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映画のシーンで 第949話・8.31

「みんなうまそうにビールを飲んでるな。やっぱり早く出よう」夕食をそそくさと終えると、誰にも聞こえない声で小さくつぶやく。慌てて店を出ると駐車場に一目散に小走りで向かった。
 そのまま自分の車に乗り込むと、軽く息を吐く。ここで助手席に置いてあったクーラーボックスの中を開け、冷やしていた水のペットボトルを開けると、一気に飲み干した。
「ビールなんか飲んだら、酔っぱらってそのあとの時間が無駄だ。車じゃなくとも水で十分」と自分自身に言い聞かせ、車のエンジンをかけると、駐車場から車を動かした。

 空はすでに暗くなっている。ヘッドライトで先を照らしながら車は進む。幸いにも大きな幹線道路のため、外灯がある。十分明るい道をひた走った。「今日はどこで泊まろうか?」今日はどこかで車中泊をするか考えている。当初は先ほどのレストランの駐車場ということも考えた。ここは24時間営業しているから。だがうまそうにビールを飲んでいる人を見てやめた。もちろんそれだけではない。時間がまだ早いし、もう少し先に進んだ方が翌日の行程が楽だというのもあった。

「あと、1時間ほどで結構大きな町に出る。今日はそこまで頑張ろうかな」ナビを見ながら、ひとりでつぶやくとそのまま車を走らせた。
 特に渋滞もなければ信号もほとんどない道を走る。周りにあるのは畑だろうか?外灯以外は何もない道を走った。少し孤独に感じたので、慌ててラジオをつける。ラジオからはDJの軽快な語りがあり、時折音楽が流れた。
 少し孤独が和らぐ。こうして走ること1時間あまり、ナビが示した通り町中に入った。町中らしく、建物からの明かりがまばゆく、さっきまでの孤独の気持ちが薄らぐ。「さて、どこにしようか?」ナビを見ながら車中泊が出来そうなところを探す。どうやらそれは町の外れにあった。このまま町の中心部を通り過ぎる。大きな町なので、そこまで行くのにさらに30分近くを要したが、どうにか目標となる場所に無事に到着する。

 そこは「道の駅」のようで、車中泊も出来そうなところ。もちろん自己責任の範囲である。「さてと、まだ時間があるな」車を道の駅の駐車場に止めた。道の駅の営業は終わったが、周辺の店はまだ営業している。その中に気になるスポットを見つけた。
「映画館、へえ、オールナイトでやっているのか。気になるな」
 特に疑問を持たないまま映画館に向かう。

 今日は週末ということもあって、映画館ではオールナイトで上映をしているという。「つまり車を駐車場に置いてあるから、ここで朝までというのもありか」と考えながら、そもそもどんな映画を上映しているのか確認した。

 時間帯によるからだろうか?この時間は新しい作品ではなく、過去の作品を上映しているようだ。ふたつの劇場がオープンしており、洋画と邦画に分かれている。
「どっちにしようかな」ここでどちらにするか迷った。普段あまり映画など見ないから暇つぶしくらいにしか考えていなかったが、いざ見るとなると迷うもの。洋画は字幕のようである。「ここまで結構走ってきたから頭使うのは」と思い邦画に気持ちが映りかける。だが邦画の内容を見て即諦めた。
「これ、嫌いなジャンルだ」ということで、洋画の方を選んだ。とはいえ映画を見ないから、タイトルを見てもどんな話かぴんと来ない。

 こうして上映が始まった。カラー映画だが20世紀に造られたもののようで映像が少し古い。「まあ暇つぶしだしな」そう言いながら映画を見る。最初は何をやっているのかわからなかったが、徐々に映画の世界に引き込まれた。どうやらヨーロッパが舞台のようだ。
 内容は会話を重視した恋愛もののようで、激しいアクションなどはない。ただそれが日常に近いために登場人物たちが演じているその世界に自らも入っているような気がしてきた。
 話は佳境に入る。主人公と思われるヒロインは、どうやら相手役のヒーローというべき男性とうまくいきそうなところで話が終ろうとしていた。
「こういう、話でよかった」と思っていると、いよいよラストシーンになる。このとき、どこか広い建物内に、主人公とその友達たちが中に入った。そのとき「ああ、」思わず声に出そうなところを必死で抑える。最後のシーンはビアホールに来ていた。巨大なジョッキに入ったビールが出演者たちの前に並べられ、主人公の友達が主人公たちに祝福の声を出すと、その場で乾杯をする。そして、みんな一斉にビールを飲む。演じているのか本気なのかわからないが、うまそうにビールを飲む出演者たち。その直後、出演者やスタッフのエンドロールが流れた。

「う、グググググ!」ついに我慢が出来なくなる。さっきは逃げるようにして離れたのは、本当はビールが大好きだからであった。
「明日まで運転しないからいいや、飲んじゃえ!」エンドロールが終わり、照明が明るくなると、すぐに席を立つ。
 そのままビールを求めて歩き出した。だが、映画館の売店ではビールの販売が終わっていたし、近くにコンビニもスーパーもない。
「今日は飲むなだな」と自分に言い聞かせながら、車の停めている道の駅の駐車場に戻ると、眠る前にビールのようにクーラーボックスに入れてあった水を飲むのだった。

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