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黄金の三角地帯で飲むラオビアー

単独作品ですが こちらとセットで読むとより楽しめます。

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「台湾ではなくミャンマー北部に逃れた中国国民党の一部。その兵士の子クン・サは、軍閥を構成し、麻薬密売の王国をタイ・ミャンマー・ラオス国境を拠点にして展開した。それがゴールデントライアングルこと黄金の三角地帯。一時は政府軍も入れないほどの無法地帯であったが、1996年ついに彼は投降した。そして平和が訪れた21世紀、我々は」

「おい、さっきから何語っているんだ啓太!ただでさえクソ暑いのに、小太りのお前が、角刈り頭のオデコから汗を流しながら延々と語られたら、余計に暑苦しいったらありゃしない」「洋平、うるさいな!今いいところなのに、お前だって肩まで伸びた見るだけで暑苦しい長髪の生え際から汗が浮き出てるぞ!」
 これは5年ほど前の話。4人の男が北部タイの観光名所、ゴールデントライアングルに来たときの物語。

「啓太、語らなくてもいいよ。この風景だけで十分ですよ」メンバーの中で小柄のシステムこと試水は、そういいながら、白いTシャツ姿で黒縁の眼鏡を直しながら、静かに茶色に染まった大河メコンを眺めていた。高台から見えるメコン川の前ではときおり突風が吹く。熱帯地方の太陽はこの日も輝く晴天。まだ午前中なのにぐんぐん温度が上昇していた。
 そんなときに吹き付けてくれる風は、多少生ぬるくても、オアシスのような心地よさを与えてくれる。
「おい、みんな勝手なことばかりしているからガイドが困ってるじゃないか」と全体を仕切るのは最も背が高くて体重のある大柄なジョージこと城山次郎。タオルを肩にかけ、その下の赤いTシャツはすでに汗で首元が濡れていた。
 ちなみにジョージがこのゴールデントライアングルを含めたタイ北部の観光ツアーを見つけた張本人。旅人を自称し、唯一袖付きの半そでチェック柄のシャツに身を包んだ啓太の希望で決まったツアーは、大学からの仲良し4人で実行された。

「私たちがいるところはタイですが、目の前はミャンマーです。あの赤い屋根の建物はホテルでカジノができます」と笑顔で語るのは、4人を引率している地元のガイド。
「へえ、じゃあこっち側は」「はい、ラオスです。だからここからは3つの国が一度に見渡せるのです」日本語ガイドで黄色いポロシャツ姿のソムチャイは、好き勝手な行動をする日本人観光客相手に臆することはない。多少の訛りがあるものの、十分聞き取れる日本語で語りだす。

「でも、本当にここが麻薬の密売だった場所。とてもそうは思えない」とは、語るのを途中であきらめた啓太の質問。
「でもそれは本当です。先ほど見たでしょミュージアム」「見た、昔の麻薬の吸引器とか」「ああそうだ。あと啓太、あれも驚いたな。パッケージとか看板。昔は商品として売られていたんだ」大きなアルファベット姿のロゴが入った、緑のTシャツ姿の洋平も遅れまいと話に入る。
「洋平、そうだよ。今じゃありえない。僕は酒も飲めないからいずれ酒もそうなるような気がするな」「システムやめろ。俺の楽しみを奪うな」と即座に突っ込んだのはジョージ。

「せっかくだから、ゴールデントライアングルを背景に記念撮影をしてもらおう」と提案する洋平は、自分の持っていたデジカメをガイドに手渡す。 
 こうして、4人は記念撮影をしてもらった。もちろん洋平以外、ほかの3人の携帯やデジカメもガイドに渡しながら順番に撮影している。

「では、次はラオスに行きます」「そう!これが楽しみだったんだ。ラオスのビールは、タイのビールよりおいしいらしいと聞いた」とジョージが口元を緩める。
「ジョージらしいな。でも前の日に、ひとりであれだけシンハービール飲んで二日酔いないんだからな。本当に強いよ」
「あれシンハーじゃないチャーンビールだよ。ていうか洋平も結構飲んでなかったか?」「いやいや啓太と同じくらいだよ。ここ日本じゃないから抑えめにしないと」
 ひとり飲まないシステムは、ガイドのすぐ後ろ。黙ってグループの先頭を歩いていた。

 やがてガイドが立ち止まった。「はい、みなさん、このボートでラオスに行きます。最初に言いましたが、このメコン川に浮かぶ中洲のドンサオ島は、タイではなくラオスですが、経済特区になっているのでパスポートやビザなしで特別に渡れます」
 そういってガイドは、モーターボートの桟橋に案内した。

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「これに乗るの?」と急に声が小さくなったのはシステム。「ひょっとしてお前怖いのかよ」と笑うのはジョージだ。
「ライフジャケットをつけるんだからもし何かあっても大丈夫。安心しろよ」と人数分のライフジャケットを、ガイドからもらってシステムに手渡す洋平。
「システム怖くないって。真ん中に座って目をつぶっていればいいじゃないか」と言いながら早くも啓太はボートに片足を入れる。これはガイドと操縦士を含めて6人が乗れるボート。小型のそれは、少し足を延ばして体重をかけると、ボートが左右交互に揺れる。これにはシステムだけでなく、啓太も一瞬慌てた。

「慎重にしたほうがいいぞ」と乗り込んだ啓太の合図で、他の三人も順次乗り込む。洋平はひとりで乗れたが、やはりシステムは無理。先に乗ったふたりに、手を引っ張ってもらってようやく乗り込む。最後にジョージが、豪快に。
 そしてガイドが乗って全員が座れば、いきなり操縦士はエンジンを動かしはじめる。何かを引っ張る音がしたかと思えば、すぐにエンジンの回転音が小刻みに響きだした。

