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夜の踏切で 第911話・7.23

「ふう、間に合って良かった」男は息を切らせながら、最終電車に飛び乗った。システムエンジニアである彼は、連日遅い時間まで残業をしている。
 今はあるシステムの構築で最も繁忙であるため、連日深夜まで残業を続けていた。最近は家に帰ることもなく、オフィスに泊まり込んだり、カプセルホテルのようなところで仮眠を取ったりしていたが、今日は「帰ろう」と決意。オフィスから走って駅に向かい、どうにか最終電車に飛び乗ったのだ。

 最終電車に人は乗っているが、やはり少ない。余裕で席に座れた。連日の疲れからか、ついつい眠ってしまう。一歩間違えれば駅を乗り過ごしかねないが、男はその心配はなかった。男の降りる駅には車庫があり、この最終列車の行き先が男が降りる駅だからだ。

「まもなく○○です」アナウンスが聞こえる。男は目が開いた。起き上がると、自分のいる車両には人がいない。「みんな、降りて行ったのか」男は立ち上がり降りる準備をする。
 電車が駅に到着した。ゆっくりとホームに滑るように到着しドアが開く。「終点です。降りてください!」と車内でアナウンスがあるが、男はすでにドアから外に出た。「あれ?」男はこのときに気づく。同じ車両に女性が乗っている。どうやら白いワンピースを着た女性がいたらしいが男は今まで気づかない。その女性のほかに、他の車両に乗っていた数名の乗客が改札を出ていく。どうやら男は改札を出るのが最後だったようだ。改札では駅員が「ありがとうございます」と言っていたが、一瞬口元が緩んだ気がしている。内心では「今日もう終わった」と思っているのかもしれない。

 男は駅から歩いて家を目指す。ここから家まではバスもあるが、この時間バスはもうない。駅の線路沿いの道を歩く、バス道と違って歩く時の近道、およそ15~20分くらいで家がある。男が前を見ると先ほどの白いワンピース姿の女性が前を歩いていた。まもなく日付が変わろうとしているからか、他に誰も歩いていない。この状況で男は後ろから歩くと女性から警戒されるかもしれないと思い、少し距離を置いて歩く。

 やがて踏切が見えてきた。男の家はこの踏切を渡ればもうすぐ目の前だ。先ほど最終電車が終わったので、この時間は電車は走らない。あるとすれば保守用の車両が通るくらいだろう。
 
 ここで不思議なことが起こった。目の間の女性が踏切の前で立ち止まったのだ。踏切は開いているのにそこで立ち止まったまま動かない。まるで踏切が閉じて、今でも電車が通り過ぎるのではと思うかのような動き。
 ここで男も立ち止まった。このまま歩けば踏切の手前で女性を追い抜くことになる。それ自体は問題ないと思ったが、なぜかわからない。気持ちの上でここから前に進めない雰囲気。
「なんだろう」何か君の悪さ、胸騒ぎがする。男は近くの電信柱に身を潜め様子を見た。女性は立ったまま動かない。男は今しばらく様子を見る。

 5分が経過した。いつの間にか男は眠っていたのか、途中の記憶がない。踏切を見た。すでに女性の姿はない。「なんだったのだろう」男は踏切の前に差し掛かったが、踏切のそばに白い花束が添えられている。「え、花?」この直後、男に突然鳥肌が立ち身震いがした。「ま、まさかあの女性って幽霊?」男は怖さのあまり、走って踏切を越え家に戻る。

 家に帰った男はすぐに眠った。ところが踏切でのことが記憶に焼き付いていたのだろう。そのことがリアルっぽい夢として出てきた。
 男の目の前で、白いワンピース姿の女性がいる。踏切が閉まっているのにそのまま線路に出て、その直後電車に衝突し、血が男めがけて飛び散った。

「う、うわああ。ああ、嫌な夢を見た。あ、こんな時間!」俺は慌て身支度をする。駅まで向かう途中にバスに乗って踏切を避けることも考えた。だがバスの時間からずれてしまった問題に加え、昨日見た白い花が本当にあるのか見たかったので、やはり歩いて駅に向かう。
 朝の踏切は夜中と違って多くの人が行き来している。すでに夏の太陽の日差しがきつく、早くも汗が顔からにじみ出始めていた。ただ、ラッシュの時間だから油断しているとすぐ踏切が閉まってしまうのだ。男も渡ろうと踏切に入った瞬間、閉まる踏切の音が流れたので慌てて踏切を出た。

 踏切を出てから昨日見た白い花束の存在がないか確かめたが、なぜか夜中にはっきりと見た花はない。男は、あの踏切であったと思われる事故を調べてみた。しばらく家に戻っていないからその間に起きたのだろうか?ネットで必死に探したがそのような事故の形跡は皆無。

 オフィスに出社し、いつもの朝礼が終わると、上司が男の前に来た。そこにはひとりの女性を伴っていたが、その姿を見て男は顔色が変わる。昨夜前を歩いていた白いワンピース姿の女性とそっくりだ。もちろんあのときは後ろ姿しか見ていないから、偶然に似た服を着ていたけかもしれない。

「今日から、プロジェクトの応援で来てくれた。だからシステムの事を教えていろいろ手伝わせてやってくれ」そう上司が伝えると。「よろしくおねがいします」と女性の声。「え、そんな声をしていたのか」男は昨日の夜中にいた女性と目の前の女性を重ね合わせている。

「やっぱ疲れてんだろうな。昨夜無理して帰ったから、終電の乗って寝ぼけていて幻覚だったのだろうか......」応援に来た女性を見る。別に変ったところがひとつもない。どこにでもいる女性だ。黙々と作業をしている。男は頭の中で首をかしげると自分の作業を続けた。
「このプロジェクトはあと少しで終わる。今日は帰らずに、近くのホテルかな」男は心の中でそう考えた。

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