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桜島と島津 第666話・11.19

「じいちゃん、来ちゃったね」大学生の伊豆大樹は、祖父の茂と鹿児島に来た。小さいころからおじいちゃん子だった大樹は、大学生になっても茂と行動を共にするのが好きで、宿泊を兼ねた旅行にもよく付き合った。
「大樹ありがとうな。ひとりではこれんかった」今回のふたりは、鹿児島市内の観光である。最初茂が、薩摩の島津氏の足跡を見たいとかねてから願っていた。そこで鹿児島に行こうとなり、それに付き添いということで、大樹がついてきたのだ。

 表向きの理由は、茂が島津氏の足跡をめぐる研究であった。だから必然と島津氏ゆかりの地を回る。今回はふたりの住んでいる静岡・富士市から、新幹線を乗り継いで鹿児島まで来た。だから鹿児島中央駅とその周辺、つまり鹿児島市内を中心に回る。最初に見たのは県立博物館。ここでゆっくりと展示物を見る。そのあとは城山公園方向に向かった。薩摩藩最後の藩主と言われた島津忠義の像を眺める。

「じいちゃん、島津一族はずっと鹿児島とその周辺を支配していたんだね」「そう、彼が島津家29代というんじゃからな。初代は忠久と言って鎌倉時代の御家人。源頼朝とともに平家と戦った。平家が滅亡して鹿児島の島津荘が鎌倉幕府のものとなり、その地頭となったのが忠久ということのようじゃ」
 得意げに語る茂。いつも以上に表情が明るい。大樹はただうなづきながら話を聞くのみ。そのあとは島津斉彬像や輝国神社を回り、ここから城山に上がった。「じいちゃん、ここは有名なところだね。確か西郷隆盛の最後のところ」「おお、そうじゃのう。だがわしはあまり幕末の西郷とか大久保利通とかは興味がなくて、やっぱり島津家じゃな、ア、ハハハハハ」
 茂が笑う先には桜島が見えた。「うん、何十年ぶりかのう。生の桜島を見たのは」茂はいつも以上に嬉しそうだ。

「じいちゃん、桜島はたまにニュースでみるけど、本物はやっぱりすごいね」「そりゃな。でも海の向こうにあるのに、あれがひとたび爆発すれば、海を越えてこの市内まで火山灰が飛んでくるというのじゃから、鹿児島の人はそれに耐えて本当にすごいのう」

 この日の桜島は穏やかである。煙らしいものも見られない。「穏やかに見えるけど、あの茶色い山肌ですごい山だとわかるよ」大樹はそういったものの、より桜島を間近で見たくなった。
「ねえ、じいちゃん。今から桜島に行かない」

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 こうしてふたりは城山から鹿児島港を目指す。桜島自体は島津氏の足跡と直接は関係がない。だがせっかくついてきてもらった孫の要望、茂が断わるわけがないのだ。
 ふたりは城山を降りるが、茂が途中で立ち寄りたいという場所に寄り道した。そこは黎明館という鹿児島県の歴史美術センター。何よりもかつての鹿児島城(鶴丸城)の跡地である。
 大樹は早く桜島に近づきたいと焦ったが、ここは茂に合わせるほかない。茂は展示物を物珍しそうにゆっくりと眺めている。

「大樹、悪いが、やっぱり桜島は明日にしないか」と、展示物を眺めながら茂が一言。大樹は一瞬不快な表情になるが「いいよ、明日でも。今日はどうしても見たいものがあるんでしょ」茂は口元を緩めて大きくうなづいた。
 この後も茂は、市内にあるいろんなものを見て回る。そしてこの日最後に行ったのは水族館。これには大樹も嬉しそうに海の生き物を眺める。この後は港の近くにあるホテルで一泊。

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 翌日、ホテルから鹿児島港に直接向かうふたり。いよいよ桜島行きのフェリーに乗る。桜島まで20分もかからない。船がゆっくりと桜島に向かって動き出す。幸いにもこの日の桜島も昨日同様に静か。それでも圧倒的な存在感が大樹と茂の視線を奪った。あっという間に桜島港に到着すると、次はバスに乗る。バスの行き先は最も桜島を目の当たりにできるという、湯之平展望所に向かった。
「ここは桜島の北岳4合目で、一般人が入れるいちばん高いところのようじゃのう」茂は展望台に到着してバスを降りると、開口一番に嬉しそうに語る。
「でもじいちゃんは、鹿児島に来たこと」「ああ、あるが、もうずいぶん前のことだし、来たと言ってもあの時は霧島温泉がメインじゃったからな。鹿児島市内は本当に、立ち寄ったただけじゃ。当時は西鹿児島駅という名前でな、そこからブルートレインで静岡まで戻ったんじゃ。ああ懐かしい」
 茂は嬉しそうに何度も桜島を眺めていた。大樹も眺めていたが、しばらくすると持ってきたカバンからあるものを取り出した。

「じいちゃん、吹いてみるよ」「おお、大樹、それなら動画にでも撮るか?」「いや、じいちゃん。それは恥ずかしい。一曲吹いてから考えるよ」
 そう言いながら大樹は持ってきたトランペットを取り出すと、その先を桜島に向ける。そして深呼吸をすると口を震わせ、両指を動かすとトランペットの響きが桜島に向かって流れ始めるのだった。


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