マガジンのカバー画像

長編

48
複数編の怪談です。一編の長さは中編と同等か若干長いです。
運営しているクリエイター

#オカルト

異形の匣庭 第二部⑩-1【別のモノ共】

異形の匣庭 第二部⑩-1【別のモノ共】

 鋭いナイフの先端からポタポタと水滴が落ち、黒い岩石で出来た床をさらに黒黒しく染めていく。今まさに誰かを突き刺し殺めて、その場に立っていると言わんばかりの量の血だ。彼女が何者で幽霊か付喪神かあるいはその他に分類されるのかはどうでもいい。明らかなのは彼女が僕を見て生気の無い顔に恍惚な表情を浮かべながら、棚の間をゆっくりとこちらに歩いて来るという事だ。
 棚と棚の間隔は彼女は通れても服が引っかかるはず

もっとみる
異形の匣庭 第二部⑨-2【逃走】

異形の匣庭 第二部⑨-2【逃走】

 至る所から水の滴る音が反響して聞こえ、上着を着ないと鳥肌が立つくらいの寒気が漂っている。洞窟は天然の冷蔵庫とはよく言ったもので、まさにその通りの気温だ。山の上にある事も相まって余計に低いのだろう。地面には池にある様な遊歩道が設置され、人二人が余裕で通れる幅はある。道の真ん中と両脇が薄く窪んでいるのは、長年ここに何かを運び入れているからだろうか。携帯のライトで届く範囲の奥を照らすと遊歩道には手すり

もっとみる
異形の匣庭 第二部⑨-1【逃走】

異形の匣庭 第二部⑨-1【逃走】

 柄の悪い女子達が頻繁に使う「先生トイレ」を使ったのは初めてだった。相当苦し紛れの言い訳だったけどそこは察してくれた様で、特に言及される事なく口論の場から離れられた。嘘をついたのなら堂々と離れに戻ればいいのに、わざわざ律儀に行こうとする所が我ながら子供だと思う。行きたい訳ではなかったけれど、背中に刺さったままの視線も痛いしバツも悪いしで僕の足はトイレを目指していた。
 昨日今朝と教えて貰わないと辿

もっとみる
異形の匣庭 第二部⑤【説教と変容】

異形の匣庭 第二部⑤【説教と変容】

「痛ててて……」
 離れに通されて荷物と腰を下ろす。ため息を吐くだけで全身が痛い。どれもこれもあの子のせいなんだけど、明日は間違いなく筋肉痛に悩まされそうだ。
 聞けばちゃんとした山道があって、更にそっちの方が時間も掛からないとくればなんかもう……言葉も出なかった。一周回って怒る気にもならず、挨拶もそこそこに一先ずはお風呂に入って着替えるようにと言われ、現在に至る。道中着ていた服は見るも無残な姿に

もっとみる
校舎内の禁足地 十一

校舎内の禁足地 十一

 翌日、長住さんから頂いた住所を元に、数本の電車を乗り継いで最寄りの駅へと到着した。長住さんは既に改札で私の事を待っており、白一色の衣装に身を包んでいた。軽い挨拶を交わして今日一日の流れを聞くと、早速件の場所へと出発した。話に聞いていた通り街並みは至って普通であり、まさかここで何人もの子供が失踪し、凄惨な死を遂げた人が複数いるとは考えられない程だった。ただ、以前よりは高層マンションも増え、この街か

もっとみる
異形の匣庭 第二部③【看板の無い雑貨屋】

異形の匣庭 第二部③【看板の無い雑貨屋】

「こっち着いて来て、質問は無しだから」
 言われた通り彼女の後を着いていくが、どんどん山から離れていく。大鳥居を抜けて神門通りを100M程南に下り、十字路を左に、そこからまた右の小道に入り三叉路を右に。何度か路地を曲がって僕が道を覚えられなくなった辺りで、一軒の雑貨屋らしき場所に行き着いた。看板は無いが、軒先までこれでもかと言わんばかりに物が溢れ返り、思い出したかの様に「この辺300円」とか「時価

もっとみる
校舎内の禁足地 十

校舎内の禁足地 十

 水滴が私の頬を滑り落ち、口元を通って床に落ちました。指紋の無い指でなぞられた様な感触に、何故か私は強い怒りを感じました。起こった感情が私からなのか流れ込んできたのか分かりませんが、とにかく強い怒りを感じたのです。しかし恐怖を上回ったのはほんの一瞬で、すぐさま背後に立つ霊の事で頭が一杯になりました。これまでの人生で出会わなかった目に見えない存在が、具体的な形を成してそこにいる。半透明だとか足が無い

