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南国土佐に戻って 第894話・7.6

「ねえ、帰ってきたわ。あなたと私が出会った南国土佐よ」坂本龍馬像が見つめている桂浜を歩いていた直美の手には小さな骨壺がある。これは3か月前に亡くした猫のもの。家族同様に過ごした十数年間であったが、突然終わった。
「この仔と会ったのは、まだ私が中学生のときね」忘れもしない中一の夏休み。直美が母方の実家である高知に遊びに来た時のこと。
 直美は物心ついた時から夏休みになると、母に連れられて高知に来た。高知市の郊外にある母の実家は、普段住んでいる都内と違い自然があふれたところ。直美はいつも夏のこの時期になると、母の実家に帰るのが楽しくて仕方がない。

 そして中学生になって最初の夏休み。いつものように高知の実家に戻っていると、いつもと違って家の奥から「にゃあ、にゃあ」とにぎやかな声が聞こえた。「子供ができたよ」と祖母が嬉しそうに3匹の仔猫を抱えている。
 その中の一匹の雄の仔猫は、最初に目が会ったときから直美と相性がよかった。いつの間にか他の猫を差し置いて、いつも直美はその仔と遊んだ。それを祖母がよく見ていたようで、この夏、直美が東京に戻るときに「連れて行ったらいい」と言ってくれた。
 両親も直美がかわいがっているからと、その仔を飼うことを許してくれる。生まれたばかりで名前はまだ決まっていなかったが、ちょうど直美が歴史の勉強をしていたためだろうか、高知の坂本龍馬にちなんで。リョウマと名付けた。

 あれから15年が経過。いつしか直美も大人になり都内ではひとり暮らしで働いていたが、家に帰ればいつもリョウマが向出迎えてくれた。だがついに寿命が来てしまったようだ。急に弱って動きが鈍くなったかと思うと、あっという間に、この世を去っていったリョウマ。亡くなった直後はあまりにも突然のことで悲しみさえもなかったのに、いよいよペットの火葬という時になり、急に悲しみが湧いてきた。亡骸をどうするか迷ったが、元々は高知で生まれた仔。だから高知で散骨したいと申し出たのだ。

 こうして散骨のために高知に来た。最後は母の実家の裏庭で散骨をする予定であったが、その前に坂本龍馬像のある桂浜を一緒に歩こうと、寄り道をしている。「あれから毎年一緒にここを歩いたね」直美はリョウマの入った骨壺に話しかけた。遊泳が禁止されているほど激しい波が押し寄せる桂浜。   
 それでも今日は穏やのためか、波打ち際にも人が多くいる。直美とリョウマが出会ってからも毎年高知に来たが、いつも桂浜で一緒に散歩をしていた。

 自然とそのことを思い出す。いつもなら桂浜の潮風に反応して「にゃお」との一言も鳴いてくれそうなリョウマは、もう骨壺の中に入った灰の状態。もちろん何も言わず鳴かないが、直美には喜んでくれているような気がした。

「リョウマとも最後だから、もうちょっといさせてもらおうかしら」私は予定を変更してもうしばらく桂浜で過ごすことに。しゃがみ込んで波をゆっくりとみている。激しく繰り返しながら建てる白波。それを見ながら、この15年間の思い出がよみがえると自然と涙がこぼれるもの。

「やっぱり泣いちゃうわ。私の人生の半分以上も一緒だったからかしら」直美はハンカチで涙をふく。
「散骨無事に終わったか?」突然、直美のスマホにメッセージが来た。それは2年前から交際が始まった彼のもの。彼とは結婚も視野に入れつつあるが、まだそこまでは行っておらず、同棲もしていない。だから今回の高知も同行せず、都内で仕事中であった。

 私はメッセージを返す。「もうすぐ終わる」とだけ入力。ちょっとだけ嘘をついたが、たいしたことではない。「そうか、高知を満喫しろよ」とすぐに返事が来た。私はスタンプを返すと、もう一度海を見た。
 桂浜では、ちょうど若いカップルが手をつないで海水が到達して湿っている砂浜を楽しそうに歩いている。「次は、彼と桂浜に来ないとね。そうだそろそろ彼からのプロポーズ待っているけど、まだかしら......」

 リョウマの骨壺にそう語りかけると、ようやく立ち上がった。歩いている若いふたりの後ろを見ると、小さな子供たちが水遊びをしていた。遊泳は禁止だが、水辺のすぐ近くにいるためか、Tシャツが濡れているのがわかる。
 直美はそのまま桂浜を後にして実家に向かう。直美はようやくリョウマとの別れが吹っ切れたのか足取りが軽い。リョウマとの思い出は決して忘れないが、これからは気持ちを切り替えて彼との生活を考えようと思った。
 直美は最後に坂本龍馬像を眺める。もちろん坂本龍馬像は何も変わらない。だが直美にとってはそこにリョウマがいて、笑顔で応援しているような気がした。

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シリーズ 日々掌編短編小説 893/1000

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