見出し画像

樹海の中で起きたこと

「さて、せっかく山梨まで来てもらって悪いが、今日は富士急ハイランドにはいかないからな」敦夫は重低音が混じった野太い声で一言。
「ち、せっかく絶叫マシンで、何もかも忘れられると思って楽しみにしていたのに」対照的に不満そうな正樹の声はやや高めで軽い。

 ふたりは同じバイト先で知り合った。実は5歳ほどの年の差があるが、いろいろ趣味が共通点ということで意気投合。休日には連れだって遊びに行くことが多い。正樹は敦夫のことを兄のように慕っていた。
「悪いな、まあ今から行くところは自然の宝庫だから気分転換にはなるぜ」

「ちょっと。じゃあどこへ行く気だ?」 今日正樹は、敦夫から行き先を教えてもらっていない。

ーーーー

 敦夫が正樹のバイト先に来たのは今から2年前。
 ファミリーレストランの店長として長く働いていた正樹は、当初年上の敦夫が苦手であった。何しろ敦夫は小さな食堂を経営していた経験がある。
 その店を閉店した後、精神的な病で長く仕事をしていなかった。ちょっといわくつきの人物ということで、正樹は敦夫を警戒する。
 だが敦夫は、新入りが始める掃除に対してなど、なにひとつ不満をこぼすことがない。

 すべてに対して反抗的な態度を取ることは無かった。むしろ若くてやる気のないバイトよりは、使いやすい。またすぐに気づいて働くのでいつしか、当初のイメージとは逆転。店で最も信頼できる存在となっていた。気が付けば仕事以外でもプライベートな相談ごとなどよく会う機会が増える。

 そんな敦夫が「次の日曜日はふたりとも休みだろ。俺がレンタカーを借りたんだ。悪いが山梨まで付き合ってくれるか」と連絡が来た。特に予定もなかったので正樹は快諾したが、どこに行くのかは教えてもらえない。

「いつもなら、行き先を先に言うのに何でだろう」
「ただ、山梨に行くと車内で聞いて『富士急ハイランド』が頭に浮かんだので、その話をしたが、敦夫は軽く一蹴。そして仕事場でもプライベートでも見たことのない敦夫の鋭い視線が目に入る。助手席に乗っていた正樹はいつもに増して緊張した。

 「よしここだ」車は富士山の裾野にある駐車場に停車。「敦夫さん、ここは?」「ああ、言ってなかったか。ここは青木ヶ原樹海だ」

「青木ヶ原樹海...... ちょっとやばいところでは?」
 自殺をはじめとする様々な都市伝説が渦巻く地。そのためか、目の前に見得る森が独特の雰囲気に見える。正樹はさらに緊張。顔が硬直した。
「何を心配している。遊歩道を歩く分には問題がない!」ぶっきらぼうに言い放ち、車を降りると敦夫は、そのまま遊歩道の入り口に向かう。

「富士急ハイランドはともかく、せめて富士五湖とか富士山の綺麗なところにドライブすればいいのに」正樹は内心不満でいっぱい。だが今日の敦夫はいつもと違う。いつもなら聞いてくれそうな愚痴を言える空気ではないのだ。
「いくぞ、ついてこい」いつもの野太い声も今日は迫力が違う。正樹はただ敦夫の後を追うように、樹海のトレッキングコースの中に吸い込まれた。

「すごい、これが青木ヶ原樹海。イメージと違って自然に囲まれた良いところですね」正樹はようやく緊張の糸がほぐれる。整備した道を歩いていると、五感が解放されたような気持ちになった。さわやかなのはマイナスイオンが満ちているからだろう。
 ここでようやく笑顔になる敦夫。「そうだろう。言ったかな。俺はこの近くの富士吉田で生まれ育った」「え、地元ですか?」

「ああ、まあここというより、さっき話をしていた富士急ハイランドが地元だな。今の店に来る前、俺は小さな食堂を経営していた。そのときまでは富士吉田でのみ住んでいたんだ」
「そう、ああそうですね」正樹は敦夫が店に応募したときに履歴書で確認したこと。そのとき富士吉田で食堂をやっていたということを思い出す。

