宇宙胞子誕生の乱舞

「まあ、また先生が!」私は届けられた荷物を見て、思わぬクリスマスプレゼントを頂いた気持ちになった。
「お、真理恵。素敵な絵じゃないか」大学院で哲学の研究をしている彼が近づいてきて一緒に絵を眺めている。私が経営する小さな農園「コスモスファーム」の常連。
 毎月旬の無農薬野菜を配送している、画家の児島先生から贈られてきた絵なのだ。

「あ、手紙が入っているわ。読んでみるわ」

コスモスファーム様
 いつもすてきな野菜を送ってくださりありがとうございます。今年もめっきり寒くなってきました。そちらは山が多くて冷え込んでいるのでしょうか?
 私のほうは都会ですが、部屋の暖炉の火をつけなければならなくなりました。ささやかですが感謝の気持ちを求めてクリスマスプレゼントを贈ります。タイトルはつけていませんので、コスモスファームの皆さんで素敵な名付け親になってください。 児島

「夏前にも絵を頂いたのに。本当はそれなりの金額で売れそうなものを」「いいじゃないか、僕たちも先生がもっと精力的な創作活動ができるような野菜を送れば、お互いwin winの関係だよ」と彼は口元を緩める。
「この絵にはどんな名前が良いかしら」私は絵を眺めた。「中心の点から出ているのか?それとも逆に吸い込まれているのか」そんなことを思いながらしばらく凝視したの。

「今日12月12日は漢字の日で、今年の漢字が発表されるからそっちの予想しようと思ってたのに、これは絵のほうが大事だな」
「あれ、今日は土曜日だらそれ14日の月曜日発表ってネットで書いてたわよ」「あ、そうなんだ」「でも一郎は今年の漢字は何だと思ってたの?」

「今年はどう考えても『病』なんだろうな。けど、多分違うだろうなぁ」「その字はちょっと引くわね。漢字だけでもせめて『花』とかだったらいいなぁ。だってこの絵見ていたら花のようだし」

「うん、花と言えば植物だ。僕たち人間も含めて動物は自由に動き回ることが許される。だが植物にはそれが許されない。
 だけど動物では絶対に真似のできない美しい姿を植物は見せてくれる。動かないのに躍動的な空気を感じる場合もあるな。その主たるものが花だ」一郎が、哲学的につぶやくと絵を舐めるように、鋭い視線で見つめる。

「そうだ真理恵。この時期、12月の花って何だろう」「えっと花と言うか旬なら小松菜、白菜かしら。あとブロッコリーとかもこの時期ね」

「あ、いや、それ野菜としての旬はそうだろう。特に白菜は鍋物の友達だ。じゃなくて花。それらは基本的に菜の花の仲間か。しかしこの絵の花、菜の花にしては少し立派に見えすぎるな。それはいいや」
 一郎はいったん絵から離れて腕を組む。そして目をつぶって何か考え事を始める。私も考えているけど、目は開いて絵を見たまま。そしたらふと疑問が出てきたわ。
「ねえ、花の先から出ている青白い丸は何かしら」彼は目を開く。「生命が出ているような気がするな花の子か」「と言うことは種ね」
「いや違う」彼は首を横に2回振った。「むしろ花から出ているのは胞子じゃないかな」
「胞子!でも、私の作っている野菜のほとんどは種子から生育するのよ。だからちょっと胞子って、違う気が」

 私が必死に否定。でも彼は少し大きな声で反論してくる。「何を言っているんだ! 確かに野菜は種子かもしれないが、胞子だって同じように次世代の野菜を産む重要な存在。
 胞子の問題点を解決するために、固い殻を帯びて先に受精をした種子が誕生したんじゃないか。新しい生命を産むという意味では胞子も種子も同じだよ。僕たち動物でいうところの卵だな」
 彼が屁理屈のようにも感じるような、論理だてて説明されると私は次の言葉が出ない。だからしばらく黙り込んだの。

 それから1分くらいかしら? ずいぶん長い沈黙があったわ。このパターンで破るのは、必ず彼と決まっていて今回もその通り。
「わかったぞ」「え?」
「陸上の植物と考えないほうが良いのではないのか」「ていうことは天体」「そう、僕たちにとって天体は趣味以上の存在だろ」
 ふたりはどちらも宇宙、天体が好き。彼は天体関係の研究機関に行きたいことを何度も漏らすほど。私は農作業をしながら夜に星を見るだけで十分。
 それに天体の話になると、さっきまでの屁理屈とかどうでも良くなるから不思議。