 エンジンは後方で勢いよく音を鳴り続け、その下で回転するスクリューにより水を攪拌。水の白い波しぶきが水面上を跳ね上げたかと思えばボートは低めの音を出しながら、勢いよくメコン川を滑り出した。スピードボートは全速力。波のほとんどないメコンの水面を軽快に島を目指して走りぬける。速度が速いためか、ときおりわずかに水面上を跳ね上げるボート。
 着水した瞬間水面から衝撃。この瞬間わずかばかりの硬さ感じる。そして両側に白い波しぶきが吹き飛ぶ。気温がさらに上昇しているお昼前。この波しぶきが肌に当たれば、天然シャワーであるかのように心地よいのだ。そしてのこの地域の暑さも吹っ飛ぶような速度で形成される強風が、常に乗船メンバーの肌を目掛けぶつかってくる。

 しかし、その中ひとりだけ悲鳴に近い声を出しているものがいた。そうシステム。「ヒ、ヒィイィ」目をつぶって体を小刻みに震わせながら声を出す。あとの3人は交互にあきれ返った表情で彼を見るがすぐに、視線を外に向けて、メコンとその周辺の雄大な風景を見る。「ハッハハ、怖くない。怖くないよ」システムの悲鳴に思わずガイドが声に出して笑った。

 ボートは観光も兼ねているのか、ゴールデントライアングルの各国の陸地を見せたり、寺院やカジノの建物の近くも通っていく。そして川を航行する何隻かの船とも遭遇。その光景も日本では見かけないような荷物を積んだ貨物船などが往来している。洋平はその光景を抑えるべく、カメラを構えようとしたが、スピードボートの速度で体が揺れて思うようにいかない。そして最悪の事態が頭をよぎったので結局断念した。

 さて10分くらいボートが走ったのだろうか?ついにラオス領のドンサオ島に到着。

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「さ、到着しました。30分くらい時間があります。私のほうで入島に関する手続きをやっておきますので、みなさんショッピングや食事を楽しんでください」とガイド。「タイのお金は?」「もちろんバーツは使えます。安心してください」ボートが停止した瞬間。元気を取り戻したシステムの質問に対して、丁寧にガイドは答えた。

 4人は小さな島に上陸すると、ボートの前で待つガイドと別れて、ショッピングエリアに。
「いろいろ売っているな。民族衣装とか小物類かな」「ああ、でも啓太、俺たちは?」「洋平わかってる。ラオスのビールだろ」「ジョージそうだ。ビアラオ!お、あそこで売っているぞ」
 啓太が見つけたビール売り場で、ラオスビール「ビアラオ」を購入。氷が入った水の中に入っていた、ビールとジュースはしっかり冷えていた。定番のビアラオ缶のほか、瓶の黒・ビアラオダークも売っている。3人はそれぞれビールを購入。ビールを飲まないシステムだけは、ひとりココナッツの缶ジュースを買う。ちなみにビールやジュースの隣には精力がつきそうなものを漬けている酒も売られていた。

「あそこで、飲もうか」と洋平が、指をさしたところは、一応その店がレストランになっている。だからテーブルとイスが置いてあった。4人が座ると早速乾杯。ここにはグラスなどなく、そのまま缶や瓶ごと飲む。
 3人のうちダークを頼んだのはジョージだ。ひときわ大きな体のためか、瓶が小さく見えなくなはい。あとのふたりはラガーの缶ビール。
 ボートに乗っている間は涼しかったが、再び暑さを感じ始める島の中。その時に口から入り込む炭酸の刺激と、そのあとに入り込む冷たいビールは、一瞬の清涼をもたらした。そして口の中を経由して喉の奥に流し込む。

「ふう、これはうまい」「この暑さには最高だ」「ダークもうまい」
「でも、飲みすぎに注意しないと」「システム飲めないからってわかっているよ。熱中症だろう。このあと水も飲むから大丈夫」とご機嫌のジョージは、早くもダークビールを空ける勢いだ。

 そしてシステムを除く3人は、結局ビールを2本飲んだ。少しほろ酔い気分ので顔が緩む3人は、時間ギリギリまでテーブルで過ごす。システムだけはショップでいろいろなものを見学した。こうして心地よくアジアのフルーツのフレーバーが混じった熱風。それを肌で感じながら各々が身をゆだねるのだった。

ーーー

 ここは日本のビアガーデンの会場。5年前のラオスの島で飲んだビールの話を延々と語ったのはジョージだ。

「ジョージ、気が済んだか?」「おう?、啓太いいじゃねぇかよ。お前もあのとき語ってたでしょ。やっぱ、あのラオスの島で飲むラオスビール。忘れられないんだよ」とやや目が座ったジョージは啓太に絡む。

「おい、ホタルノヒカリが流れてるぞ」とは、このツアーに参加しなかった信二。「もうそんな時間。ずいぶん早いな。よし、次行こう。やっぱり近くにある、タイ・ラオス料理店がいい。あそこ遅くまでやってるぞ」とジョージ。
「悪いが、俺は明日の取材がある。早い時間に出るから帰るわ」と、冷静な信二は立ち上がる。「つまらんな信二。仕方ないツアー参加メンバーで行こう」と大柄のジョージは一人陽気なモード。
「洋平!」「あ、ごめん。付き合いたいけど春香がいるから帰るね」と紅一点の春香に促されるように洋平も席を立つ。「僕も帰る」とシステムも追随。この4人は、そのまま先に出口に向かった。

 残されたのはジョージと啓太「まさか啓太、お前も?」「いや、俺は予定はない。ビアラオ飲むの付き合ってやってやるぜ!」と角刈り頭に手をおいて元気よく返事をすると、顔を真っ赤にしながら、満面の笑みを浮かべるジョージであった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 244

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