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白色の雪像

「白って色がないようだけど、実はあるんだよな」伊東は降り積もった雪の前でひとり呟くと、その雪をかき集め始めた。

 ここはあるスキー場。今年もシーズンになると無事に雪が降り積もった。おかげで今年のシーズンがオープン。降り立ての粉雪が覆う開放的な銀世界では、早くもスキーを楽しむ人たちで、賑わっていた。
 この日は一面の銀世界だが天候は晴れている。雲一つない青空。まさしく絶好のスキー日和だ。だが必ずしもスキーあるいはスノボーを楽しむとは限らない。「白色でも色は色、今日は1月6日の色の日だ」と独り言をつぶやきながら伊東は雪を使って何か作業を始めた。

「伊東、お前何やってんだよ」伊東と一緒にスキー場に来た石井は、ひとりでゲレンデから外れたところで雪遊びをしている伊東に声を掛ける。
「ん? なにってちょっとした創作活動。雪像を作ってんだよ」と口を緩ませるものの伊東の目は鋭い。
「雪像? 雪だるまのことか」石井は鋭い視線で返事をする伊東に対して、呆れた表情になる。

「なんでそんなもの作ってんだ。せっかく今シーズンの初滑りしようと、昨夜車で移動して、早朝にスキー場まで来たというのに」
 だが伊東は石井の問いに対して「ああ、だってこんな天然の雪みるの5年ぶりだぜ」とだけ言い残すと、そのまま雪のほうに視線を戻す。
「それに石井たちスキーヤーの邪魔にならない。ちゃんと気を使っているだろ」と、雪の創作活動をしながら答えた。

「まあ、雪遊びしたい気持ちはわかる。伊東は夏まで5年間タイのバンコクにいたんだよな」
「まあ、厳密いえばにはシラチャという郊外の企業団地の近くに駐在していたんだ。確かにあそこはバンコクに近いといえばそうだな」
「シ・シラチャ? 細かいことは解らんが、あちらではスキー場はおろか雪なんて確かになさそう」「おう、天然の雪はまずないな」
「そりゃ久しぶりの銀世界なんぞ見たら、俺も雪で遊びたくなるか」石井はひとりで納得する。だが1分もかからないうちに考えが変わった。

「でも、伊東よう。せっかくスキー場に来たんだぜ。雪国の大学で知り合ったお前とは、学生時代から社会人になってもずっとシーズンになれば、一緒に良く滑ったもんだ。それが5年前にお前が外国に転勤になってからというものの、一緒に滑る仲間が減ってしまったから、俺は正直さびしかったんだ」
 伊東は聞いているのかどうかわからないが、石井は気にせず語り続けた。
「ようやくお前が日本に戻ってきたって聞いたからよう。久しぶりに滑れると思って誘ったのに! このままお前が雪像なんて作ってたら、スキーを滑る時間が無くなってしまうじゃないかよ。おい、せっかく来たのに勿体ないと思わないのか?」

 しかし、伊東は何も答えず黙々と雪で何かを作り続けた。
「おい伊東!  俺の話聞いているのか!! 」石井の大声に反応したのか、突然伊東の手が止まった。伊東は立ち上がり振り向こうとする。
 このとき石井は大声を出したので伊東が怒ったのかと一瞬身構えた。だがそれは余計な心配だったとすぐにわかる。

「お、できたできた。石井!  俺は日本に戻ったときに、雪が積もったらどうしてもこれを作りたかったんだ」と達成感に満ちた伊東が横に動いた。
 そこには数十センチはあろうかという雪だるまがある。
「これって... ....。 雪だるま作ったのか?」
「石井、やっぱりそう見えるか、おれは雪像を作ったつもりだったが」
「雪像? 雪だるまじゃなくて何作ったんだ」
「いや何か作ろうとは思ったが、ここにはあまり道具がないからな」
「伊東、これはどうみても雪だるまっていうんじゃないか?」と石井は、少し小ばかにした表情を見せながら口元をゆがませた。

 それを見た伊東はやや渋い表情。
「で、でも、石井よ。俺前から疑問に思っていたんだが、『雪だるま』ってなんでみんなそういうんだろうね」
「え?」
「だってダルマといえば、赤い色して七転び八起きする奴ではなかったか?選挙で当選した議員が目を入れる奴とか」

