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枕と布団 第764話・2.26

「しかし、昨日の客、ありゃひどかったなあ」「ほんとだぜ。寝相が悪かったんだろうけどさ。途中で俺を落としてそのままだったわ」
 ここはとあるホテルの一室。昨夜一晩泊まった客がチェックアウトし、ベッドメイキングによる清掃も終わった後の無人の部屋。だが無人になると驚くなかれ、突然語りだすものが現れる。それは布団と枕。

「枕ちゃん、今日は落とされたままで大変だったなあ。チェックアウトまで放置されてよ」「まあな。慣れているっちゃそれまでだけどさ。どんな客が来ても、出て行ってくれりゃあ、そのあと入ってくるメイキングの人がこうやって布団君のところに戻してくれるから」と枕は数時間ぶりに元の位置に戻ったことを安心している。
「布団君もずいぶん寝相の悪さに」「俺の方はまだましだよ。ホテルの布団はそんなに動かないからな」

「でも枕ちゃん」「どうした布団君」「僕たちいつもいろんな客が来て、毎晩寝ているけどさ、ちょっとうらやましいときがあるんだ」「わかった客が自由に動けるからだろう」
 あっさりと布団の考えを見抜く枕。だが布団はほかにも理由があるという。「それ以上にだよ、俺たちって毎日同じ風景ばかり見ているだろ。せいぜい汚れたときに、クリーニングルームに行くくらいで、基本的にはここ。もういい加減飽きちまってよ」そういうと布団は部屋を見渡した。
 確かに部屋はいつもと同じメンバー。メンバーのどれかが著しく汚れるか、壊れて使用不能にならない限りずっと同じなのだ。
「まあな。でも布団君、そう考えたら俺たちがまとっているシーツの野郎は、例外的に毎日のように移動しているよな。そして毎日別のメンバーに変わるが、俺たち自体がそんなに頻繁に動かない」
 枕のこの一言を双方のシーツは聞いていた。だが「シーツってのは、客に最も近く、汚される立場だと知っているのか!」とでも反論しようかと思いつつも、論破されて勝ち目ないとわかっているのか黙ったまま。

「それにしてもさ、枕ちゃん、客はいったいどこから来てどこに行くんだろう。大抵の客は一期一会だもんなあ。みんな、ずっと遠くに旅を続けているんだろうなあ」布団は、かすかに見えるホテルの窓の方を見つめる。幸いにも今はカーテンが開いていたので、外の青空がはっきりと見渡せた。
「おいおい、布団君、そりゃ外の芝生が青いっていうんだぜ」と、布団をたしなめる枕。
「俺たちのポジションを知っているか。ここはホテルなんだ。俺がここに赴任するまでは、工場という所で仲間が多数いてさ。倉庫っていう所で、どこに行くことが決まるまで、みんな戦々恐々としていたんだ。その中でも元気な客が来るホテルは憧れの就職先なんだぜ。それに対して最悪なのは病院。あそこは病人とか大けがしている人が長期間過ごす場所だ。そのまま病気やけがが治って、退院となれば祝福のひとつ差し上げたくもなるが、最悪の場合はな」
 枕の熱い語り、布団は小刻みにうなづく。「それ俺のところも、ほぼそうだったな。その最悪のときさ、聞けば棺桶に入るまでは、その」「死体だな」「そう、それを寝かさなくてはいけないんだ。そりゃ動かないから寝相で『あーだーこーだ』されることはない。だけどさ......」

「わかる、それ。だろ、だから布団君よ、俺たちは運が良かったんだ。それにさここ5つ星ホテルなんだぜ。そりゃあ上を見ればスィートを任されている仲間は最高さ。でもここのようなスタンダードな部屋と言っても、星の少ないホテルやそれ以下の民宿やゲストハウスとか木賃宿とか言った宿泊施設担当になっている仲間たちと比べればよ、ここにはそれなりに金を持った人が来る。つまり上品な客が来るってことさ」

「確かにな、五つ星ホテルの部屋か。枕ちゃん良い響きだな」布団はそういうと満足そうに小さくうなづいた。
 それを聞いた枕も一安心。こうして落ち着いたのか会話は無くなり再び部屋は静まり返る。午後にチェックインして入ってくる客が来るまでは。


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