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デジタルに収納するそれから 第845話・5.18

「へへっ今日も色々と撮影したぞ」ハイキング姿の男は、ひとりでつぶやき自己満足。手には黒いコンデジのカメラを持っていて、その中身を見ては、ひとりほほ笑む。
 男は山歩きをしながら気になるものを次々と撮影した。スマホのような多用途で誰でも持っている物でもなければ、一眼レフのような化け物のようなレンズが付いた大掛かりなカメラでもない。
 この中途半端な大きさ、片手で持てるほどの気軽さながらも、見た目はカメラとしての存在感を放つコンデジが大のお気に入りなのだ。

「今日も結構撮れたようだな」男は心の中で喜びながら山を降りる。そのまま家に帰った。
 男は家に帰ると、デジカメの中に入っているSDカードを取り出し、パソコンに取り込んだ。男は取り込んだデジタル画像をチェックすると口元を緩ませながらさらに喜ぶ。
 普通ならこれらのものをSNSの世界に投降し、その場所に行ったという事実を不特定多数の人に知らしめる。そのことで自らの存在感をネット上でアピールするときに使うのだが、この男はそういう目的で撮影していなかった。つまりSNSに画像はUPしないというより、男はSNSをそもそもしていない。

 では男はこれらの撮影したものを自分自身で楽しむだけに行っているのか?それは半分正解である。現に男はこうしてパソコンに画像を取り込んだ。取り込んでその内容をチェックする。その時点で自分自身で楽しんでいるのだろう。
 だが、男はそれだけではなかった。取り込んだ画像に対して別の感情を持っていた。それは被写体は元々アナログで存在していたものだ。それを撮ることでデジタル信号に置き換わった画像が目の前にある。その仕組みが気になって仕方がない。
「この画像がいくら3次元に見えても、実質的には2次元の世界。0と1の羅列によって作り出されたデジタルの二次元画像なのだ。これには無限の可能性があるということだな」

 誰も聞いていないのに、男はひとりでパソコンの画面を見ながらつぶやく。ところで男には不思議なこだわりがあった。どういうわけだが動物を撮るのを基本的にしない。人はもちろん、人が散歩に連れている犬や町中で見かける猫、そのほか鳥や池にいる魚も含めて動く生命体は撮らない。ただし動かない植物や豆粒のような小さな虫は撮る。


「あれから一年か......」男は昨年の今頃に起きたトラウマが頭によみがえった。
「もう、あんな目には遭いたくないからな」男はかつて人も含めた動物も普通に撮影していた。それが撮らなくなった理由は、男の経験したトラウマである。
ある日、男は面白いものを撮った。それは撮影している人。あの日たまたま公園で何かを撮影している人を見たのだ。
「そうだ、撮影している人を撮ってやろう」と、それを見た男は黒いコンデジを用意。こいつはスマホのように音はしない。そのこともあり、10メートル以上離れた地点で、撮影をしている人を横からひそかに撮影した。

 そのまま帰ってパソコンに取り込む。「ずいぶん真剣な表情をしているな。ほう、コイツもコンデジではないか、趣味が合うのかもしれないな」男は撮影した人物の画像を見てそう感じた。ところがこのとき、男の耳元に声がした。「サツエイシタノカ?」
 男はそう聞こえたが、最初は空耳だと思った。そもそも男はひとり暮らし他に誰もいない。だが「サツエイシタノカ?」とまた聞こえる。
「なんだ?」そのとき突然パソコン画面で写した人物と視線が合った。本当は別の方向に視線が合ったはずなのに、横を見ながら目の視線だけは男を見ている風に見える。さらにカメラを構えたかのように見えたかとと思えば、直後にシャッター音。

「な、な、な」男は不気味に感じたが、そこからが大変なことになっている。「う、動けない」男は突然金縛りにあったかのように身動きが取れなくなってしまった。「ど、どういうこと」
「お前を撮ってやったさ」目の前を見ると先ほどのカメラの人物。「え、え?」男は焦る。カメラの人物はエコーが買った声で「デジタルの二次元世界へようこそ」と言い出すではないか。
「ま、まさか俺が撮影されて、デジタルの世界に引っ込まれた!」目の前の人物は表情を変えないが、「ニヤリ」と笑われた風に男は見えた。

「た、助けてくれ!」男は大声を出して叫ぶ。
「で、デジタルの世界って何だよ!」さらに男が叫ぶと、突然体が動いた。直後に全身から鳥肌が立った。だけど手も足も首も動く。完全に元に戻っている。「......」しばらく男は呆然としたが、パソコンには先ほどのカメラの人物が移っている。
「や、ヤバイ!」我に戻った男は速攻でその画像を削除した。


「あれは多分夢だろう。かもしれないが、それにしてもなんと不気味な夢だったのだろうか」
 男はあの不思議なことがあってから絶対に人は撮らない。撮影するときには人が多くいそうなところをまず避ける。だから最近は人が少ない山登りやハイキングをしながら撮影するようになった。
 それまで別の物を撮っていても人が横切ることがある。そうなると確認する前にすぐ消去した。
 だからあれから1年間、男は誰ひとりとして人は撮っていない。気が付けば猫や犬と言った動物も避けるようになっている。「まさかとは思うが、撮ってしまうと閉じ込められて、その人に恨まれるのか」
 男は嫌なことを思い出し、思わず大きくため息をついた。

「さてと、そろそろ寝ようか」男はパソコンの電源を切ろうとマウスを動かす。そのとき「あ!」男は人が映っている画像を画面に出しててしまう。「え、ひ、人が、今回は写っていた。まさか!」
 確かにそこにはカメラこそ持っていないが女性がひとり写っていた。だが視線も含め横を向いている。「け、け、消さなくては」男は慌ててその画像を削除しようとしたが、その時「ケサナイデ」と女の声が聞こえる。「ええ!」男に立つ鳥肌。「デジタルノセカイハイイワ、ドウアナタモ」と再び女性の声。
「ぎ、ぎゃあああ!」男は速攻で削除した。

 だがその直後男は、テレビをつけていたことを忘れていたのだ。画像を消しても先ほどと同じ女性の声が聞こえたときに気づいた。だが会話はそんな不気味なことではなく、一緒に出演している男性との楽しい会話をしていたにすぎないが......。

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