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月を見ながら味わうライスワイン

「圭さん、中秋の名月だよ」日本の伝統行事が大好きなベトナム人ホアが、嬉しそうに部屋から見える窓の外の月を眺める。「ああ、月が見えているの? でもその前に、せっかく作ったお団子がそのままだよ」と、婚約者の圭がキッチンから声を出す。

「あ!」今日は、月見の日だということで朝から張り切っていたホアは、手作りで団子を作っていた。そのために上新粉と片栗粉をスーパーで買ってくると、それに砂糖と熱湯を入れる。そのあとは粉をちょうどよい粘りが出るまで捏ねて大きな団子を作った。それを一口大の大きさにちぎる。こうして両手で丸め込み、小さなボールを10個ほど作り上げた。
「あとレンジで5分温めたら完成だった!」「だからもうやっといたよ」と再び響く圭の声の直後には、レンジが時間を知らせる音が、鐘のように部屋に鳴り響かせた。

「月見団子らしい器は何だろう」「これがいい」と、キッチンに入ってきたホアが持ってきたのは、飲茶や点心を蒸すのに使う木でできた、せいろである。「あ、それ、いいね。じゃあ」とクッキングシートを下にしてその上に団子を積み重ねた。
「雰囲気出てきたね」と嬉しそうに部屋に持ってくるホア。ここにきて涼しくなったためか、白いTシャツの上から緑色のブラウスを着ている。だけど下は半ズボンのジーンズ姿であった。対して圭は灰色のTシャツ姿に黒っぽくて横に白い筋が2本入った、ジャージのズボンを履いていた。
「うん、ホアちゃん俺の知らない間に、ススキまでネットで買っているから、こりゃ見事だよ。あとは」そういうと圭はいったん部屋を出ていった。

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 ホアが夕方に無事に届いたススキの先を指で触りながら眺めていると、圭は1・2分で戻ってくる。すると持ってきたのは日本酒の4合瓶。「あ、ライスワイン」「そう、実は今日は10月1日。日本酒の日でもあるんだ。だからちょうどいいよ。月を愛でながら味わう日本酒って、もっともらしいや」
「じゃあ、私も飲む」「あ、いいけど、あまり飲みすぎちゃだめだよ」
 月見のほうはそれらしき体制が整っていたが、日本酒は対照的に何もない。そもそもふたりとも、酒は特別なときに飲むくらいだ。だから銚子や猪口などない。特に燗をするような酒ではないからと、冷のまま透明グラスを用意して直接瓶から日本酒を注ぐ。
 グラスに注がれる日本酒を眺めていると、一見水のように透明だが、わずかに色がついている。「ホアちゃんそんなに、大丈夫」「多分」と、ホアは気にしていない。
  そのあたりは圭も内心は安心していた。ホアはそんなに飲まないし、下戸でもない。酔っぱらって問題を起こしたこともなかった。なみなみと入った日本酒を、ふたりはこのとき黙って乾杯する。そして窓を見ながら少しだけ酒を口に含む。

 ちょうど月の周りのが雲がなくなり、邪魔されることなく黄金の光を照らしだす。「でも不思議だ。いつみてもあの月にウサギがいて餅ついているっていうのを想像するのは」
「ベトナムでは、違うよ。月には大きな木があって、男の人が休んでいると聞いたんだけどね」とホアは得意のうんちくを語ろうとする。
「そっか、国によって違うみたいだね。あ、ベトナムも月見は」「中秋はありますよ。テット・チュン・トゥー(Tết Trung thu)と呼んでいるわ」
「やっぱり中国が共通なんだよな」
「あ、これ言うと、圭さんまた中国みたいっていうかもしれないけど」そういってホアは立ち上がり部屋を出ていく。

「また何か買ってきたのかな? しかしホアちゃんと知り合わないと、俺日本人なのに、こんなにいろいろな日本の伝統行事なんて絶対意識しなかったよ」
 そういって、圭はグラスになみなみと注がれた日本酒に口をつけて先ほどより倍以上の酒を口の中に多い目に放り込む。その際に、手元にあるのは純米酒という米だけで作られた酒のためか、前回にもまして米のフレーバーを感じた。また辛口なので口の中に甘みはほとんどない。代わりに若干の辛みと旨味が混ざった液が口の中を覆う。そのまま口から胃に向けて流し込むとと、急に体が火照った気がした。

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「はい、これ!」圭が振り向くと、ホアがビニール袋持ってきて、何かを取りだす。「あ、これって月餅」中には大きな月餅が2個入っていた。
「え、月餅は、ちゅうご」「違う!中国にもあるけどベトナムにも同じものがある。これはバイン・チュン・トゥ(Bánh Trung Thu)って呼ぶの!」とちょっと不機嫌に鋭い視線を送るなホア。そのまま勢いよく座ると、日本酒を少し多い目に飲む」「あ、ああごめん。ああそんなに飲んで」

「大丈夫。ライスワイン美味しいし平気よ」といいつつも、普段色白のホアの顔が赤くなっている。
「無理したらだめだ。ちょっと待って」と圭は慌ててキッチンに入ると、すぐにペットボトルに入った水を持ってきた。

「ホアちゃん、これ飲んで。ゆっくり飲もう」それに対して、ホアはおとなしく従い水を飲んだ。
「わかったごめん。バイン・チュだっけ」「バイン・チュン・トゥ。本当はうずら卵とか入っているけど、多分これは入ってないね」といって1個を圭に渡す。
「うん、その前にせっかくホアちゃんが作った団子を先に食べよう」「あ、団子忘れてた」ホアは団子が積まれているせいろを目の前に置いた。それぞれ一つずつ皿にのせる。
「いただきまーす」といってさっそくホアが食べる。すると口に含んですぐに顔の表情がおかしくなる。「あれ?」「ん?味が変なのか」ホアの不思議な表情を見ながら、圭はおそるおそる団子に口を運ぶ。そして実際に口の中に含んでみる。
「あ、これしょっぱいね」「圭さん、ゴメンナサイ砂糖の代わりに塩入れちゃったかも」といって頭を下げて謝るホア。しかし圭はにこやかに笑った。「いやこれでよかったよ」「何で?」
「だって、日本酒を飲みながらだと甘い団子より、塩味効いた団子のほうが合うよ。いい酒の肴だ」と嬉しそうに団子を全部食べ終えると、日本酒に口をつける。

 それを見たホアは酔いのせいでいつも以上に嬉しそう。近づいて生きて圭の腕を両手でつかんだかと思うと、そのまま体を寄せてくる。
「ありがとう。良かった。バイン・チュン・トゥは甘いお菓子だからデザートだね」「うん」と圭はホアの背中越しに手を置く。こうして肌を通じてお互いの体温を感じながら、こんどは雲に隠れようとする月を静かに眺めるのだった。



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こちらは91日目です。

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シリーズ 日々掌編短編小説 256

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