなかをすかせたのか一斉に食べる。ひとりあたり私や彼が食べる量の1.5倍用意しているけど、やっぱい若いのか食べるスピードが速い。

私はマイペースに煮込みやポタージュ、ケーキをいただいた。

「Trick or treat!」ちょうどみんなの食事が終わったころ、突然子供たちが、ネイティブな英語で話しかけた。「お、ちゃんと覚えたな。アクセントも見事だ」教授はにこやかな父親の顔になると、母である奥様に促す。ここでふたりの子供におもちゃをプレゼント。
 次に私の方に向かって「Trick or treat!」「あ、私も」私は立ち上がって家に戻る。この話はすでに彼から聞いていたのでわかっていた。あらかじめ用意していた焼き菓子を持ってきて、ふたりの子供にプレゼント。子供たちは嬉しそうに「ありがとう」と日本語で礼を言う。キッチンを見ると学生たちは、食べ終わった食器の洗い物をしてくれた。今日は全部してくれる人がいるから私は楽。

「そろそろ、天体観測しましょうか」と彼が席を立ち上がる。そして望遠鏡をセット。「さ、みんな、天体観測の時間だ!」洗い物が終わった学生たちが戻ってきた。
「今は何が見えますかな」「そうですね。もう11月の天体が見えるかな。スピカとか」そう言って彼は望遠鏡をのぞく。「お、見えますね。金星かなあれは」彼はそう言って望遠鏡から離れると、学生たちは順番に望遠鏡をのぞく。

 今日は美味しいハロウィンディナーをいただいたから、私は望遠鏡で見るのを辞退。かわりに満天の星空を肉眼で静かに眺めた。



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