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AI時代の年末 第703話・12.26

「こんなものに何の意味があるの?」ある少年は、大人たちの伝統的な振る舞いにいら立った。
 これは未来の話。すでにAIの能力がついに人間能力を超えたとされる、シンギュラリティ(技術的特異点)を過ぎて明らかにAIが優位に立っていた。各人間には生まれながらIDが割り振られている。それをもとにすべてが紐づけされ、AIが人間を監視するようになった。これにより犯罪率は大幅に減少したし、革命を起こそうという勢力も未然にキャッチできるようになっている。その一方でいわゆるAIによる監視社会となり、かつてのおおらかな時代からかけ離れた管理社会で生きるほかなかった。

 このままではAIが世界を支配と思われたが、実は特定のAIの暴走を食い止めるための監視役のAIが存在していた。つまりAI同士が監視しており、また人間もAIの動きを即座に止められる独立した装置を有している。そういう状況のため、20世紀から21世紀の世界で語られたようなSFの世界。いわゆる人間がロボットやコンピューターに支配されるようなことはなった。

 そしてかつてのような資本主義が崩壊し、ポスト資本主義の時代。国家間のボーダーもなくなっていて、地球がひとつの国家として運営していた。もちろん民族の違いがあり、かつての国は県とか州のレベルで残されている。インダストリー4.0と呼ばれる近未来の産業革命が起き、世界中で浸透されたために、標準化された工場生産、定型化された作業はロボットが行うので、知的な仕事のみ人間が行うようになっていた。

 そのため失業者が増えそうなイメージがあるがそうではなかった。少子高齢化が世界中で広まり一時高齢者があふれたが、度重なる世界を襲うウイルスの出現などもあり、世界人口は21世紀初頭のと比べて4分の1以下に下がっている。だから以外に失業者は少ない。また働かなくても生きていくための最低保証はこの時代にはあった。ただ希望して働ければ、その分収入が入るので裕福やぜいたくができるだけである。そのような時代でもあるが、芸術や文化、宗教観などは衰えることがなく、知的な職を持って収入を得ているこの時代の富裕層が、それらのものを楽しんでいる。
 そして、かつての民族の文化風習もそういった芸術的なものとしてとらえられていた。

 それはかつて「日本」と言われていた地域でも同様で、一部の家庭では日本の伝統行事を行っている。少年の親もそういう家庭で、普段は大人たちが知的で最先端な仕事をしているのに、この年末年始の数日だけは仕事を休む。そして少年には理解できないようなことを真顔でやっているのだ。

「そもそも、同じことを繰り返すのに、年の境目というだけでどうしてよくわからないことを毎日するの?」14歳の少年はいわゆる反抗期でもあったためであろうか、親がやっている年末年始の行事に懐疑的だ。

「何を言ってるんだ?」父親は不機嫌な表情のままやっているのは、もちつきである。玄関に木の臼を用意し、蒸したもち米めがけて杵をぶち込んでいる。横では父の弟、つまり少年の叔父が手伝いに来ていて、水をつけた手で、叩き終えた餅に手を置いて対応する。「そんなの機械でやったらすぐにできるのに、何で木でできた大きな棒を自分たちで叩いているの?」
「これは、餅つきと言って日本では年末でやる行事なんだ」「行事ね。意味ねえよ」「そんなことはない」今度は手を動かしながら叔父が答えた。
「機械でできることなどみんな知っている。でも兄貴が叩いた餅をだな、こうやって手で丁寧にやった方がおいしいんだ。どうしてもわからなかったらスポーツをしていると思えばいい。スポーツで体を動かすことは、機械やAIのことなど関係ない話だろう」

「年を越すって! いつもの日と同じじゃないか」「そうではない。お前には、まだわからないかもしれないが、年末年始は俺たち日本人にとっては特別な日なんだ。そろそろ学校で、お前の先祖がどういうことをしてきたのか習う頃だろう」
「歴史なら習うけど、それは昔の話として理解しているよ。けど、なんでいまごろ」少年は首をかしげながら、大の大人がやっている餅つきを眺める。

 しばらくすると父親が叩くのを止めた。「そうだ、お前。餅つきやってみるか」「え?」少年は驚きのあまり目を見開く。
「そうだ、もう持てるな。やったらいい」叔父もそう言って笑顔を見せる。 少年が戸惑っている間もなく、父は杵を少年に突き出す。「あ、ああやってみようかな」少年は好奇心が旺盛だ。頭の中では理解できないものの、父と叔父が真剣にやっている餅つきに挑戦してみることにした。
 
 立ち上がり父から杵を受け取る。しかし杵を手にした瞬間バランスが崩れ、手が震えた。「こんなにバランスが、おっとと」
「おい、しっかり持て!杵は突き出ているから重力のバランスが独特なんだ。油断したら下に落としてしまうぞ」不安定な少年を見かねた父親は杵を持ってサポートする。「お前、初めてだからな。よし、一緒にやろう」こうして父のサポートを受けながら少年は餅を叩く。最初はよくわからなずにやっていたが、しばらくするとなんとなく楽しくなった。「僕ひとりでやる」そう言ってひとりで杵を持った少年は不安定ながらも餅をつく、ゆっくりとしたペースで餅つきが進んだ。

 こうして餅つきが終わり、ここでは母親も参加して大きな餅が小さく分けられる。そのあとつきたての餅を味わうのだ。餅はこの時期にいつも食べているから知っている。「何でこの時期だけ、こんな喉を詰まらせそうな危ういものを」と少年はいつも疑問に思っていた。

 だが自分も参加しただからだろうか?今日の餅はいつもよりおいしく感じた。

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シリーズ 日々掌編短編小説 703/1000

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