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コトシロヌシ

単独作品ですが、流れ的にこちらの続きです。
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「先生、長田駅に到着しました」前日に兵庫県の西宮神社に参拝した八雲と出口は、その日神戸の三宮で1泊。翌日地下鉄で神戸市長田区に来た。
「うん、それにしても出口君、神戸のホテル、あそこのベッドはよかった。悪いところだと、朝に腰が痛くなることがあるからな」
「先生、その話ではなく」「おお、すまない。そう近くにある長田神社が、もうひとつのえびす神と呼ばれている事代主(ことしろぬし)を祀っておる」

 ふたりは駅を出ると神社に向かって続く道を歩く、小さな新湊川を越えるとショッピングセンターや住宅地を通っていく。やがて左斜め方向の小さな道に入りさらに進むと神社の境内が見えてきた。

「昨日はヒルコ神でえびす神ということでしたが、コトシロヌシもえびす神。別の神なのに同じえびすとは不思議ですね」大きな赤い鳥居を越えて、駐車場を兼ねている大きな広場を歩くふたり、この先に門がありその奥が拝殿である。

「うん、実はこれは父親との関係があるようでな」「父親ですか」出口の相槌にうなづく八雲。

「そう、コトシロヌシの父はオオクニヌシ。よし、それではこのふたつの神にまつわる神話のエピソードも話そうかのう」「お願いします」
 八雲は軽く咳ばらいをすると、胸を張って語り始めた。

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「まだ葦原中国は、騒がしいのか。一体、いつまで待たせるの」
 高天原にいる皇祖神・アマテラスは側近の神に対して苛立った。
「申し訳ございません。葦原中国を支配しているオオクニヌシトいうもの、なかなかのやりて。使いのものがいずれも彼に取り込まれてしまいました。何しろ彼の先祖は弟君のスサノオ様。一筋縄ではいきますまい」

「ちょっと! そんな話聞いていない。あの地は私の子が治めなければならないの。もしこれがダメなら。また私はまた岩戸の中に隠れるしかなないわ」
「アマテラス様、それだけは何卒ご勘弁を! ご安心ください。今回遣わすものは今までの者とは違います。タケミカヅチを派遣いたします」

「何? タケミカヅチ! あの雷神を派遣するのか」
「はい、剣の神でありますあの者の力は、天高原でも指折りでごさいます。このものに国譲りを迫らせれば、さすがのオオクニヌシも諦めるかと」
 側近の神からのこの言葉に、アマテラスは頷きながら安どの表情を浮かべた。

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「父上! また高天原から使いのものがくるかもしれませぬ。御注意を」
 コトシロヌシは父でこの地を支配していたオオクニヌシにかけよってくる。
「コトシロヌシ、何を慌てておるのだ。ずいぶん心配性だな。高天原からの使い? だが、最初に来たアメノホヒはあっさりワシの家来になったし、2番目のアメノワカヒコは娘婿じゃ。高天原からの使いに来るといってもわしの前ではみんな従う。次のやつが来たとしても果たしてどうだが」

「ですが、アメノワカヒコが、突然天からの矢に射られて亡くなった模様」
「本当か!」
「はい、これは間違いなく高天原の手によること間違いないかと」「うーん、ずいぶんと過激じゃな」オオクニヌシはこの報告を受けて腕を組む。

「天にある高天原の連中らは本気でこの地をねらっているのでしょう」
「うん、かもしれんな、3度目の正直という言葉もある。よし、3度目に来た使いがそれなりのものであるとわかれば、ワシはお前と話し合いをするように伝えようと思う」
「父上、それは!」コトシロヌシは聞き返す。

「お前はワシと共にこの地の国づくりを励んでくれた。ゆえに本来ならお前が後を継ぐべき土地。だがもし高天原からの使いがそれほどの者であるならば」
「承知しました。では私は今から魚を取ってまいります」コトシロヌシはそのままオオクニヌシに背を向ける。その背中を見つめるオオクニヌシ。「コトシロヌシ、その時は頼んだぞ」

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 コトシロヌシが離れてしばらくすると、オオクニヌシの目の前で突然雷鳴が鳴り響き、近くに落ちた模様。
 すするとそこには厳しい表情のタケミカヅチが現れた。
「オオクニヌシ殿、高天原の使いで来たタケミカヅチである。アマテラス様はご子息にこの地を治めさせたいとのこと。したがってこの国を譲ってもらいたい」

「この国を譲れだと?」オオクニヌシは負けじとタケミカヅチを睨む。
「さよう、ご決断を。我は雷神ゆえ、返答によってはそなたへの危害も躊躇(ちゅうちょ)いたしませぬ」オオクニヌシ以上に厳しい視線をぶつけるタケミカヅチ。オオクニヌシはしばらく目をつぶって黙ること数秒間。
「わかった。じゃがワシではなく、我が息子と相談してもらいたい」
「ご子息と!」

 オオクニヌシは大きく頷く。
「特にコトシロヌシ。彼は我が息子で最も優秀で国づくりをワシと共に頑張ってくれた。本来ならこの国をワシから継ぐべき相手。だがどうしても天高原の神に国を譲ってほしいというのなら、まずは彼の同意が必要じゃ」