「宇宙空間にしてはカラフルだけど、それはいいのよね」「そう、宇宙が暗いというのは、今の地球の周りだけで感じているだけかもしれないからな」と言って彼は笑顔を見せる。
「ねえ、よく見ると真ん中から出ているみたいね。青い丸とか小さな星とか」
「そうだな。完全に想像だけど、ブラックホールの反対側かもしれないな。吸い込まれたあらゆる物質や光が、異空間を通じて逆に湧き出ているようだ」

「湧き出るか。そしたらやっぱり青い丸は胞子、生命の誕生ね」私のひらめきを小さくうなづき、彼は再び目をつぶる。数秒後に目を開いた時の視線は本当に鋭かった。「よし、これだ『宇宙胞子誕生の乱舞』ってどうだ」
「宇宙胞子!すごいキーワードね」私が予想以上に驚くから彼は嬉しそう。

「だろう。この絵で花びらから出ている胞子らしいものは、青白い色をしている。これって誕生したての星の色に近い」「あ、えっと高温よね」

「そう、徐々に冷えてくると光の色が変わる。最後は赤い赤色巨星になってやがて星は死ぬ」
「それ知っているわ。超新星爆発するのよね」「そう、良く学んだな」「いつも教えてくれるから。だからいい加減覚えるわよ」

『宇宙胞子誕生の乱舞』不思議な名前だけど、納得できてしまうの。やっぱり彼のネーミングはすごいといつも思ってしまう。
「名前がついてからかもしれないけど、この胞子たちが本当に楽しく踊っているように見えるから不思議」
「彼らには俺たち人間のような意識があるかどうかはわからない。だが仮にそういうものがあり、暗い暗黒の中心から生れ出た。広い世界を縦横無尽に走り出す。そりゃ踊りたくもなるよ。『自由の身になれた』ってね」

 ふと外を見るといつの間にか明るい色がオレンジがかっていた。
「そろそろ日が沈んできたわ。今日は雲がないから素敵な星空が見られそう」「よし、天体観測の準備しようか」といって彼は立ち上がる。

 望遠鏡を取りに隣の部屋に行く。そこで私に聞こえるように何かつぶやきだした。「今日12月12日は、えっとカシオペヤ座RZ星が極小か。うーんそれから小惑星のベスタが、しし座に西矩(せいく)。あとは海王星がみずがめ座に東矩(とうく)とあるな。でもこれ午前9時って朝じゃん」

「あ、ごめん西矩とか東矩ってなんだっけ」
「あれこれ知らないの?月とか外側の惑星が、地球から見て太陽と直角の方向にくることだよ。あとは東か西の違い」

「もう、ひどい!ちょっと大学で勉強しているからってそんな言い方やめて!私だって農業の知識なら専門用語いくらでもわかっているわよ」

「ああ、ごめんごめん。真理恵機嫌直してよ。望遠鏡セットして、ご飯食べたら今日も美しい星空を見よう」
 こんな言い合いはいつものこと。私はすぐに機嫌を直して「うん」とつぶやいた。


こちらKojiさんの絵を拝借して名前を付けてみました。

 今年の春頃に心象画家のkojiさんが企画されていた名付け親企画。心象画を見てタイトルとエピソードを書くという内容です。
 私も何度か参加させいていただきました。具体的に「ようこそフラワーエイリアン」「惑星細胞」「亜空間ハイウェイ」などといった名前を付けます。それに基づいたエピソードを短編小説として創作しました。

 再び心象画を使える環境が整ったことを知り、どのタイミングで使おうかと思った時に、maykeさんの「24のプレゼントアドベントカレンダー」を知ります。12日担当として飛び入りで参加させていただきました。
 かつての小説を創作する者の気持ちをくすぐる心象画をみながらの創作が復活しました。関係者の皆様には素晴らしい機会を与えてくださり感謝いたします。




こちらもよろしくお願いします。

10日めは、丸武群@峮峮(チュンチュン)応援noteさんです。

電子書籍です。千夜一夜物語第3弾発売しました!

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シリーズ 日々掌編短編小説 326

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