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長崎の卓袱 第848話・5.21

「さて、えっとこれは中華街ですね。今からの場所は近いですか?」グルメ雑誌の茨城編集長は取材のため長崎に来ていた。彼の横に同行しているのは地元の郷土や食文化を研究しているという林田がいる。「ええ、もう少しですね」

それから歩く事5分ほど、ある建物の前で立ち止まった。「こちらです。入りましょう」と林田の声。茨城は店の外観を撮影する。ここは料亭のようだ。林田は先に入っていったので、茨城はそれについていく。今日は取材のために2階にある座敷に向かうため階段を上がる。
「あ、なるほど、事前のイメージ通りだ」通された座敷には赤いちゃぶ台のようなものが置かれていた。もちろんカメラを構えている。
 この日は長崎が発祥の卓袱料理(しっぽくりょうり)を紹介するのであった。

 ふたりは席に座ると、すでに林田が事前に店の人と打ち合わせをしていたためか、料理が全て整えられている。「『卓』はテーブル、『袱』はテーブルクロスの意味があるそうですよ」はっきりとした声で林田の説明が始まった。茨城は直前まで座敷や料理全体の撮影をしていたが、すぐにメモを取る。
「日本料理と中国、それから南蛮系の料理の文化が混じったもので、江戸時代に出来上がっていったそうですね」「ほう、江戸の鎖国の時代に国際的な料理があったわけだ」茨城はうなづきながら、ペンを持った聞き手を動きを止めない。
「元禄年間には、中国や南蛮料理を日本風にアレンジして卓袱料理ができたそうです」林田の説明は続く。

「では、卓袱料理の記録で古いものはありますか」ここで質問する茨城。「はい、761年に『八遷卓宴式記』という記録が最古で、清から長崎に渡ってきた呉成充という人が山西金右エ門を、自分の船に招いて中国式の料理でもてなしたという記録がありますね」
 茨城の質問に的確にこたえる林田の表情は最初から変わらない。やや緊張気味にも見える。茨城はまだ質問したいところであったが、そろそろ目の前の料理が気になりだす。

「ではそろそろいただきましょう。実際に味わいながら質問があればその都度」とまで言うと、箸を手に取り実際に試食を始めた。
「なるほど、うん、うん」茨城は料理を口に運び、口を動かしながら何度も小刻みにうなづいた。

「料理の順序にあるように、食前酒の後はお鰭(おひれ)という吸い物、冷たい料理の小菜、それから温かいものが中鉢、その後に季節の和料理の大鉢、水菓子、梅椀のお汁粉とつづきます。あと、それぞれを一覧表にしたについてはあらかじめ送った資料の通りです」と、そこまで説明すると林田もようやく箸を動かす。

「これは珍しいですね」ここで茨城はひとつの料理を箸でつまむと、それを持ち上げると、意図的に林田の前に見せる。
「それは蝦多士(ハトシ)ですね。日本には明治以降に入ってきた料理のようです」と林田。その後の説明によれば19世紀末に中国の広州で作られていたもので、エビなどのすり身を食パンに挟んであげたものだという。

「江戸時代は長崎だけでなく、江戸や上方でも卓袱が食べられていたそうですね。文化文政期には卓袱がブームになったらしいです。でも結局すたれていったようですが......」
「そうなんですね。それはやっぱり開国後の文明開化とか関係あるのかな」 
 茨城は感想を言いながらも、林田に視線を送り半ば質問をしているかのような言い草。そこまで言い終えると、蝦多士を口の中に入れそのまま中でかみ砕いた。

「うーん、はっきりとした情報はありませんが、そうかもしれません」林田は自信がないのか、やや目を伏して答える。
「でも、長崎では大正時代のころにはまた復興したようで、その頃の様式と献立が現在の卓袱料理となっています」

 そこまで言うと、林田は別の料理に箸を持っていく。「それは?」すかさず質問する茨城。
「あ、ああこれはパスティラというもので、ポルトガルから伝わったパイ料理です。「パスティラ、カステラのような名前だ。なるほどポルトガルに中国広州由来の物が日本料理のようにして味わうか。卓袱料理大体わかりました」と思わず口元が緩む茨城であった。

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「編集長、満足いただけたようで光栄です」「うん、実際に美味しかったし、なかなか文化的にも深いですね。これは特集記事として取り上げます。もちろん林田さんの経歴をつけて紹介しますよ」ここで、腕時計を見る茨城。「あ、まだ時間があるな」直後に林田に視線を送る。
「林田さん、この辺りに長崎ちゃんぽんのおいしいお店とかありますか?」と茨城の質問。「え、い、今からですか?」と驚きのあまり林田の目が見開く。「そうです。せっかくだから行きましょう。僕は1度に複数の店の取材をすることが多いのです。卓袱料理は頂きましたが、まだちゃんぽんが入りますので」と笑顔の茨城。

「そしたらおすすめのところがあります。たぶん取材できると思いますので、行きましょう」と、結構おなかが落ち着いていた林田は、内心戸惑いながらも作り笑顔で返すのだった。



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