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モミジだけが紅葉するのではない

「楓(かえで)、危ないからよそ見しちゃだめよ」霜月もみじは、保育所に預けていた、まもなく3歳になるひとり娘との帰り道。
 いつもは自転車で迎えに行くが、迎えに行こうと家を出ると、パンクしていることが分かった。仕方なく近所の自転車屋に修理に出す。いつもなら5分程度の道のりを20分ほどかけて歩いてきた。

「あ、あれにはのらないの?」と、いつもと様子が違うことに戸惑う楓。「ごめん、自転車が壊れちゃったの。だから今なおしているわ。あとで取りに行くから、今からはおうちまで一緒に歩きましょ」
 楓は少し不機嫌な表情をするが、もみじは笑顔でなだめながら、優しく手をつないで帰り路を歩いた。

 外はすっかり秋空。天気は良く日なたは暖かい。しかしときおり吹く風は、肌に当たれば冷たい。確実に冬に向かっている。しかしもみじは、名前の通り秋が好き。年末に向かって少しずつ寒くなっている日々の瞬間こそが、一年で最も好きなのだ。

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 家との途中10分程度歩くと、小さな児童公園がある。「あ、ちょっと休憩しようか。疲れたでしょ」楓はそれを聞くと大きくうなづく。
 ふたりは公園の中に入り、ベンチに座った。
「ブランコのりたい」と座って数十秒もかからないうちに、目の前にあるブランコを楓が指さす。「そうね。じゃあ乗ってみようか」

 楓はすでにひとりでも乗れる。ただまだ止まった状態のブランコを、自力で前後に揺り動かすまではうまくできない。だからシートに座り、左右の手でブランコのロープをしっかり握る。それを見届けたもみじは、ゆっくりとブランコを前後に動かす。ある程度まで動かすと手を放した。あとは楓が自分でブランコをコントロールできるのだ。

 ブランコはちいさな楓をのせたまま、前後に動く。同じ動作を繰り返すためか、定期的に高めの金属っぽさと空気が抜けたのがが混ざったような音がする。さらにもみじはそれを眺めているだけで、ブランコが風を巻き起こして、冷たい風を送り出しているイメージが湧いた。実際に風はは当たっていない。だがあたかもかつての幼少のころの自らの体験した記憶と、目の前にいる楓の存在が時空を超えて一致した。だからそのときに体験した記憶が一時的によみがえったのだろう。

 ブランコを楽しく動かす娘を見ながら、もみじは公園に植えられた遠くに見える気に視線を送ってみる。「この公園のモミジは、そろそろかな。私が11月3日、この子が23日と、11月には縁があるわ。ついでにパパも11月生まれ。14日だから、そうそう明日土曜日が誕生日ね」

「パパのたんじょうび、プレゼント!」と楓はブランコを漕ぎながら大声で叫ぶ。
「さて、パパのプレゼントは何にしようかな。ん?土曜日か、え?今日って13日の金曜日!」
モミジは、突然そのことを思い出し、一瞬身震いした。
「それで、自転車が!なるほどね」と根拠のないことでひとり納得する。

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「あ、モミジが赤くなってるわ。ねえ、楓ちゃん、赤いモミジ見ようか?」
といってもみじはブランコを止める。
「もうすこしだけ!」とつまらなそうな楓であるが、もみじは「また今度乗せてあげるから」と優しく諭して娘を降ろした。

 公園内にモミジの木が10本近くある。遠くからでも見えていたが近くで見ると完全ではないが赤く染まっていた。「これを見ると秋、私の季節が来たってとこかな」これは自らの名前と同じ木である。親近感が起こるのは当然であった。

「じゃあパパの誕生日は、紅葉の名所にドライブかな。今晩帰ったら相談しよ。そしてお昼はちょっとリッチな食堂で、秋の味覚を食べちゃおう。3人で誕生日を祝うわよ!」と、もみじはひとり嬉しそうに想像をする。
「ママ!あのきもアカイよ」と大声で楓が指をさす。
「あそこにモミジ? 確か確かあの辺りには無かったはずだけど... ...」

 もみじが見ると、そこにあるのは桜の木。まだ若いのか?ツルツルしたシルバーっぽさが目立つ木の幹。そして横筋のような出っ張りが無数についている。
「これって!桜じゃないの。楓ちゃん。これは違うわ。この木は春になったらピンクの花を咲かせるのよ」とモミジは説明するが、娘は首を思いっきり横に左右に振って否定する。そして「でもこれがアカイ」と再度指さした。

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「あ、本当だ。確かに赤い。 へえ、桜の木の葉も紅葉するのか。初めて知ったわ」もみじは、楓の気づきにより初めて桜の紅葉と言うものを意識した。
 そして娘の目線まで体をしゃがみ込み、頭をなでる。
「楓ちゃん。本当ね。ママ気づかなかった。うん、確かにこれも紅葉ね。ありがとう」と優しく伝えると、満面の笑みを浮かべて嬉しそうな楓。

「さ、帰るわよ。そろそろ自転車直っているかな。明日はパパの誕生日だから、3人で紅葉のきれいなところを一緒に車でドライブしようね」と娘の手をつなぐと、楓は褒められたこともあり、上機嫌な笑顔でうなづく。こうして楽しそうに公園を後にする母と娘であった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 297

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