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カレー戦争

 ここは行列もできる人気のカレー屋「マドラスチェンナイ」である。連日の盛況ぶりに、店は忙しいながらも、いつもスタッフたちは楽しそうな雰囲気。「店長、チキンカレー今日も200食完売です!」と、疲れた表情をしながらも、嬉しそうに副店長が入ってきた。
 それを見た店長も笑顔を返しながら、「当たり前だ。うちのチキンカレーの評判は別格だ。何しろ俺がインド旅行で見つけた味だからな」
「さすが店長!そんな姿見てたらやっぱり惚れちゃうわ」ちなみにこのふたり、籍は入れ入れていないが同棲している恋人同士である。

「店長これ見てください!」と、スタッフの山本が血相を変えてきた。「騒がしいな。グラスでも割ったか?」
「いえ違います。これを見てください」と山本が持ってきたのは、新しくオープンするカレー屋のチラシであった。店長はそれを見る「うん、コルカッタというカレー屋ができるのか」「ちょっと待って! これうちの目の前じゃないの」と副店長の顔色が変わる。「ああ、そう言えばあそこの空家工事していたな。しかしカレー屋とは。しかし馬鹿な奴だ。俺の店に戦いを挑むとは。ハッハハ!」店長は全く余裕があり笑った。

 ところが山本の顔色が変わらない。「店長!良く見てください。メニューがうちのと全く同じです」「何?本当だ。まるでメニューが同じ。これパクリじゃないか」「どうします。これ見たらメニューが50円安いわ。同じだったら、結構お客さん取られるかも」
 しかし店長は全く動じない「山本、副店長心配ない。メニューが同じでも、味がまずけりゃダメだろう心配するな」

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 一週間後、新しい店コルカッタがオープンした。オープン記念として3日間は通常の半額なので、予想通り新しい店に客が殺到した。「新しい店に行列できています。うちの客足は半分にです」副店長が今までと違って暗い表情。「まあオープン記念で半額だからな。まあすぐに戻ってくるさ」と、店長はまだ余裕の表情を崩さない。

 だが、1週間たっても10日たっても客足が戻らず減っている。さすがの店長も顔色が変わってきた。「どういうことだ... ....」
「店長!ちょっとやばいわ。私見に行きたいけど顔ばれているし」
「うーん、困ったなあ。まさかこんなやり手とは。でも値下げはしたく無い」店長は思わず腕を組み目をつぶって考え込む。
「なら僕がが食べて来ましょうか?」と声を出したのは、昨日から正式に入った新人の田中。「おう田中。お前ならまだ顔はわからない。よし、カレー代は経費でいいから、お前行って食べて来い」

 さっそく田中は食べにいった。そして戻ってきたが驚きの表情を隠せない。「店長、向こうのカレーの味ですが、うちの味と同じくらい美味しいです」「なんだって。バカな俺のカレーは本場インドの味だぞ」
「どうやらこの人がシェフらしいです」と田中が、こっそりと撮影した店内のメニューを見せる。それを見た店長の顔がこわばった。

「店長どうしたんですか、顔色悪いですよ」「副店長、こ、これ、ゴアの野郎だ」「え!ゴアさん?」「あいつが新しい店のシェフだ!」
「まさか、先月料理長を辞めるのをあんなに引きとめたのに。ひょっとしてこれって引き抜きなの?」副店長も顔色が変わる。
「あいつ自分の店を作るから、辞めたのじゃなかったのか?ヤラレタな」店長は腕を組んで考え込む。「でも新しい料理長のデリーさんには、ゴアさんが、きっちり引き継いでくれました」
「山本の言う通りだ。新しいデリー料理長が作っても、ゴアがいたときと味に違いが無いから安心したのに」そう言って店長は目を閉じて考え込むそぶりをした。

「店長、それならコルカッタよりうちのメニューを30円安くしたら。味が同じなら逆襲可能ですよ」しかし慌てて首を横に振るのは副店長。「山本君ダメ。そんなことしたら大赤字になるわ。うちの店が3カ月持たなくなっちゃう」
「そうだ!勝つには値段ではなく、味で勝負するしかない」自らを奮い立たせるように目を開けて大声を出した店長は、自らを鼓舞するかのように右手の指を閉じて力を入れ、手を振るわせる。

