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峠からの夜景に流れる曲

 日本にはいろんな道がある。高速道路や自動車専用道をのぞけば、おそらくもっとも整備している道は、国が政令で指定している国道なのだろう。ところが国道でも、整備されていない道は実在する。

 大阪の東南部・柏原という町に住んでいる亮太は、国道とはとても思えない、整備されていない悪路の上り道を走っていた。それも自転車で。
「ったく何でこのルートにしたんだろう。本当にこれ国道かよ」
 国道308号線。大阪市内と奈良市内を東西に結んでいる国道であるが、旧道の一部に悪路がある「暗峠(くらがりとおげ」という峠は大阪と奈良の境界線にある生駒山にある峠であった。

なぜ、亮太は突発的に自転車でこんな峠を通りたかったのだろう。

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 すべては昨夜のこと。異性の友達で恋人になる寸前と言っても差し支えない、彩花のことであった。昨日まではいい感じで、ときおりデートを重ねながら、もっと近づこうと必死になっていた。
 そして彩花もまんざらではなく、いつも笑顔を振り向いてくれる。本当は今日奈良公園の鹿を見に行こうと、デートに誘うつもりで昨日の夕方にメッセージを入れた。
 いつもなら快く応じてくれる。もしだめなら10分もかからずに、すぐに謝りの返信が来る。しかしこのときは来ない。その上「既読」になっていたのだ。

「なぜ、読んでいるのに返事がないんだ!」亮太は1時間、2時間と待ったが、一向に連絡がない。
「何かまずいこと書いたかなあ」亮太は苛立ちからも、自らの放った余計な言葉で、彩花を傷つけてしまったのではということのほうが気になった。
 だから送ったメッセージを何度も確認する。しかしどうしても何の言葉が彼女に引っかかり問題になったのかが理解できない。そして一晩待っても音沙汰無し。
 その上、電話をかけてみても「電波が届かない」というアナウンスが流れるのみ。

 だから亮太は、不安と悔しさ、そして苛立ちを解消しようと思いついた。それは以前から、どういうところなのか気になっていた暗峠に行こうと。それも自転車をつかって、理由はこのイライラした気持ちを忘れたくて、体を思いっきり動かしたいと思ったから。

 行きは、南側の道、国道25号線をを通り奈良に向かった。晴れ晴れとした天気。できるだけ昨日のことを忘れようと、ペダルをこぐのに必死になった。歩くときよりも勢いよく、右足そして左足を交互に力を入れて前に押し出すように動かしていく。自転車の前輪と後輪はそれに呼応して、回転をつづけた。
 やがて奈良市内に入る。せっかくだからと奈良公園に向かうことにした。奈良公園には観光客の姿が見られたがそれは特に気にならない。適当なところを見つけて自転車を置くと、そのま公園内の芝生に入った。そこでは、多くの多タヅんでいおる鹿がいる。ここでベンチを見つけた亮太は、直前にコンビニで買ったおにぎりを、かぶりつきながら呆然と鹿を眺めた。

 彼らは観光客から餌のせんべいをもらうときだけは、勢いよく首を前に出して口先をせんべいの前に近づける。そしてせんべいを口と舌を起用に動かしながら、かつスピーディに口の中に入れていく。しかし普段はおとなしく立ち尽くすようにしているか、しゃがみこんで、各々の方向を見ながらのんびりしている。
「彼らは一体何を考えているのだろうか?」おそらく人間のように余計な打算もないだろうし、少なくとも言葉で相手を傷つけることもないのだろう。
「まさかひとりで来ることになるとは。ひょっとして彼女は鹿がトラウマだったのかなぁ。でもそれなら嫌だと正直にいつもなら言ってくれるのに」
 昨夜からの疑問が再び頭をよぎる亮太。1時間近く奈良公園の同じ場所で座っていたが、やがて心地よい風が吹き始め、時刻も夕方近くになったので、そのまま帰ることにした。亮太は立ち上がり、自転車の前に戻る。

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 しかし帰りは行きと違い、気になる暗峠を経由することを、あらかじめ決めておいた。
「あのまま素直に来た道を戻ればよかったかも。こんなにきついとは」亮太は、サイクリングが趣味ではなかった。だから専用の自転車もなければ、そういう専用のウェアーなども着ていない。勢いで来たから乗っていたのはいわゆる「ママチャリ」と称されるごく普通の自転車だ。もちろん電動でもない。

 行きは比較的平坦な道だったから問題がなかった。しかし奈良公園から西に向かい、国道308号線沿いにしばらく進むと目の前に丘が見えてくる。そこからの勾配がキツイ。立ち上がってペダルを漕ぐが、足への疲労が少しずつ蓄積される。また息切れまで起こり出した。亮太はたまらなくなり、自転車を降りる。そのまま両手で自転車をつかみ押して勾配を上がった。だが徐々に夕暮れが迫ってくる。亮太は少し不安になった。ただこの不安定な気持ち、そして追い詰められた状態は、逆に言えば昨夜からの苛立ちを忘れさせてくれたのだ。