 石井の表情が真顔に戻る。「あ、た・確かに。昔小さいの買ったことあったよダルマをさ。あれ転がしたら本当に起き上がるから、面白いおもちゃだったなあ」子供のころの記憶を思い出しながら腕を組む石井の横で、伊東は勝ち誇った表情になっている。
「だからこれはダルマじゃないんだ。みんな勝手にダルマと呼んでいるだけで、本当は雪像というべきだ。だってこれ転んでも起きないし、そもそも転ばないからな」
「ああ、選挙事務所にも。雪だるまなんて普通は持ち込まないな」伊東の言い分に妙に納得してしまう石井は、左右の腕を逆に組みなおした。

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「さて、何か棒がないかな」と、伊東はスキー場の外れから見える木が生い茂っている方に向かう。
「おい、伊東! これ雪像でも雪だるまでもどうでもいいじゃないか。とにかく今からでも遅くない。スキーを滑らないか?」
「ちょっと待て。もうすぐできる」伊東はゲレンデから外れた木の中に入っていく。30秒ほどで戻ってきた。
「よし、石井手伝ってくれ」
「何を?」
「この枝を雪像に付ける顔とかの形にすれば完成だ」

伊東の言葉に石井は不機嫌に「チッ」と頭の中で舌打ちをしたが、これが終われば納得すると思い従う。
「わ、解った顔を作ればいいんだな」と、伊東が拾ってきた木の枝を取り適当な大きさに折っていく。
こうして雪像の顔を木の枝で再現。余った枝は、石像の左右に取り付けて手にした。

「できた」ようやく完成した雪像に伊東の表情が明るい。
「良かったな。伊東、納得したか」
「ああ、でも雪像の名前は何にしよう」
「おい、何でも良いじゃないか。もう雪だるまで」
「嫌だ、石井悪いけど、それだけは避けたい」伊東の声がやや大きくなる。
「まだこだわっているのか。困った奴だ」石井は首をかしげて後ろを向く。

「ん?そうだ思い出した」」数秒後突然石井が何かひらめいた。
「そもそもダルマってインドの僧の名前だったんじゃなかったっけ」
「インドの僧! あの赤いダルマが? まさか......。おい、石井!適当なこと言ってんじゃねぇよ」
「そうそう、思い出した思いだ出した。ダルマは達磨大師でボーディダルマという名前。仏教の禅宗の開祖だ」
「禅宗って、確か寺の廊下でアグラで座っていたら後ろから棒で叩かれる奴?」
「そうだ伊東。確か達磨大師は赤い衣を着て同じところにずっと座ったままで修行したとか。あれが赤いダルマの原型だったはずだ」
石井は嬉しそうに語る。

「石井の言うことはなんとなくわかった。でもそれとこの雪像とどういう関係があるんだ?」不思議そうな表情の伊東をよそに、得意げな石井の語りは続く。
「伊東、お前はこの雪像がダルマとはいえるもではないといった。だがお前や俺が知っているダルマは本物のダルマとは違うということだ」
「はぁ?」
「だって本物のダルマはインドの修行僧。それを勝手に選挙の当選用とか転がして起き上がるのを楽しんで、ダルマと呼んでいるのは本当はおかしいとなる」

「うーん」今度は首をかしげながら伊東が腕を組む
「だからこの雪像をダルマと呼んでもおかしくない。雪で出来ているから雪だるまというわけだ」

「あ、ああ! なんとなくだまされたような気分だが、確かにそれは正論だな」と思わず伊東は顔を空に向けた。
「そういうことだ伊東。よしこの雪像の名前は『雪だるまだ』」
「石井わかった。もう雪だるまでいいよ。5年ぶりの天然雪でずいぶん遊ばせてもらったし」と笑顔で納得した伊東を見て、石井も笑顔になった。

 伊東は出来上がった『雪だるま』をスマホで撮影する。後日この雪ダルマに画像処理を使い、全体を赤色に仕上げ、さらに『ダルマ・禅』の文字を入れたという。

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「よし、石井今からでも間に合うぞ、早速リフトに乗って上から滑ろう」ようやくスキー板を用意して滑る気満々の伊東。
「そうだ! これでまた今年の冬からシーズンごとに伊東と一緒に滑られれる」
ところが石井の言葉に伊東の顔色が変わった。「あ、い石井」
「どうした?」
「実は俺、春からまだ転勤が決まってるんだ」
「え!どこ?」
「ジュロン」
「ジ・ジュロ? どこだそれ」
「ジュロンはシンガポールにある企業団地。新しい事務所ができるので、4月ごろから事務所の近くに駐在することが決まった。ごめん」

 それを聞いた石井は途端に寂しそうな表情になる。ただ伊東が作った雪像「雪だるま」は、表情ひとつ変えることはない。だが、銀世界のじゅうたんを先に進み、どんどん離れて行くふたりを呆然と見つめているようでもあった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 351

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