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別れの前の男鹿半島 ~都道府県シリーズその4 秋田~

「男鹿半島の入道崎灯台か、懐かしいわね。あれからもう8年」偶然にパソコンに映し出された男鹿半島の先端にある入道崎灯台の画像を見て懐かしそうな表情をする英子。
「そうそうこれを見た当日にカウンセラーを目指すために上京したのね。みんなから無謀と言われたけど、おかげでどうにかやっていけている。
 今日は勤労感謝の日。働く人はみんな休みなんだろうけど、私は自営だからね。逆にライバルが休む日こそが稼ぎどき。作戦成功だったけど忙しかった」と言って首を3回ほど回す。

 英子は小さいながらも、どうにか開業にこぎつけたクリニックのカウンセリングルームで一息ついている。祝日にも関わらず開けておいたのが成功した。一時間ほど前まで行っていたカウンセリングも無事に終わる。
 いまは帰宅までの残務処理の時間。毎日の反省を頭の中に浮かべながら、時折ネットを徘徊するひとときが最も楽しい。

 今日もそんな時間をひとりで楽しんでいたが、このときばかりは、故郷秋田から上京する直前に立ち寄った、男鹿半島のことが脳裏に浮かぶ。

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「英子ちゃんがそういうなら、頑張ってとしか言えないよ」
 秋田市内で生まれ育ち、大学卒業後に地元のクリニックで就職した英子。そこで知り合った同じ年の富雄と仲良くなる。富雄は英子のことを恋人にしたいと意識していた。しかし英子は友達以上の関係を持とうとは思っていない。

「若いうちに都会の空気を吸っておきたいの」英子が上京を決意したのが、秋田を発つ半年前。東京のクリニックでスタッフを募集していたので、申し込む。そして面接のために上京し、入社が決まったのだ。
「英子ちゃん、最後にドライブに行こう」秋田を発つ日の前日、富雄からの提案を英子は了承した」

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「意外にここ初めてかもね」「そうだろう。俺も初めてかもしれないな、大潟村に来たの」
 富雄はレンタカーで英子をドライブに誘った。15時ごろの新幹線で東京に向かう予定。だから朝から回れるところと言うことで、男鹿半島に行くことにした。
 その途中で通ったのが大潟村。最短距離なら通る必要もなかったが、富雄が「この機会」と思って、大潟村経由で向かうことにしたのだ。
「ここって、もともと湖だったんでしょ」「そう、八郎潟を干拓して作ったんだそうだ。それで干拓地そのものが村になったんだって。だから走っていると直線の道が延々と続いているから、油断していると眠くなるよ。ウファオア」

「朝早かったからじゃないの。本当に寝ないでね。今日行くのが東京じゃなくて、あの世なんてしゃれなんないから」

 大潟村を走りぬきやがて水路のところに出る。この先にあるのが男鹿半島だ。日本海に面した道を標識に示した通りに進む。国道101号線から秋田県道55号線に入る。このまま県道沿いに進めば、今回の目的地入道崎灯台だ。

「お、海が見えてきた」「今日の海は穏やかね」
 外は薄曇りだが、この日は風が少ない。日本海は波も少なく穏やかだ。英子は穏やかな海を見ると自らの決断が良い方向に行くと確信する。そこからしばらく走るとやがて入道崎に到着した。

 車を駐車場に置いて外に出るふたり。「秋田にずっと住んでいたのに、あんまりここに来てなかった」「やっぱり、英子ちゃんは旅行とかするイメージがないから、そうじゃないかなと思ってたよ」
「そう見えるかしら? でも私、旅行は好きよ。ただ国内はあまりしない。海外ね。バリ島とプーケット、それからサムイに行ったことがあるの。いずれも大学の女子会で」

 ふたりの前には入道崎灯台が見えてきた。白と黒が交互に縞模様なっている個性的な灯台。
「本当は夕日のときがきれいなんだって」「え!あ、ごめん。でもできれば今日中に」「東京に行きたいんだろ。わかっているよ。でもこの時間でもきれいだなあ」

 いつしか覆っていた薄雲が、無くなっていた。灯台の背景は、鮮やかな青い空になっている。
「あ、これ何かしら?」英子が何かを見つけた。「あ、北緯40度のモニュメントだ。これだったのか」富雄がいうように、この場所は北緯40度地点に該当する。そのことを示したモニュメント。
「不思議ねえ。北緯とか東経とかそういう言葉はしっている。普段まったく気にしないのに、こうやってモニュメントを見ると意識しちゃうのだろう」

「英子ちゃんらしいな。あ、せっかくだから記念に一枚とっていい」
「あ、いいわよ」富雄は、モニュメントの前に英子を立たせる。自分のスマホで一枚撮影した。

「さて、あとまだ時間があるな」
「富雄君、今度はどこに連れてってくれるの」「秋田らしいところで、やっぱり『なまはげ』かな。この近くになまはげ館っていうところがあるんだ」「今日は富雄君にお任せ。いいわ」

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「何、平成28年に恋人の聖地『恋する灯台』として認定されたか」英子は、入道崎のことをいつの間にかネットで調べ、今そのことを知った。
「懐かしいわね。あのときはまだ違ったようだけど、確かに恋人が行くのには良い場所だった」
 英子のデスクにはコーヒーが置いてある。30分以上も前に入れたコーヒーはすでに冷めていた。だが英子は気にせずに、コーヒーカップのハンドル(持ち手)を握る。
「富雄君の気持ちもわかっていた。でもごめんね。私は異性の男性がダメなのよ」英子はそうつぶやいてコーヒーカップを口元に置き、冷めたコーヒーを飲む。
「英子先生!」という声がする。入ってきたのは、助手の玲子。

「あ、玲子ちゃん。もう今日は診察終わったから先生はいらないわ」
「失礼、英子さんまだ帰らないんですか」「うん、もう帰るわよ。玲子ちゃん退社したのに戻ってきたの」「はい、一緒に帰りませんか」
「うふ、玲子ちゃんはもう。じゃあ今からどこか夜ご飯食べに行く」「はーい、英子さんの好きなタイ料理がいい」と甘えるようなしゃべり方で英子のすぐ真横に玲子が迫って来た。「相変わらず。かわいいわね」英子は玲子を後ろから抱きかかえ、顔を優しくなでる。
 つまり英子は同性愛者で、助手の玲子が恋人であった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 307

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