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100日後の夢

「はあ、それがスクープだと? 天美江お前舐めてるのか!」
 読日新聞の社会部の武山デスクは、角刈りの頭を軽く撫でながら、あきれた表情をしつつ、天美江記者に怒りの声をぶちまけた。

「いえ、デスク。私は真面目に言ってます」黒縁眼鏡で七三の髪型をしている、天美江の表情は真剣そのもの。
「だからさ、あの。いやうちもさ、安定部数を売り上げている大新聞だけど。新聞社としてスクープっていうのはさ、そりゃうれしいよ。だけどそのなんていうかな。この分野の素人である俺だってそれ『ありえない』って思うし。一体君何の根拠でそんなこと言ってんの?『今から100日後に新型コロナウイルスが終わります』って!」
 そういうと武山は横を向き、右手で手を左右に振る。

「だから、デスク。私の話を聞いてください」天美江の目はますます鋭い。あそこまでの視線を受けると、あり得ないと思いつつも武山も無視できない状況だ。だから戸惑いながら説得を試みる。
「いや、あ、まあ聞きたいけど。そのね。まずありえないから。そうでしょ。ね。最近また感染者増えてるらしいし」
「デスク、過去のパンデミックの事例を見ても、終らなかった感染症はありません」「え、ま、そりゃそうだろう。終らなかったら、生まれてからずっとそれに怯えてるからな。いや。ていうかさ、あのう。確かにそれは正しい。でもね。それって来年以降だと聞いているし、過去のものだって確か2.3年かかってるよね。それを今日から100日後って何。あのもしそれ違ってたらどうするの?その、誤報ですまされないよこれ。多分君も俺も即座に首。それで済んだら御の字だ。それ以上に、この新聞社信用失墜して倒産だろうな。で、SNSから俺たちだけでなく、家族や親族にまで誹謗中傷の嵐が来るよ。最悪自殺に追い込まれちゃうかもね。それって嫌じゃないかな。だからさ無理してスクープいらないから。お願い、もう忘れてくれる」

 武山がどうにかこの話題を終えようと説得するが、なぜか引き下がらない天美江。相当な記者魂だ。「デスクが私を信じてくれないのは理解します。しかし、実は裏を取ってきました。そのキーマンとなる人物が間もなくこちらに来ます。まずその人物と会って、まずは話を聞いてもらえないでしょうか?」
「え、こっちくるの? 誰そのひと。感染症専門の医者かな。でも医者でも見解分かれてるしな」
「いえ、医者ではありませんが、とにかく会ってください。判断はそれからでも」と言って最敬礼の体制で頭を下げる天美江。

「あ。わ、解った話を聞いたらいいんだね。で俺が納得できなければそれで不採用。ん、いい、そうしよう。他の緊急案件、今日はなさそうだからいい。小一時間で済むと思うから」
 ついに武山は、天美江記者の熱意に折れるのだった。

ーーーー
 40分後、天美江記者が紹介したいという人物が新聞社を訪れてきた。そのまま会議室に案内され、武山はその人物に会いに天美江と会議室に向かった。
「デスク、この方です。武蔵野先生です」天美江が手で合図した武蔵野という人物。白髪が肩まで伸び、口髭とあごひげを存分に蓄えている。目は開いているのか閉じているのかわからないほど細い。そして黒い和服を羽織っている。仙人のような、また胡散臭さも引き立っている。権威っぽいいでたち。天美江は武蔵野の横の椅子に座り、武山と対面の位置に座った。
「あ、え、私は読日新聞社会部の武山です。この度ははわが社の天美江が、先生が驚くことを言われたと聞き及びまして」と、一般的な挨拶をし、名刺を手渡す。

 武蔵野はゆっくりと頭を下げその名刺を受取ると、「ワシは、武蔵野と申すもの。新聞社がワシのことを取り上げてくださると聞いて安堵した。さすがは、大新聞じゃな。ハハハハハ!」
「え、取り上げる。そんなこと言ってないぞ」武山は頭の中でそう思いながら、顔はビジネスマンとしての対応をする。ここで天美江が口を開いた。「武蔵野先生は、言霊の名手です」「コトダマ?先生それは一体」わざと驚くそぶりを見せて相手の狙いを奪いとろとする武山。元記者らしい一面をのぞかせる。
「ん、言霊とは、言葉として発した音そのものに、霊力があるということじゃ」「はあ、れ・霊力ですか」
「ん!」武蔵野はそう頷くと姿勢を正す。
「例えば神社の祝詞、あるいは寺院での経文、あれは本来書いたものを朗読するだけに過ぎない。だがその言葉に力がある。それは西洋のキリスト教の聖歌、あるいはイスラム社会のコーランに於いても同様であるはずだ」

「あ、まあ先生のおっしゃることは、私めも聞いたことがございます。ただ今回ですね。天美江から聞いたのは、何か新型コロナウイルスが今から100日で終わるということで、その先生の言霊のお話とは」そういいながら持っているペンのお尻で首筋を軽く撫でながら、戸惑う表情を見せつける武山。

