輪廻の風 2-25




「…ぐはっ!」
エンディはマルジェラに、先程いた階よりも上に位置する部屋へと連れ込まれた。

部屋に着くや否や、マルジェラはエンディの顔を掴んでいた手を離し、乱暴に投げた。

エンディは呆然と目の前に立ち尽くすマルジェラに殴りかかった。

拳には風の力をこれでもかと言うほどに纏いマルジェラを殴ろうとしたが、マルジェラは片手で軽く振り払った。

エンディは驚いたが、それでもめげずに立ち向かった。

エラルドの鉄の肉体を切り裂いたカマイタチの斬撃を3発、マルジェラ目掛けて打ち込んだが、マルジェラは剣を一振りしていとも容易く相殺した。

「何でだ…?これほどの力を持つあんたが、どうしてバレラルク王国を裏切った?なんでユドラ人に加担するんだ!?」
エンディが尋ねた。

「前にも言ったはずだ。俺はイヴァンカ様によって完全に支配された後の世界の景色を見てみたい…ただそれだけのことだ。」

「そんなことのために…?」
エンディは理解に苦しむような顔をしている。

「それにしても、弱いなお前は。その程度の力量でユドラ帝国に乗り込む浅薄さ、俺の目には些か滑稽にうつるぞ。十戒の筆頭隊には、俺と同じレベルの戦士があと4人…さらにその上にはイヴァンカ様がおられる。お前ごときの力では、何も護れないぞ?」

「そうかもしれねえな…。だけど…それでも俺は、お前らに勝たなきゃいけないんだ!」
エンディは勇敢な目をしていた。
しかしそんなエンディを、マルジェラは鼻で笑った。

「くだらない絵空事だな。そのような台詞は、せめて俺を倒してから言え。」

エンディは、何も言い返せない自分自身を恥じた。

「ところでエンディ、この部屋をよく見てみろ。何か思い出さないか?」

マルジェラにそう言われると、エンディはハッと我に返って冷静になった。

落ち着いて、今自分のいる部屋を見渡した。

約30畳ほどの広さのその部屋には、何も置かれていなかった。

床にはホコリが溜まっていて、おそらく現在は何にも使われていない部屋のようだ。

するとエンディは、ホコリ被った床に何か違和感を感じ、よく目を凝らして見てみた。

エンディはゾッとした。

床には、大量の血痕が付着していた。
血は黒く変色し、カピカピになっていた。

「何だ…この部屋は…?」
エンディは頭がボーっとしてきた。

「以前ウィンザーに聞いたことがある。このフロアはかつてウルメイト家…お前の一族の居城だったと。そしてこの部屋はお前が12年間、家族と過ごした部屋だったとな。」
マルジェラが酷薄な表情でそう言うと、エンディは何かを思い出しそうになり頭がキーンとなった。

「この部屋はお前にとって忘れならない惨劇が起きた場所…お前の両親が、イヴァンカ様によって粛清された部屋だ。」

マルジェラがそう言い終えると、エンディは酷い頭痛に襲われた。

「うわあぁぁぁっ…!」
両手で頭を抱えてしゃがみ込み、断末魔のような叫び声を上げた。

そんなエンディに対し、マルジェラは慈悲のカケラもないような顔つきで、エンディに向かって刃を振り下ろそうとした…。


一方その頃ラーミアは、マックイーンが門番を任されていた巨大な扉の向こう側に1人、ぽつんと佇んでいた。

1人で過ごすには充分すぎるほど広い部屋で、豪華絢爛な寝具に家具、壁には煌びやかな装飾品、天井には眩ゆいシャンデリア。

とても囚われの身とは思えないほどの高待遇を受けているようだった。

「エンディ…みんな…大丈夫かな…。」
ラーミアはか細い声で言った。
そして、この上なく心細そうだった。

すると突如、扉がギィーと音を立てながらゆっくりと開いた。

一体誰が入ってくるのか、ラーミアは恐怖に押し潰されそうな表情で見つめていた。

入ってきたのは、ロゼ一行だった。

「え?え?え?ロゼ王子!?みんな!?どうしてここに!?」ラーミアは頭の整理がつかず、パニックに陥っていた。

「ラーミア〜〜!!若が…若が死んじゃうよぉ〜!!」モエーネは泣きじゃくりながら、ラーミアに抱きついた。

そして、血だらけになっているロゼを急いで治療しようとした。

「若ぁ〜!!死なないでぇ〜!!」
ジェシカも大泣きしていた。

エスタは平静を装っていたが、内心とてもロゼの身を案じていた。

アマレットは不安げな表情で静観している。

「おいおい…静かにしてくれよ…俺は今瀕死の重症なんだからよお…傷に響くぜ…?」
ロゼは苦しそうな声色で言った。

「ロゼ王子!すぐに治しますから!!」
ラーミアはすかさず両手をロゼの身体にかざした。
そして、その両手から放たれる神秘的な光がロゼの傷口を優しく包みこんだ。

「ねえっ!?治る!?若、死なないよね!?」モエーネが泣きじゃくった顔でラーミアに尋ねた。

「うんっ、大丈夫。ちょっと血を流しすぎてるけど、そこまで傷は深くないから命に別状はないよ。」
ラーミアが冷静な口調でそう言うと、モエーネたちは不安が払拭され、パァーッと明るい表情になった。

