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DAIKAN 第727話・1.20

「う、寒いわ、今日は、もう、起きたくない」竹岸涼香は、ベッドの中で毛布にしがみついていた。「でも、いい加減起きないとまずい」ここで覚悟を決めた涼香は、思い切って起き上がった。瞬間、体を襲う冷たい空気にビクつく体、鳥肌が全身に立つ。「いや、やっぱり、ダメ、ダメ」涼香は再び毛布を着こんでしまった。
 しばらくしてから涼香は時計を見る「午前8時か」小さくつぶやくと、昨年までと今年からの自らの生活モードが、大きく変わったことを思い出す。

 昨年までは受雷工務店という住宅展示場で営業担当として働いていた涼香。住宅展示場で一番の営業マンになろうと張り切っていたが、同じ営業マンの真中俊樹と出会ってから運命が変わった。
 気が付けばふたりは交際を始めたが、俊樹は別の会社、風鈴ハウスの営業マン。恋愛は自由とはいえ、さすがに同じ住宅展示場で違う会社の営業同士となれば、情報が洩れる恐れがあり、決して好ましい状況ではない。
 特に上司から指摘されたわけではないが、涼香は気になってしまったので、昨年末で会社を辞めることにした。だが。

「ここでおかしくなっちゃったのね」涼香は起き上がり、コーヒーを淹れた。ここは涼香の家ではなくとある旅先の別荘地、ペンションとして営業している。窓の外には森の木々で囲まれた池があり、寒さのためか霧のようなものが立ち込めていた。そんな風景を見ながら涼香はため息。

 俊樹は、営業マンとしてバリバリに働いている涼香をあこがれと思っていた節があり、辞めると聞くと急に熱が冷めた状態になってしまっていた。「これ、しばらく距離を置いた方がいいわ」正式に別れたりしたとかしたわけではないが、涼香は自分の気持ちを整理しようと、年が明けてから俊樹に告げることなく一人旅を始める。

 涼香は入れたコーヒーカップを片手にコーヒーをひとくち飲む。「こんな冷えた朝には温かいコーヒーね。でも何で冬場なのにこんなところ来たのかな。よりによって今日は大寒よ」
 涼香は誰も聞く相手がいないからと、SNSで心情をつづる。

大寒の 冷えた心を 癒す白  コーヒーの湯気と 外の霧かな

打ち込んでから涼香の口元が緩む。「ありゃ、これじゃあ短歌みたいね。へえ、面白い、これからも旅を続けるからこれから短歌でもつぶやこうかな」
 涼香はもう一杯、コーヒーを飲む。そしてゆっくりと鼻から息を吐いた。「でも、昨年と違ってこういうゆったりとした時間がいいかもね」
 しばらくするとSNSを通じて先ほどの短歌に返信が来た。

寒い朝 冷えた心が 愛おしい  抱きしめ温めし 大寒の空

「なにこれ、あ、俊樹さんだ」
 すると俊樹から電話がかかった。「涼香さん、今涼香さんの部屋の前に来ました。できればドアを」
 涼香は慌てて髪を整え、とっさに服を着る。ドアを開けると俊樹がいた。「俊樹さん、どうして?」
「涼香さん、僕が、愚かでした!」俊樹は申し訳なさそうな表情のまま、大声を出し最敬礼に近い角度で頭を下げる。
「ちょっと、とりあえず中に入って」慌てる涼香は、俊樹を部屋の中に入れた。

「本当に僕の愚かな間違いが誤解を。僕は涼香さんの仕事ができる女性というものにあこがれていたのは確かです。でも涼香さんが会社を辞められて旅に出られてから、僕は本当のことが分かりました。涼香さんがいなくなることへの寂しさが身に染みています」
「あ、あああ、分かった。うん、そうなのね。うん、私もひとりだと、どうも......」涼香は真剣な表情で言い訳をする俊樹に、再び愛情が湧いてきた。どうやらお互いのわだかまりが解けたようだ。

 こうしてふたりは、仲良く窓の風景を見る。「俊樹さん夜行バスで来たのね。寒かったでしょう」「うん、寒かったけど、それどころじゃなかったから気にならなかったかな」
 涼香に入れてもらったコーヒーを俊樹も飲む。ようやく安心したのか、目元が緩み、目を閉じて味わうようにコーヒーを飲んだ。
「でも、なんで私がここに居ることを知ったの?」涼香の疑問に、ようやく口元が緩み笑顔になる俊樹。
「だって涼香さん、SNSで定期的に画像を投稿してくれたから、すぐに場所が特定できた。このペンションの外観も撮ってくれたし」「そうか、アハハハ!」思わず笑う涼香。

「でもね。私はもうしばらく旅を続けるつもりなの。人生でそうある事じゃないから。もちろん俊樹さんのどころには戻るつもりよ。だから待っててね」
「いや、これからは僕も一緒に旅をするよ」「え?」思わず涼香の目が見開いた。「でも、会社は、まさか辞めちゃったの!」俊樹は首を横に振る。「違う、溜まっていた年休を一気に取得したんだ。あと1週間は休みなんだ。だから一緒に旅をしよう」
 それを聞いた涼香は黙ったまま、俊樹の両手を両手でつかんだ。そのまま体を寄せるのだった。

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