「デスク。これからが」と、黒縁眼鏡を直し、状況を変えようと必死になる天美江。ここで武蔵野はそれまでの細い目が突然大きく見開いた。「ワシは言霊を操れるものである。例えばある特定の存在を殺害したいときには、ワシが、その存在の殺害を連続して唱える。さすればワシの言葉が力となり、その存在は間もなく死ぬ。これはワシが数十年かけて体得した奥義である」
 武蔵野の低くて野太い言葉ひとつひとつが、非常に重みと強さを感じ取れる。単なる会話ひとつに対しても「言霊」としての力にみなぎっているようだ。だが武山は首をかしげると。「つまり先生は、その『コロナウイルスを終わらせる』と言霊の力で唱えるから100日で本当に終わると」

「その通り!」武蔵野の声が大きく会議室に響き渡った。
「ワシが、今夜から毎日『新型コロナウイルスはなくなる』と、唱え続ける。普通の人物を消すなら1週間で十分だが、こやつは世界を翻弄した存在。只者ではない。ゆえにわが霊力をもってしても、100日のときがかかるというわけである」
「デスク。そういうことです。だから武蔵野先生の記事を私に書かせてください」そう言って天美江は立ち上がって武山に頭を下げる。

 武山は、この状況に正直戸惑いつつも、どうにか切り上げることを模索した。しばらく腕を組み考えるそぶりをすると、目を開けて立ち上がる。
「武蔵野先生、天美江君。話はわかりました。だけど誠に申し訳ございませんが、この案件はわが読日新聞が取り上げるのものではございません。
 ただ話題性があり面白いとは存じます。どうでしょうか?いわゆるタブロイド紙もしくは週刊誌に売り込まれたらいかがでしょう。彼らなら不思議な話題は面白がって飛びつきます。何なら私の方で面識のある担当者に話を付けますが如何でしょうか」と口を緩めて、明らかに軽蔑のまなざしで話した。

 ところが、それを見て不快な表情になったのは武蔵野。突然立ち上がると、今までにないほどの厳しい表情で武山を睨みつけた。
「ようするにデスク殿は、ワシの言うことをバカにしているということでよろしいかな」「いえ、そういうつもりでは! ただこういう話題はですね。大新聞のわが社よりも」しかし武蔵野の語気はどんどん強まり、武山の言い訳を遮った。
「よろしいです!わかりました。では疑い深いデスク殿に、わが力をお見せいたしましょう」と言うと「この部屋のドアは開かない!」とつぶやき始めた。そして武蔵野はそれを延々と繰り返す。
 驚いたのは武山。「あのう、私このあと予定があるので失礼します」そう言って頭を下げると、逃げるように会議室から出ようとする。
 ところがドアが開かない。「あれ、なぜ開かないんだ」武山は押したり引いたりを繰り返す。しかしドアノブは反応しても肝心のドアは反応せず、開くことはなかった。武山は恐る恐る、武蔵野の方を見る。そのときの武蔵野はもう人の表情ではない。顔が赤くなり、目が充血し、ひとみが黒ではなく金色がかっている。まるで鬼のようだ。「おい、天美江!先生を止めろ」大声でわめく武山。しかし天美江も武蔵野同様に同じことを繰り返し、言霊をぶつけている。そしてその表情も武蔵野と全く同じ。

 武山はこのときはじめて恐ろしい気持ちが全身を包んだ。
「もうしわけございません。私めが間違っておりました。先生改めてお話を伺います。先ずはその言霊を」と大声でつたえるが、全く反応が無く、機械のようにただ「この部屋のドアは明かない」とつぶやき続ける。
 武蔵野の低めの声、輪唱するように後に続く天美江のやや高めの声が延々と続く。武山は両手で耳をふさぎ、大きく体を左右に動かしながら、ムンクのような姿勢で、発狂に近い、ありったけの大声で「ヤメロ!」と張り上げた。

ーーー

 武山が気が付くと。家のベッドに横たわっている。しばらく視界がぼやけていた。そして今まで見ていた記憶が頭の中にまだ浮かんでいる。
「あ、ああ夢か。ふう」武山は大きく深呼吸をすると起き上がった。
「しかしすごい夢見たなあ。今日から遅めの夏休みだというのに、3週間連続勤務のためか、まだ職場のことが、頭の片隅に残っていたようだ」

 そういうと、武山は冷蔵庫から麦茶を取り出す。そしてすぐ横に置いてあるコップを取り出すと、そこに麦茶を入れる。そして入れ終るとその場で口に含んだ。口の中冷え切った麦茶が入り込む。かすかに感じる麦のフレーバー。そのまま喉の奥に入っていくと、食道から胃にかけても冷たさを感じる。

「ふう、夏は麦茶だなあ」武山はそういいながらようやく意識がはっきりしたような気がした。「ふ、100日後に消滅か。現実を考えれば夢のまた夢。しかし言霊だっけ。何が起きるかわからないから、本音としては正夢になってほしいものだ。そうすりゃあまたリゾートに行ける。タイのサムイ島が俺を待ってるぜ」
 誰もいないマンション。武山は1人芝居を打っているかのように大きな独り言をつぶやいた。ところが、武山はふと疑問を頭に浮かべる。

「しかし変な夢だ、うちの部署に天美江なんて記者いなかったなあ。ん?あ『アマビエ!』なるほど、疫病封じね」
 ひとり納得した武山は、マンションの窓から外を見る。するとさっきまで雨が降っていたのか?ちょうど七色の橋が目の前を美しく彩っていた。


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シリーズ 日々掌編短編小説 212

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