もっとみる
異形の匣庭 第二部②【早い再会】

異形の匣庭 第二部②【早い再会】

 物心がつく前からこのノートが絵本の代わりだった。母さんがくれた古びたノートには僕の知らない事が沢山書かれていた。山の天候の変化とか道具の手入れの仕方に建築の基礎まで、内容は多岐に渡っている。小さい頃は暇さえあれば読んで読んでとせがみ、母はそれに応えてくれた。沢山沢山聞かせてくれた。でも、どんな空想の物語よりも母の体験とそれを話す顔が大好きだった。それだけ母の毎日は充実していて、実りある人生だった

もっとみる
異形の匣庭 第二部① 【神の地に降り立つ】

異形の匣庭 第二部① 【神の地に降り立つ】

 第一部はこちら↓

車窓からの眺めは初めこそワクワクしたものの、あとは案外退屈な風景が続くだけだった。一度も登った事のないスカイツリーを遠目に見ながら、ビル群を横切りトンネルをいくつか通過していく。時折雄大な自然が垣間見得、無機物的な景色から様変わりしていった。けれど幾度も見掛ければそれも只の風景でしか無く、コンクリートのジャングルと何ら変わりない。
 ただ、温度に関して言えば家を離れれば離れ

もっとみる
校舎内の禁足地 七

校舎内の禁足地 七

人柱。
それはかつての因習でしかなく、現代では合理性も化学的根拠も一切無いけれど、アステカ文明やたった50年程前の日本においても行われていた儀式。どれだけ尽力しても叶わず、神か悪霊か、そのどれでもない何かに祈りと命を捧げていていました。勝利、五穀豊穣、安全祈願だけに留まらず時には契約として。
そんな代物に自分の家族が関わっているとしたらどれ程の衝撃でしょうか。
あくまでも可能性の話だよと黒田さんは

もっとみる
校舎内の禁足地 六

校舎内の禁足地 六

私の頭の中には疑問符しかありませんでした。関わっているどころか、最早渦中のど真ん中、大元だとは思いもよらなかったからです。ありきたりな名字ですから、他の長住の可能性もあるかと必死になって地図上に長住の文字が無いか探しました。でもどれだけくまなく探しても他に長住の文字はありません。
「なんで長住さん家はこんなとこに建ってるのかな。あんまり良い理由は無さそうだけど……」
田添君が言う様に中洲には長住の

もっとみる
校舎内の禁足地 四

校舎内の禁足地 四

菊池君と久保君とは席が隣で、私が真ん中でした。久保君が運ばれて菊池君が急な休みになってから両側が空席で、気が気じゃありませんでした。名前を呼ばれてはいませんが私も声を聞いていましたし、翌日普通に授業を進めようとする先生達が何かを隠していることは明白でした。深淵を覗けば…ではありませんが、私達子供が関わらない様にする必要があったのでしょう。じゃあ何でそもそも3階ごと、あるいは建て直したりをしなかった

もっとみる
校舎内の禁足地 三

校舎内の禁足地 三

彼の名前は久保君と言います。くぼではなくひさよしと読みます。久保君はクラスの中でも比較的大人しめで、きちんと会話こそするものの休み時間には外で遊ばずに読書に耽る様なタイプでした。彼と話したのは噂が流れ始めてからで、それも「僕も聞いたよ、僕の名前を呼んでたんだ」とたったそれだけでした。その彼が、本当に呼ばれてしまったんでしょうね。真似をした訳ではありませんが、私もパクパクと口を開けて驚き呆けて立ち尽

もっとみる
校舎内の禁足地 二

校舎内の禁足地 二

誰かのイタズラだと思うのが普通だと思います。でもついさっきまで電気は点いていなかったし、点ける為にはバリケードを越える必要がありました。子供が自分の少ないお小遣いをはたいてわざわざこんなイタズラをするとは思えませんでしたし、何より、こう、その蛍光灯の下の空間がとても古めかしく感じたんです。夕焼けに染まった教室のノスタルジックさではなくて錆びれた商店街の様な、とにかく退廃した空気でした。

菊池君は

もっとみる