「なるほど、承知しました」タケミカヅチはゆっくりと頷いた。
「コトシロヌシは今釣りに出ている。あいつは美保にいるはずじゃ」

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一方、日本海の島根県東部の美保地方。ここでコトシロヌシは釣りをしていた。「今日の出来はまあまあだな。うん? 急に雲行きが怪しくなったぞ。これは、もしや! いよいよ大雨が降るな」
 船の上にいたコトシロヌシは、時が来たことを直感した。直後に目の前で稲光が見えたかと思うと、突然現れたのがタケミカヅチ。
「コトシロヌシ殿でございますな」「さよう、いかにも私はコトシロヌシ。オオクニヌシの子である」

「父上より、そなたと相談してほしいといわれ、まかり越しました」「うん、で、その相談とは?」
「はい、このタケミカヅチ。高天原のアマテラス様よりの使い。この葦原中国は、アマテラス様のご子息がお治めになられます。つきましては国を譲っていただきたく」
「つまり、このコトシロヌシが国譲りに応じるかどうかで、父上が決められると」「さよう」
「わかった。タケミカヅチ殿。これは時が来たということだ。よろしい。高天原にこの地を譲るとしよう」

「さすがわ、オオクニヌシ殿が頼りとされていた御子息殿。スムーズに交渉が進みましたこと、痛み入りまする」タケミカヅチはそういって恭(うやうや)しくコトシロヌシに頭を下げた。
「では、私はこれにて失礼!」

 コトシロヌシは、そういうと突然自ら乗っていた船をひっくり返す。そして逆手を打つと、船の上に青柴垣(あおふしがき)を作り、そのまま中に隠れた。

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「コトシロヌシが。確かにそういったのだな」
「はい、もうひとりのタケミナカタ殿は、事もあろうにこのタケミカヅチ相手に力比べに応じられましたが、しょせんは知れた相手。彼も降伏し、国譲りに同意しました」オオクニヌシの質問に、あえて恭しく答えるタケミカヅチ。

 オオクニヌシは大きく深呼吸すると「わかった、息子たちがそう言うのなら仕方があるまい。現在ワシに従っているこの地にいる180もの神々も、コトシロヌシに従うであろう。
 安心せよ。高天原の神々の邪魔はせぬ。平和裏に国を譲ろう。だがひとつだけ望みがある」
「望みとは」

「大きな宮殿を立ててもらいたい。さすれば私はそこでゆっくり隠れることにする」
「オオクニヌシ殿、それはたやすいこと。さっそく準備に取り掛かります。しばしお待ちを」 

 このやり取りの後、オオクニヌシ用の宮殿が、出雲の国の多芸志(たぎし)の小浜に建てられ、オオクニヌシはそこに隠れた。 こうして葦原中国はタケミカヅチにより、大きな混乱もなくアマテラス率いる高天原のものになった。

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 八雲が話し終えると長田神社の門を越え、拝殿の前に来た。そしてふたりはまず、祭神の事代主に参拝する。
「先生、コトシロヌシは、それまでこの地を治めていた父に代わって国譲りという決断をしたわけですね」参拝を終えて拝殿から離れてから出口が口を開く。

「そういうことじゃ。一応治めていた王のような存在だったオオクニヌシが戦わずして、高天原の使者にあっけなく国を差し出すと対面上の問題もあったのじゃろう。そこで後継者に相談という形を取ったのかもしれん」八雲は視線を拝殿のほうに向けた。

「で、そのコトシロヌシとエビスとの関係は」
「おう、そうじゃ。コトシロヌシの父のオオクニヌシは、七福神のある神と融合したのじゃ」
「それは知っております。それは大黒天」出口の回答に嬉しそうにうなづく八雲。

「そう、出口君しっかり勉強しておる」「ありがとうございます」
「その、大黒天はインドのマハーカーラというシヴァ神の化身であったが、その後、インドの密教を通じて仏教の世界に取り込まれる。それから日本に渡ったんじゃ」
「シヴァの化身が大黒天!」「そう、チベットでは福の神ともされているこの神格が日本でオオクニヌシと融合した。そして大黒天の子どもとしてコトシロヌシが自然にえびす神と融合したということらしい。大阪の今宮戎神社もコトシロヌシを祀っておる」

「ところで、先ほどの話では美保というのが出てきましたが?」
「うん、実は宍道湖・中海と日本海の境目にある島根県松江市の美保関にある美保神社が、コトシロヌシを祀るえびす神の総本宮じゃ」

「そういうことでしたか」出口は何度もうなづく。
「そうじゃ、出口君。せっかくだから今から松江に行こうか。ここからなら岡山あたりで一泊して翌早朝に行けばよいかな」

 ところが、ここで出口の表情がなぜか険しくなる。
「先生! 今回は1泊2日の予定では? 明日から仕事があります。急な変更は無理!」
「出口君。やっぱりだめか。わかった諦めよう」と言って口元を緩める八雲であった。


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※次の企画募集中 → 皆さんの画像をお借りします 画像で創作1月分 


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シリーズ 日々掌編短編小説 355

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