クリスマスを前に思う常夏のホイアン
こちら の続き設定ですが、単独で楽しめる作品です。
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「最後に連絡したのが7月か、素直になれなかったなあ」成美は、雪がちらつく駅前ロータリーにある、完成した大きなクリスマスツリーを見ながらため息をつく。
3年前に前の彼と別れ、失恋の意趣返という意味を込めて向かったベトナム・ホイアン。行ったこともなければほとんど情報のないまま、向かった常夏の観光地だ。友達の紹介で、駐在しているビジネスマンに案内してもらい。観光案内は彼の妻の弟、ベトナム人フットにしてもらった。
たどたどしいながらも、日本語をしっかりしゃべった好青年。成美は彼に好意を持つ。「またベトナムに遊びに行く」といったものの、なかなか時間が取れなかった。でもあの日から2・3日に1度くらいメッセージを交換して、会えないながらもどんどん親密度が増す。
「今年こそと思ったのに、あれじゃあねぇ」今年の5月の連休に計画していたベトナム渡航は、新型コロナウイルスの影響で中止。
その上、フットとの連絡は今年の夏を最後に途絶えてしまった。成美は最後にケンカしてしまったことを今更ながらに後悔する。
「神様のことをムキになってしまったのがいけなかったわ」
成美はクリスチャンの家で生まれ育った。そのため自身もそう。非科学的なことはさておき、心の中では神を信じている。しかしフットは、それが理解できない。彼は仏教徒であった。
きっかけは、些細なことである。7月に七夕の話題になり、日本のような七夕は、ベトナムにあるかどうかという話をした。ところが七夕からお互いの宗教の話になってしまい、フットは「神はいない」といって私が「そんなはずはない」と反論。冷静に考えれば大したことないのに、そんなことで言い合いの大げんか。
すぐに仲直りのメッセージを入れたらよいものの、お互い意地を張って放置。以降連絡が途絶えて半年近くも過ぎてしまった。
「せめて謝罪の連絡だけでも。でも、もう今更な気もするし」成美は、3年前の常夏の思い出を頭の中で思い出す。現実は寒い。なのにイメージされた意識からは常夏の暑い空気が五感に伝わる。フットのあどけない笑顔が懐かしい。日本橋をはじめとするベトナムホイアンの世界遺産。暑い太陽を浴びながら古い建物を見に行った思い出が頭の中を巡らせる。
そして日本帰国後も、彼とのメッセージのやり取り。日本の正月とか花見、夏の花火とかの写真を送ると本当に喜んでいた。「いつかニホンに行きます」って言ってたのも懐かしい。
成美の目の前には大きなクリスマスツリーがある。最近は個人の家でもイルミネーションをしているが、駅前のクリスマスツリーはひときわ大きい。
過去から現実に意識が戻った成美は、しばらくクリスマスツリーを眺めた。雪は少し多く降ってきて、成美の着ているる黒いコートや頭に降り注ぎ、白い点をつけていく。
「やっぱり入れてみよう。無視されたらそれまで。そのほうがあきらめがつくわ」思い立った成美は、スマホを取り出すと久しぶりにフットにメッセージを送った。
お久しぶり。お元気てすか? 今日は雪が降って来ました。日本はこれから寒い季節です。雪の降らないそちらはやっぱり夏ですか? あ、そうこの前はごめんなさい。私がどうかしてたの。まだ私のこと嫌でなければ、返事待ってます。
目の前のクリスマスツリーの写真と撮り、共にこのメッセージを送る。すると数秒後に返事が来た。
ナルミ、久しぶり。クリスマスツリーの前ね。モウスグダ
「は?もうすぐ??」成美はフットから来た久しぶりのメッセージに、喜び以上に意味の分からない返事に戸惑う。
すると、「ナルミ!」と成美を呼ぶ声。なんとそこにいたのはフットである。
「え?何で!日本にいるの?」成美は何が何だか分からなくなった。
「だって、ボクはいつかニホンに来たかったし、ニホンに来たら最初にナルミに会いたかったから」
「で、でも、今年は国外の渡航が出来ないはずでは?」
「それは僕の方から説明しましょう」フットの後ろには、ホイアンで彼との出会うきっかけを作ってくれた、現地駐在員の野島健太郎とその妻でフットの姉、リエンがいた。
「あ、野島さん、リエンさんお久しぶりです」成美はふたりに頭を下げるとリエンは笑顔で応じた。健太郎は話を続ける。
「実はご存知の通り、今年は国際間の渡航は制限されており、確かに観光はできなくなったが、ビジネスは別問題。
9月に私が日本に戻ることになり、妻は問題ない。そうなるとフットがひとりになる。彼には身寄りがない。リエンたちの親族は南ベトナム出身で、戦争が終わったときにみんなアメリカに行ってしまった。このふたりの両親だけベトナムに残ったが、両親はもう居ない」
成美は健太郎の話を頷きながら真剣に聞く。
「フットひとりにするのは不憫と思い、彼をどうにかして日本に連れていくことを考え、会社の上層部に掛け合ってもらった。うちの会社は両国政府の高官とのパイプがある。関係各所とのやり取りの結果。彼をわが社に入社させて社員として雇い、9月にビザが降りて3人で日本に来れたんだ」
「なんと!そ・そんなことが」成美は手のひらを口の前にあて、大きく目を開く。「ハイすぐにでも、成美さんに連絡と思ってイタノ。デモいろいろな手続きが、あって、ようやく11月にオチツキマシタ」と、リエンの言い訳。
「11月にに連絡すれば良かったが、今度はフットがサプライズやりたいと、言ったんだ。今日12月2日は成美さんの誕生日らしいですね」
「あ!はい、そう私の誕生日です」成美は日々の仕事のことで頭がいっぱい。自分の誕生日が今日であることすら忘れている。にもかかわらずフットが覚えてくれたのだ。
「だから成美さんの仕事が終わる、タイミングに合わせてここで待ち合わせしたんだ」
「いつもこの広場からメッセージモラッテます。ダカラら大体の時間がわかりました。水曜日がノーザンギョーデーというも、以前ナルミさんに教えてもらいました」とフット。驚き続ける成美に「してやったり」と嬉しそうに歯を見せる。
「夫は、カイシャでトリシマリヤクになりました。メンバーでは1番若いです」「おい、そんな話いいだろ」リエンにたしなめながらも内心嬉しそうな健太郎。
「ということで、実は近くのフレンチレストランの個室席を予約しているんです。急だから予定がおありかもしれませんが、もしよろしければ如何ですか?」
健太郎の提案に成美は驚きから嬉しそうな表情に変わる。
「はい、大丈夫てす」と即答した。
「あの七夕のときごめんなさい」レストランに向かう途中、成美はフットに謝る。
「あ、気にしてません。大丈夫。もう忘れました。それより今年のクリスマス、ナルミさんとふたりで遊びに行きませんか?日本のこと教えてほしいです」とフットの笑顔、成美もそれに合わせるような笑顔。
「はい!了解。よろしくお願いします」と言って頭を下げるのだった。
こちらの企画に「2日目」として参加してみました。
こちらもよろしくお願いします。
※そよかぜのアドベントカレンダーの1日目
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シリーズ 日々掌編短編小説 316
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