 ようやく峠のようなところを過ぎて下りに入る。下りは登りと違い、自転車に乗り込むと、ペダルをこぐ必要がない。そのまま前輪と後輪が打ち合わせをしたかのように勢いよく回転速度をどんどん上げてくれる。だからただ正面をしっかりとみ、て速度が上がりすぎれば、両手でブレーキをつまんでしまうだけで良かった。

 そして平野のようなところに来た亮太は、ここで再度の脅威を感じてしまう。終わったと思ったら目の前にそびえるのはさらに高い山。そう今までの勾配は生駒山の暗峠ではない、その手前にある矢田丘陵と言うものであったから。この山があるから、天気がいいのに西側がさえぎられて夕焼けが見えない。だが空は確実に暗くなっている。斜め前に見える家の照明が明るくなっていて、それを見るだけでうらやましさがこみあげてきた。

 ここで亮太は大きく深呼吸する。そして再び国道沿いによじ登る。先ほどの矢田丘陵も含めてとても国道と言えるような道ではない。一車線どころかアスファルトですらないのだ。代わりに速度を落とすためなのか、丸いくぼみの道が続いている。それを裏付けるような非常に高い勾配が続いてキツイ。亮太はこの登りの最中、ほぼ自転車に乗ることはなかった。ひたすら押すしかない。歩くと自転車と比べて数倍も距離を感じる。しかし今の亮太にはそれしか方法がない。もう昨夜のことなど完全に頭から飛んでいた。今はただこの勾配を登って、奈良側から大阪側に戻ること。それに尽きる。

 すでに空は暗くなっていた。それでも亮太にとってできることは、ただひとつ「前進あるのみ」である。
 そして、この勾配が永遠と続くわけではない。しばらく山道しかなかったが、やがて建物が見えてきた。木造の古い建物が数軒ならんでいる。見ると道も石畳になっているではないか。あたかも江戸時代の街道を歩いているようだ。
 そして「大阪府東大阪市」と書かれた看板が目に見える。「ようやく峠か。ここまですごいとは思わなかった」亮太は疲れながらも妙な達成感が、しびれるような感覚として全身を包んでいる。

 やがて木造建築物のある場所を通り過ぎた。そして見える。暗峠から見える大阪平野の夜景が。

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「美しい!ああ彩花と見たかったなあ」しばらく忘れていた彼女の記憶がよみがえってくる。亮太はこの夜景をスマホで撮影すると「ダメもとで!」とつぶやき、撮影したばかりの夜景を彩花のもとに送った。
 実のところ亮太は、もう彩花のことから頭から離れない。もしコンタクトをもう一度取ることが許されるのなら、必死で謝って誠意を見せられるかもしれない。
 でも本当に連絡をくれるだろうか? 亮太はこの夜景に可能性を期待するかのように祈るような気持ちになった。そしてふと好きな歌を聞きたたくなる。そしていくつかああるお気に入りの曲から、ひとつの動画を再生した。

 亮太は、イヤホンを耳につけ、夜景を静かに見ながら聞き続ける。そして曲もクライマックス。最後のこちらのフレーズが繰り返し流れる。

Can we play a, can we play a love song?

このとき、亮太は彩花のものと思われる通知が来た気がした。

「あ、見てくれてるのか?それも返事が!」ちょうど曲も終わっている。そして慌てて確認した。
 すると次のような長いメッセージが入っている。
「亮ちゃん、昨日は本当にゴメン。昨夜のの女子会での最中に連絡くれたわね。それで返事しようとしたら、先輩から声かけられてすぐできなかったの。それから私もうかつだったわ。飲む先輩ばっかだから、私も結構付き合いで飲みすぎて、途中から記憶が曖昧になって、そのままタクシーで帰ったの。多分メンバーの誰かに送ってもらったんだと思う。結局、朝になっても二日酔い。頭が痛くて吐き気がしてベッドで横たわってたの。お昼過ぎになって、ようやく体調が戻ったと思ったとき、スマホを店に忘れたのに気づいたわ。
 スマホに電話してもつながらないから、店に直接したら預かってくれるってことになったの。それでさっきようやく引き取ってきたわ。そしたら亮ちゃんから素敵な夜景送ってくれるし。見ているだけでなんだかうれしかった。で、本当にごめん。デート行きたかったなあ。で、亮ちゃんは今山の上にいるの?そこって本当に美しいわ。ねぇ、今度は絶対に行くから一緒に連れてってね」

 亮太は満面の笑みを浮かべると「おう、連絡ないから心配したぞ。無事でよかった。だけどやっぱりひとりじゃ寂しい。近々一緒に行こう!」とすぐに返信した。 
 それからの下り道。そしてそのあとの帰りが、楽だったことは言うまでもない。

 

※こちらの企画に参加してみました。

まだ間に合います。10月10日まで募集しています。
あと6日を切りました。よろしくお願いします。

こちらは95日目です。

第1弾 販売開始しました!

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シリーズ 日々掌編短編小説 260

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