「しかしデリー料理長に、これ以上の高いレベルを期待するのは難しいわ」「ああ困った。ゴアは俺が現地の味と同等のシェフということで、開業時にインドから呼んだ。それ以上の優秀なシェフを探さなければ。これは今からインドに行くしかないのか」
「店長ダメです。すぐに見つかるわけないし、店長が居なくなったら私寂しいから」とほかのスタッフがいることを忘れて店長の左腕に抱きつく副店長。

「お取込み中のところ失礼します。実は知り合いに、日本に来たばかりのインド人がいます。それ以上に彼、仕事を探していました」それを聞いて慌てて店長の腕から離れる副店長。
「田中、お前!それは本当か?」「はい、店長、よければ彼連れて来ましょうか?」「田中君お願い、その人急いで呼んでちょうだい」

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 2日後田中に連れてこられたのはボンベイというインド人。まだ来日して間が無く、日本語が苦手なのでデリーに通訳してもらった。
 面接で質問するのは店長「あなたはインドのムンバイから来たのですか?」「はい。私は町一番のレストランで修業しました。日本で店を持つのが夢です」「日本で店!」店長は一瞬嫌なことを思い出して言葉をつぐむ。それはおなじことをゴアも言ってたからだ。しかし横にいた副店長が代わりに質問した。
「では、ボンベイさん。もしよろしければうちで働いて、新しいメニューを開発してほしいのですが」デリーを介して聞いたボンベイは「OK!」と大声を出して胸を張る。「わかりました。私はムンバイのレストランで一番人気のマトンカレーをこの店で作ります」

 こうしてボンベイが新しいシェフとして迎えられた。次の日から店に来て新メニューを開発。10日後にはマトンカレーが誕生した。ここで店長、副店長をはじめ全スタッフが集まって、新メニューを試食する。
「これだ!うぁあ懐かしい。これこそ本場の味だ。これならゴアに勝てる」一口食べただけで、何かに憑りつかれたように大声を張り上げた店長。その後は食べ物に飢えた犬のように顔を皿に近づけ、一気に完食した。
「ボンベイさん。あの店に勝ったらボーナスを出すからがんばりましょう」副店長もうれしそうに食べる。デリーと山本、田中の日本人ふたりも全員完食した。それをみていたボンベイもうれそうに、「ア、アリガトゴザイマス」と、覚えたての日本語で礼を言う。 

 翌日からマトンカレーは、マドラスチェンナイの新メニューとして販売開始した。

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 新メニューのマトンカレーを大々的に宣伝。興味を持つお客さんが徐々に戻ってくれた。「やった、お客さんが日々戻ってくれてるわ。ボンベイさんありがとう」副店長は久しぶりに歓喜の声を出した。しかし店長の表情はさえない。「しかし戻ってきたのは3割程度だ。ボンベイさん雇ったし、経営は中々厳しいなあ」と言ってため息をついた。

 ところが1カ月ほどすると急にお客さんが戻り始める。
「店長お客さんどんどん戻ってきているわ。対してあっちの店はどんどん減っています」副店長がうれしそうに店長の前に来た。「これは間違いない。俺たちが勝った!これでボンベイさんにボーナス出せる。よし皆にも出そう」と店長も久々に口を緩めた。

「店長これ見てください。コルカッタのシェフ、ゴアさんじゃなくなりましたよ」とチラシを持ってきたのは山本。「何、シェフが変わった?」「ええ、ゴアさんが独立したみたいです。そのチラシを見る店長「ゴアはここから5駅先で自分の新しい店をつくったのか。うん、この場所なら影響がないぞ」店長は嬉しそうにチラシを眺めつづけた。

 「店長、さきほどコルカッタのカレーを味見しました。以前よりまずいです」と入って来たのは田中。「なんと、コルカッタはゴアの味が引き継げなかったのね」「副店長、そのようです。向こうは自滅。こっちは新しいメニューができた。ますます繁盛ですね」と田中も嬉しそう。
 ところが、それを見ていた店長の笑顔が終わった。「うん、ところでお前カレー食いに行っていたのか?今勤務中って知っているよな」
 今度は田中の顔色が変わった「あ!勤務中のこと忘れていました」すぐ横に来たのは副店長。こちらも笑顔が無くなっている。「田中君、ペナルティよ。今日から3日間トイレ掃除1人で頑張ってね」

 ちなみにコルカッタはそれから1か月後に閉店した。



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シリーズ 日々掌編短編小説 237

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