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名前から生まれるアイデンティティ

 『ゲド戦記』ってご存知ですか?
多くの方がジブリ映画を思い浮かべるでしょう。
それ実は、シリーズとしてあるファンタジー小説の第3巻。
私は映画化の話を聞いた時、てっきり第1巻がされると思っていました。
第1巻は「影との戦い」
こちらこそ他のジブリ作品に最も影響を与えたものだと感じていたからです。

名前の重要性

 第1巻はすごくざっくりいうと、主人公が真の名「ゲド」を知ることで魔法の力を向上させ、自らの生み出した影と対峙する、という物語です。
一方でこの真の名は、周りには知られてはいけません。知った相手に従わなくてはならなくなるからです。

 ここで重要なのは「名前」。
名前はそのモノを表す大事なもの。
名前がなければそのモノは存在し得ないし、名前があることでそのモノがそのモノらしくある(いられる)のです。

 『千と千尋の神隠し』で千尋の名を奪われた千が自分を見失っていく。
これもゲド戦記の影響、こういった発想からきているものだと思います。
これは物語に限ったことではありません。

「名前」が生み出す概念

 皆さん「社会」って言葉知っていますよね。

「社会に出る」
「社会的に知られるように」
「多様性の社会へ」

 辞書的に説明できなくても、概念は浮かびます。
しかし昔は「社会」なんて言葉はありませんでした。
「この概念を表したいのに言葉がなくて困った」ということもありません。
日本に概念自体存在しなかったのです。

 社会は、“society” という外来語を翻訳したもの。
英語の言葉を翻訳し、「社会」という言葉が生まれて
始めて日本に「社会」という概念が生まれました。

名前(名称)の誕生と、概念、そのアイデンティティ(存在)の確立は、密接に関連しているのです。

 名はアイデンティティを生み出し、それを認識定着させる力がある。
名前が自分らしさ、そのものらしさを表す。
私たちが意識しないだけでそうやって確立された概念、アイデンティティはたくさんあります。

 つまり一般にアイデンティティを認知させるために、名前を付けることはとても重要なのです。

Deaf culture

 そのようにしてアメリカでできた言葉、アイデンティティがあります。

 “deaf” は英語で聴覚障害(者)という意味です。
さてアメリカでは「deaf」と「Deaf」が明確に分けられていることをご存知でしょうか。
deafは医学的視点、つまり耳が聞こえない人たち全般を表す普通名詞です。
ではDeafは?

Deafは、固有名詞。
Japanese(日本人)やArabian(アラブ人)と同じ発想。
つまり文化的にDeaf culture(ろう文化)を持ち、手話を第一言語として話す人々、
そのアイデンティティを示す名前なのです。

 アメリカにはろう者のための大学、ギャローデット大学があります。
手話で学べるこの大学の学長に、手話のできない聴者がなることが決まり、学生運動が起きました。
「Deaf President New!(今こそろう者の学長を)」
“Deaf” という言葉はこの運動から生まれたといいます。
Deaf はろう者のアイデンティティを確立する名称です。

この考えは日本にも持ち込まれました。

ろう文化宣言

「ろう者とは、日本手話という、日本語とは異なる言語を話す、言語的少数者である」
―これが、私たちの「ろう者」の定義である。

木村晴美、市田泰弘『ろう文化宣言--言語的少数者としてのろう者』現代思想 23 (3),1996

 以前記事に掲載したものです。

 Deafにあたるものとして、彼らは「ろう者」という言葉を用いました。
彼らは自らを「ろう者」と名乗ることで自分たちのアイデンティティを確立し、ろう文化の存在と手話で生きる権利を主張しました。

ろう文化とは

 日本語文化とは違う様々なろう的文化があります。
とても簡単なことでいえば、拍手の仕方

 他、
・「みなさーん、前向いてください」という時は
  電気のスイッチをカチカチさせて、チカチカで気づかせる
・勉強はスクール形式でなく、お互い顔が見えるように円に座ることが多い
・部屋の中の様子が分かるように基本はドアを閉めない
・日本人は話す時じっと目を見ることを避けるが、ろう者は目を見て話す

 ーーー“『silent』の主人公が紬の目を見て話すから、絶対紬のこと好き!”
  って書いてあるyahoo!ニュース記事のタイトルを見ましたが、
  目黒さんのろう者的演技の可能性もあるよなと勝手に思いました。
  (見てないので断言はしません。本当に好きという意味なのかも)

等。

 もちろん手話の文法的な違いもあります。
日本語とは言語化の曖昧度合い(コンテクスト)が違います。
日本語は曖昧に伝えるのが一般的で、具体が過ぎると子どもっぽい感じがします。
手話は具体を好みます。(詳細は今回は割愛)

これらを括って名前を付けることで文化として確立し、社会に認知を促したのです。

 この『ろう文化宣言』、発表されると大きな論争となります。
実はそれも書いていましたが信じられないほどに長くなったので、また別の機会にしようと思います。

名前とアイデンティティ

 毎年新語流行語大賞でも、新たな言葉ができて新たな概念が誕生します。
名前がないうちは認識されませんが、誰か概念に気づいた人が名前を付ければ、その概念が認知されていく。
おもしろいですね。

 私も勝手ながら皆さんの記事にお邪魔してコメントを書いていくことを
“コメント活動(通称:コメ活)”
と勝手に命名しました!
残念ながら認知は広がっていないです笑

 私のことはさておき
皆さんも自分らしさ自分らしい行動には
名前を付けてみてはいかがでしょうか?
その概念や自分のアイデンティティが確立され
認識しやすくなったり広めていったりすることもできるのかもしれません。



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