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闇の晩餐会

 2020年のハロウィンの夜は、ブルームーンであった。これは本来の意味とは少し違ったらしいが、いつしか1月に2回満月が来る日をそのように読んだ。そして満月と言えばあの存在が変身する日。

「ウウオオオーン!ああまたオオカミになってしまった。今月2回目だ」とつぶやくのは人狼。
「でも、まあハロウィンの夜だから、いつもよりは気が楽だな。この姿で人に見られても『仮装している』って言い訳できる。さて今日は堂々と月でも眺めながら帰ろうか」「おい、人狼!」
「だ、誰だ! なぜ俺の正体を」人狼が振り向くと、そこにいるのはシルクハットとマント姿の男。

「フフフウフ。私の能力をもってすれば人間と人外の区別など一目瞭然」
「ということは、単なる仮装ではないな。あ、ドラキュラ!」

「その通り、元祖・吸血鬼のドラキュラ。最近はバンパイアのほうが有名になってちょっと知名度が下がって落ち込んいるが、それはいい」
「まあ俺も昔は狼男って言われたものだが。で、何の用だ。今日あんたは、仮装者に紛れて血が自由に吸えるんじゃ。あ、俺はやめろよ。今は狼だから、戦闘力半端じゃねえよ」と、念のために人狼は警戒の構えを見せた。

 対照的ににこやかな表情のドラキュラ。
「心配はいらない。君は襲わないし、実は最近私は人は襲わない。肉屋で売っている生レバーの中に入っている血で済ませている」「そ、そうか」人狼は警戒の手を緩めた。
「本題だが今宵はよい月だ。ある意味仮装ではない本物同士、闇の祝宴でもやらないかって相談だ」人狼は思わず空を見る。満月が美しい姿を見せている。思わず吠えたくなったが、ここではそれを抑えた。
「ほういいね。だけどあんたと2体でじゃちょっと寂しいな。フランケンとかいないのか」

「あ、フランケンはさっき誘ったら『忙しいって』言われて断られた。でも心配するな。実はほかに仲間を呼んでいる。実は魔女もいるんだぜ」
「魔女、お、そりゃいいね。よし仮装ではない本物が集まった闇の晩餐会だ」

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 こうしてドラキュラに案内される人狼。人里離れた山の中を進む。
「よし、ここだ」まともに道のない暗闇の中を歩いていくと突然開けたところがある。そこは広場になっていた。「いいね。あそこに満月も見えるし」と人狼は満足げに「ウォー!」と人吠え。
「あれ、俺たちの他に誰もいないけど」「ああ、宴会用の食糧を調達しているはずだ」「そうか!」「そろそろ戻ってくるだろう」
 とドラキュラがつぶやくとそれに呼応したように、広場の反対方向の前の草むらから、何かが近づく音が聞こえた。

「おまたせ!」と戻ってきたのは、背丈の違う黒いトンガリ棒の女性が2体プラス姿がはっきりしない1体がいた。
「あ、魔女さんだ」と人狼は嬉しそう。

「あ、人狼さん、よろしくお願います。私は魔子でーす」とあいさつしたのは、背の高いほう。「私は魔美よ!」こちらは背が低いが声がしっかりとしている。

「あ、あの後ろの方は」「あ、僕は死神です」「ああ、これは初めましてってええ?」人狼の顔色が変わり、思わず腕を前に出し攻撃の構えを見せる。
「おい人狼、大丈夫さ。今日はプライベート。人間じゃないし、あいつは元気な奴の命いきなり取ったりしないから」とドラキュラになだめられると、人狼は少し安心した。

「さて、みなさん。食料は調達したかね」
「はい、わたしと魔美で、寿司を買ってきました」と魔子は風呂敷を出してきて開けると、持ち帰り用の寿司桶が出てくる。
「寿司? なんだか人間の食べ物だな」
「そうですよ。人間と共存してますもの。それにもう日付が変わって11月1日になりました。今日は寿司の日なので。仮装しているふりして堂々とこの近くの町にある回転寿司の全国チェーン店から買ってきましたわ」と魔美。

「まあ、普段は人間だからいいけど、ドラキュラさんは寿司なんて食べられるの」「フウフッフウ。私はこの中に生レバーをすりつぶした特製ドリンクがあるので、それは皆さんのもの。食べませんよ」と不敵な笑いを浮かべる。

「ドリンクは、僕が」と死神は、一升瓶を前に出してきた「え、それは?」「人狼さん焼酎ですよ。今日は焼酎の日でもあると、魔美さんから聞いたので。ちょうど向かった酒屋では、先々代の店主が危篤で寝ておられたんですよ。だからついでに一仕事してきました」
「さすが、死神さん!仕事が早い」「仕事ができる死神さん素敵!」「フフフフ、お見事!」と笑う、ドラキュラと魔女たち。人狼は顔では笑顔を絶やさないが、なぜか心は笑えない。

「さ、飲みましょう。満月のハロウィン晩餐会と言うことで」と仕切るドラキュラ。彼以外はプラスチックのコップになみなみと焼酎が注がれた。

「カンパーイ」と一斉に声を出すと、一斉に飲む。「みんな普段から人間じゃないから、ロックとか割るという発想なんか無いんだろうな。うーんこれ芋の香りが良いね。プハー。でも、やっぱり蒸留酒のストレートはきついわ。あ!」と人狼が見ると、魔子はその場で倒れるように寝てしまった。
「あら、魔子は酒弱いわね。私とは大違い、魔美はいくらでも飲めるのに」「僕も、ヒッ。酔いました。最後の酒屋の先々代のおけげで、10月は3か月ぶりにノルマ達成!ヒッ。これは自分自身へのご褒美です」