 遊歩道内は整備されていて誰でも歩ける。青木ヶ原樹海でイメージするような恐怖はどこにもない。ただ太陽の光を遮って緑の屋根に覆われたような雰囲気、隙間から差し込む光が心地よい。そして苔がまとわりついた大木に囲まれている。敦夫の話では、奥に入ればそのところどころに穴が開いているというのだからより神秘的だ。

「あとで、名前がついた観光スポットになっている穴も見に行くぞ。富士山の裾野だからできたであろう、幻想的な光景は何度行っても感動する」このころの敦夫はいつもの顔に戻っていた。正樹もようやくいつも通りにリラックスして話が聞ける。
 やがてあるスポットの前に来た。樹齢数百年はあろうかという大木が少し先に見える。大木には別の蔓状の木がまとわりついていた。樹海の中でもこの辺りは特に神秘的でうっそうとした空間。この先には異界への入り口がありそうな空気が漂っていた。

 この日は平日のため他に観光客の姿を見ていない。ゆえにふたりだけの世界。「よし少し奥に入るぞ」突然敦夫は、コースから外れる。本当はダメなことであるが、敦夫はある目的のために外れざるを得ないのだ。
「え、どこへ」「心配するな。すぐ近く。実は俺にとって大切な場所なんだ」

 コースを外れて1分程度、敦夫は突然止まった。「ここだ。3年前とあんまり変わっていないな」そこは遊歩道からも見えた大木の前。「さ、3年前」敦夫の表情が固い。正樹は再び緊張する。「これは俺の弟、お前と同じ年の弟がいたんだ」「いたんだって。ま、まさか」正樹はここで敦夫の弟が自殺したことを悟った。敦夫は大きく頷く。

「ああ。これは誰にも言っていない。正樹、お前に初めて話した。今日は弟・利光の3回忌、いや違う、丸3年だから4回忌になるのかな。確かあの木の枝で首を吊った」と目の前の大木から伸びている太い枝を指す敦夫。
「じ、自殺。こ、ここで!」正樹の顔色が青ざめる。
「そんなに怖がるなよ。でも連れてきた俺が悪かったかな。申し訳なかった」敦夫は一礼する。「だが俺も3年たってようやく来れたんだ。ひとりで来るべきだったが、やっぱりひとりでは不安だった。付き合ってくれてありがとう」
「いや、別に弟さんがいた話を初めて聞きましたし、そんな理由で。敦夫さんのプライベート僕ほとんど知らなくて」正樹は恐れをかき消すかのように必死に話し出す。

「いいんだ。実は俺は、お前に最初は弟、利光と重ね合わせてしまった。弟を亡くして失望した。これも初めての告白だが、弟とは兄弟である以上にパートナー。つまり禁断の恋に落ちてしまった」

「え、き・兄弟で!」正樹は驚きの連続。思わず目を見開いた。
「ああ、俺が大学生のときに、事故で両親を同時に失ってしまう。利光は高校生。両親は小さな食堂を経営したので、俺は大学を中退して急遽そこを継いだ。
 俺は既に20歳だったので、そのまま利光とふたりで生活するのに問題はなかった。やがて高校を卒業した利光も店を手伝うようになる。それが今から13年前になるかな」

 正樹は両手の指を折り曲げながら、計算している。

「そしてふたりでどうにか店をつづけた。昔ながらの大衆食堂だから客も俺たちよりはるかに年上でさらに舌が肥えている。一時は客足が鈍ったこともあったが、それでもどうにか力を合わせて乗り切った」

 敦夫は視線を遠くに向けて、なおも話す。
「だがある日、俺は一生懸命に後片付けをしている利光に、不思議な感覚を持ってしまった。恋愛対象。『利光、俺はお前のことを!』と無意識に利光の両手を握った。それに対して弟は突然のことにおびえる。そりゃそうだろう。だが次に俺が彼のお尻を触ると、嫌がっては無かった。緊張していただけのようで、あとで聞けば弟も俺のことを、いつしかそういう気持ちで見ていたようなのだ」