ロゼの顔には、みるみるうちに生気が戻ってきた。

すると、モエーネが怒りの表情を浮かべながらロゼの頬に力一杯平手打ちをした。

「モエーネ!?」ラーミアは目を丸くしている。

「ちょっと!あんた何考えてんの!?」
ジェシカは激怒した。

「1人でこんな危険な場所に乗り込んで…こんな大怪我して…あなた何考えてるんですか!?あなたは王子なんですよ!?若にもしものことがあったら…私たちがどんな気持ちになるか、少しでも考えたことはありますか?あなた1人の命じゃないんです!2度と勝手なことをしないでください…!」モエーネはロゼに檄を飛ばした。
ロゼはポカーンとしていた。

「まあ確かに…一理あるな。まあ、俺はそんなに心配してなかったけどな?」エスタは照れ臭そうに言った。

「若、お帰りなさい。ご無事で…何よりです。」ジェシカは、先ほど怒っていたのがまるで嘘のような、穏やかな表情をしていた。

頼もしく実直な部下に囲まれて、ロゼはとても幸せ気持ちになった。

「お前ら…ごめんな。そして、ありがとよ。」
ロゼはモエーネに言われた言葉を深く受け止め、反省していた。
そしてこの上なく嬉しそうに、謝意を述べた。

「ところでよ…あいつアマレットだよな?あいつ十戒だぜ?お前ら、何で一緒にいるんだよ?」ロゼはアマレットをチラッと見て言った。

「私ね、アマレットとお友達になったんですよ〜!」モエーネはアマレットの腕にしがみつき、楽しそうに笑いながら言った。

「友達って…勘違いしないでくれる!?私はただ、あんた達と一緒にいればカインに会えると思うから一時的に行動を共にしてるだけ!」アマレットは照れ臭そうに言った。
モエーネに友達と言われ、満更でもない様子だった。

「はあ?なんかよく分からねえけど、まあいいや。ラーミア、ありがとよ!」ロゼは傷口がほぼ塞がり、元気よく立ち上がった。

「ちょっとロゼ王子、まだ安静にしてなきゃダメですよ?」
ラーミアは気にかけるように言った。

「で、お前らこれからどう動くよ?俺はこのまま国に帰る気はねえぜ?エンディ達に加勢して戦うつもりだ。」
ロゼは熱意に満ち溢れた目をしていた。

「もちろん、俺はお前について行くぜ?」
エスタがそう言うと、ジェシカとモエーネは右に同じくと言わんばかりにコクリと頷いた。

「私も…あなた達の力になるわ?」
アマレットが言った。

「分かった。全く、頼もしい奴らだぜ。ラーミア、お前はどうするんだ?」
ロゼはラーミアに問いかけた。

「当然、私も加勢します!怪我をした時は任せてください!」
ラーミアはハキハキと答えた。

「よし、決まりだな!これから謁見の間で、イヴァンカが十戒の筆頭隊集めて何やらありがたいお説法を唱えるって話を聞いたぜ?カチコミに行くぞ!」
ロゼはそう言うと、先陣切って歩き出した。
エスタ達はロゼに続いた。

部屋を出ようと扉に向かうと、ロゼ達は身の毛がよだつ恐ろしさを感じた。

扉の前に、赤毛の青年が立っていたのだ。
誰1人として、その男の存在に気がつかなかった。

「なんだ…こいつ…?」
ロゼは思わず立ち止まってしまった。

その赤毛の青年は、まるで彫刻のように美しい顔立ちをしていた。

「やあ、楽しそうだね。気を許せる仲間達とかけがえのない時を共有している場に水をさす真似をしてすまない。良かったら、私も混ぜてくれないか?」
赤毛の青年は言った。

その声質は、聞いた者の心をリラックスさせるような不思議な効用があった。

赤毛の青年を見たアマレットは、ガタガタと小刻みに震えていた。

「アマレット、どうしたの?」
モエーネが気にかけるように言った。

するとアマレットは、震える声で恐るべき名を口にした。

「イ…イヴァンカ…様…。」







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