「さあ、寿司を食べないと」とドラキュラの一言で、我に戻る人狼。「あ、では頂きます」と人狼は寿司を食べる。
 普段は人間だから、寿司の食べ方はいつもと同じ。一番高そうな、大トロを選ぶ。醤油をつけて口に入れると、口当たりのネタは少し冷たい。しかしすぐに脂身のとろけ具合が口の中に広がった。その直後、鼻まで襲う薬味のフレーバー。「こ、これ、わさびが思いっきり」「あれ、人狼さんわさび苦手」「い、いえ、魔美さん最近の寿司ってわさび抜きが多いから油断してただけ、ううう」

「人狼さん、大丈夫ですか」「あ、いや死神さん大丈夫!」と水代わりに焼酎を飲む。「ふう、このペースだと絶対酔うなあ」
「あのう、皆さん僕の話聞いてください」「あ、はい」
 人狼以上に酔っているのか少し口調が滑らかな死神。「僕ポジション微妙なんですよ。だってドラキュラさんとか名前じゃないですか。僕の名前『死神』って職業ですよ。これってドラマでいえば、名もなきチョイ役みたいで」と死神は愚痴をこぼしだした。
「死神さん、そんなの私たちも同じよ。魔女でひとくくり。名前があるのに。あ、そうだひとつ質問していいい」「魔美さん、何、ひっ」「あのお、死神さんはゾンビのことどう思います」

 ところが、魔美の一言で、突然不機嫌になり声を荒げる。
「ゾンビ!ち、僕の一番嫌いな奴だ。死んだくせに生き返るって、あいつら最低だよ。せっかく僕の出番と思って行ったら、違うってなるんだ。なんだよあれ。それにゾンビって普通の人間と違ってなかなか死なないらしいし」「そうだ!私もゾンビだけは許せん」唯一シラフの筈である、ドラキュラも大声を出す。「あれ、ドラキュラさんも酔ってる?」
「ああ、ちょっと焼酎をこのドリンクに入れさせてもらいました。みんな楽しそうなのに、私だけ酔えないなんて実につまらない。そう、じゃなくて、ゾンビだよゾンビ!!」

「ドラキュラさんもゾンビが嫌いなんですね」
「当たり前ですよ。もともと人間を噛むことで仲間にするってのは、私やバンパイヤつまり吸血鬼系の専売特許だったんですよ。それがなんですか。いつのまにか、ゾンビがそれパクったかと思ったら、最近大人数でなって知らぬ間に、存在感表してきて立場奪ってよ」
「ああ、そうでしたね。俺ら人狼は確かにそれはやらないなあ」

「でしょ。ほかの魔物もやらなかったはず。なのにゾンビはやりやがった。それにこの行為は血を吸って、その代わりに変身させる要素を人体に送り込むってことで、ひとつひとつが上品で非常に芸術的なの。それで人間を美しく変身させるのよね」ここでドラキュラは、手に持っていたドリンクを飲む。

「プファ、焼酎入りいいね。あ、そうそうゾンビ。何で死んだ奴が生き返るんだ。それに、何あの下品で汚らしい顔。ああ、不潔だわ。そこに何の美学があるってんだ。てめえらなんか、死んだら蘇生前にとっとと焼いて、灰にでもなってしまえってんだ!」
「そうだ、ゾンビ復活行為禁止に賛成!死んだら生き返るな!おとなしく、僕の世話になれ!」

「おお、死神さん、これは意見が合いますね」「ドラさん本当ですね。ふたりでゾンビ撲滅同盟を結びましょうか。ハハッハッハ!」
「じゃあ私も混ぜて」「魔美ちゃんいいよ。なら君の上司の悪魔に伝えてくれよ。ゾンビ撲滅とかできるでしょ」「うーん、死神さん。それはわからないけど、今度会ったとき頑張って相談してみるわ!」

「あちゃ、二体とも完全に酔ってるわ。魔美さんはどうなんだろう。でもこの光景って人間と変わんねえな」
 人狼はそんな酔っぱらいたちに、静かにうなづきながら、黙って寿司をひとりである程度食べる。ほろ酔い程度に焼酎も飲んだ。ここでゆっくりと立ち上がった。「あ、あのう俺、先に帰ります」「おい、人狼。誘ってあげたのに何で、すぐにか・キャエるのさ!」「そうだ!夜はまだちゅじゅくのに!人狼ちゃん早いよ」

 完全に酔っているのか少しロレツも微妙なドラキュラと死神。
「いや、朝になったら、俺人間に戻ってしまうから。そうなると皆さんとは絶対に無理だから。じゃ!」と手を振ったかと思うと、すぐに四つん這いになり、「ウォォーン!」と満月に向かって大きく吠える。そのまま走って森の中に逃げた。

「まあ、人狼さん、あっという間。逃げ足が速いわね」とは魔美。
「ち、つまらんな」「おい、ドラさんよ、もうじき夜が明けるかも」「え、酔ったら時間がたつのがあっという間だ。日が明けると命に関わる。もう帰ろう」「僕もそうしよう。明日も仕事だから」と、ドラキュラは空を飛び、死神はその場で姿を消した。
「え、ちょっとみんな帰っちゃうの。え?私だけ、ねえ魔子。起きて大丈夫?」しかし魔子は寝たまま。真美は大きくため息をついて、魔子を起こして肩にかける。「うゎ魔子重い!」と、大きくつぶやきながら魔美は、少しよろけながら森の中へ入っていくのだった。



追記:ちなみに今年のハロウィンは、陰暦12月の満月の日にタイで行われるローイクラトン(วันลอยกระทง)祭とも重なったそうです。


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シリーズ 日々掌編短編小説 285

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