「そ・それで付き合ったのですか!」敦夫は大きく頷いた。「そんな禁断の生活は2年ほど続く。だが3年前のこの日突然終結した」敦夫は頭を上げ辛そうな表情に変わる。
「あの日、突然店にも来なくなりどうなったのか心配した。3日たっても音沙汰無し。だから捜索願を出した。すると翌日警察から連絡がある。青木ヶ原樹海で首をつっていた若者が、弟そっくりだということを知らされた」

「で、でも何でそんなに早く。青木ヶ原樹海では、よく白骨死体になるとか」「見ろ!」敦夫は大木の前から先ほどあるいたところとは反対方向に少し歩いた。すると先ほど歩いた道が見える。
「ここは陰に隠れているが、あそこに遊歩道があるだろう」「え、歩いたつもりなのに、こんなすぐ近くだったのか」

「そういうことだ。つまり弟はあまり奥に行かずに首を吊った。だから警戒に当たっていた地元の人が見つけて、警察に通報があったというわけだ」敦夫はそういうと大きくため息をつく。

「今でも利光の死因は解らない。確かに店の経営は厳しかった。または俺との関係に終止符を打ちたかったのかもしれない。だがそんなそぶりはなかったし。遺書なども一切残していない。ただ首をつっていたという事実だけ。 
 だから俺はそのあと精神的なダメージで店を閉め、しばらく通院した」

「それで落ち着いて働く意欲が再び湧いたときに、今の店で働こうと思ったのですね」正樹の問いに敦夫は小さく頷いた。

「で、実はもうひとつ告白したいことがある。ここから遊歩道はすぐだ。その内容が不快であれば、すぐにこの場を去ってくれ」敦夫の視線が正樹に向けられる、その視線の鋭さは獲物を狙う猛獣のよう。

「あ、はい。な、何でしょう」
「実は、俺は、お前が好きだ。もちろん恋愛は異性対象だということは解っている。だから断ってもいい。でも言わないと後悔する気がした。だから告白させてもらったんだ。すまない。気分が悪ければ、そのまま立ち去ってくれ」敦夫はそういって頭を下げる。

 正樹は驚いた表情をするが、すぐに笑顔になる。
「敦夫さんありがとう。実は、僕も今まで秘密にしていましたが、ゲイです」「な、なに、俺と同じなのか!」正樹は笑顔で頷く。

「はい、実は3か月前にパートナーと別れました」
「じゃあ恋愛相談というのは?」「はい。前のパートナーを女性として話しましたが、実は男性のことでした。そしてこの前話していた気になる人というのも男性です」正樹も黙っていたことがようやく言えたのか、いつも以上にトークが軽い。

「気になる人がいるのか......」悲しそうな敦夫の表情だが。それはすぐにかき消された。「はい実はそれは、正直に言いいます。好きなのは敦夫さんのこと。いつか言わなければと思いつつ、この日まで言えませんでした」
「俺のことを......」敦夫はあまりもの急展開のたえめか、声が裏返って野太さがない。

「だから、ぜひ。よろしくお願いします」正樹はそういうと急に顔を赤らめながら手を差し出す。敦夫はその腕を両手でしっかり握ると、正樹を背中から囲むように抱いた。

「ここは誰もいない。だから気にするな」敦夫浜崎の耳元でささやく。「はい」正樹は小さく頷いた。
「お前と一緒に来れてよかったぞ。弟がキューピットになってくれた。よし今度は富士急ハイランドに行こうぜ」
「はい敦夫さん。ぜひ一緒に絶叫しましょう」

 こうしてふたりは抱き合い、そのまま顔を合わせると、唇を接触させるのだった。



※次の企画募集中
 ↓ 

皆さんの画像をお借りします

こちらから「旅野そよかぜ」の電子書籍が選べます

https://www.amazon.co.jp/s?i=digital-text&rh=p_27%3A%E6%97%85%E9%87%8E%E3%81%9D%E3%82%88%E3%81%8B%E3%81%9C

ーーーーーーーーーーーーーーー
シリーズ 日々掌編短編小説 427/1000

#小説 #掌編 #短編 #短編小説 #掌編小説 #ショートショート #山梨県 #富士吉田 #青木ヶ原樹海  #BL小説 #LGBT

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?