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社長のランチ 第1045話・12.8

「いろいろあってもおいしいものが食べられる。さて今度はおいしい料理を食べている絵でも描いてみようかしら」私が部屋に飾っている食べ物を描いた一枚の絵を眺めていると親くらいの年配の男が話しかけてきた。
「お嬢様、またお戯れを。絵なぞプロに任せて、お嬢様は鑑賞だけでよろしいのでは」

「お嬢様はよして!先月正式にお父様からこの会社を任されているのよ」
 私は誰もが知っている有名コンツェルン○○グループの創業家の娘、昨年祖父からグループの会長職を父が引き継いだ。
「そろそろ後継者候補のひとりとして会社をひとつやってみろ。失敗は気にするな。金は腐るほどある」
 父にそういわれ、まだ20歳代だけど、この会社の経営を任された。

「あ、これは失礼、社長でした!」と、慌てて頭を下げる年配の男は執事兼秘書として、昔から私の身の回りの世話をしているけど、事実上お父様からの監視役。会社では副社長ということになっていて、実質的な経営者だ。一応私を立ててはいるが、相変わらず「お嬢」などと呼ぶ。

「ま、いいわ。さて今日の役員会は何時から何時までかしら」
「はい、10時30分から2時間の予定です。そのあとは今日は夕方まで特に予定はありません」副社長はそう言うと私に頭を下げる。

「12時半で終わりか。だったら、会議が終わってからゆっくりとランチが取れそうね」「ええ、ではさっそく、今年ミシュランから星をもらった○○レストランの予約を」
「ちょっと!」私は急に怒りの声を上げる。「私は子供じゃないの、昼くらい好きに取らせてよ!」

 こうして定例の役員会が始まった。やっぱり副社長が全部取り仕切っていて私は見ているだけ。こうして12時30分にやはり定刻通りに役員会が終わった。
「おじょ、いえ社長、お昼はまさかひとりで」会議が終わってからさっそく副社長からのチェック。「たまにはひとりで食べたいの。問題ある?」

 私はそういうと、ひとりで出かけた。「資産家は周りからはうらやましがられるけど、実は意外と自由がないのね」私はつぶやきながら、本社ビルからひとりで出かけた。
 世間は師走の慌ただしさと、クリスマスモードでざわついているようだ。私が外出するときは普通は車の中だから町の様子が歩いてみられるのは非常に心地よい。だがしばらく歩くと、やはりというか思っていたことが起こっている。
「やっぱりね。ふう、子ども扱いして」私は後ろから、男女が尾行しているのをすぐにわかった。副社長の直系の部下である秘書たちだ。

「そこにいるの解っているわ。もう尾行なんてしないで!だったら一緒にお昼行きましょう」
 ふたりの秘書は入社して3年目の男女。私と世代が近いが、普段直接会うことは無い。この状況に私は興味がわいたので同席させることにした。
「し、社長、どこにしましょうか?」緊張気味に話しかける男と、静かだがこちらも緊張気味の女。まあそりゃそうだろう。

「ねえ、せっかくだから今だけ社長と思わないとかできる」「え?」
 私はかたぐるしいのにいい加減疲れていたようだ。せっかくお昼を食べるのなら、同僚のような関係でと提案する。私のいうことに逆らうはずもなく、ふたりは了承した。
 こうしてお昼を食べに行く。女の方の秘書が良くいく店に案内してくれた。「どれにしますか」
 私はメニューを見る。見るがよくわからない。「ごめん、同じのでいいわ」普段からお任せだからそうなってしまうようだ。
「そしたら、日替わりでいいですか?」私はうなづくと、女は日替わりランチを3つ注文する。
 
 こうして日替わりランチが来た。1000円未満のお昼ご飯を食べるのはいつ以来だろうと思いつつ、私は物珍しさもあり日替わりランチをスマホで撮影する。

 食事の最中、私の方からふたりに質問攻めをした。いろいろなことが聞けたのは、社員のリサーチになったのかもしれない。ふたりの秘書は私がやさしく話しかけたのが良かったのか、どんどんリラックスしてきて本音が聞けた。 
 食事を終え支払いは私がする。私にとっては痛くもかゆくもない金額だし、ふたりからいろいろ興味深い話が聞けたことが価値があると思ったから、ポケットマネーで払う。ふたりは申し訳なさそうに何度も礼を言ってくれた。これも妙に心地よい。

 こうして帰り際、男の方の秘書が深呼吸をして私に話しかけてきた。「あの、し、しゃ、いえ、あの質問が」
「ああ、いいわよ。今日の日替わりランチ美味しかったわね」
「私たちと食事をしてどうでした?」
 他愛のない質問をする。まあ仕方がないだろう。○○グループ創業家で、一つの上場企業の経営を任された私が相手だから。

「よかったわ。もしよかったら月に一度こういう場を設けない。私がふたりのような立場の人の話って結構大事だと思ったのよ。あなたたちでなくてもほかの社員でもいいわ。ねえ、いいでしょう。副社長にそう伝えるわ」
 私がそういうとふたりの秘書は顔を見合わせたが、声を合わせるように。「わかりました」と元気に答えた。本音はどうかわからないが、私はなんとなく嬉しい気がした。もしかしたら私にとってのクリスマスプレゼントのようなものかもしれない。

 こうしてふたりとは別れ、私は社長室に戻る。
「さて、午後は予定ないそうだし、副社長もいないようね。そうだ!写真に撮った日替わりランチのスケッチでもしようかな」社長室に戻ったとき、私はスマホの画像を見ながらそう呟いた。


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