輪廻の風 (48)


レガーロの登場で、屋上庭園内の空気は一気に張りつめた。

一同、慌てて頭を深々と下げた。
その様子を見ていたエンディも、空気を読んで一応頭を下げた。
カインだけは唯一、微動だにせず足を組んで座っていた。

「俺もいるよー!」
レガーロの後ろから、モスキーノが笑顔でひょっこりとあらわれた。

「招かれざる客だったか?それにしても、賊軍にこうも簡単に侵入されるとは情けない。なんだこの有様は?」
広大な森林を見渡しながら言った。

「ふん、だったらあんたが戦えよ。部下に命を捨てて戦えと言うなら、まずあんたが命を捨てて戦地に行けよ。」ロゼが強い口調でそう言うと、レガーロは呆れた顔をしてため息をついた。

「国王たるもの、断じてそのようなことはしない。貴様は何も分かっていないな。」

「今までずっと玉座の間にこもってたんだろ?将帥に命守ってもらいながらよ。戦時中にお母さんが病気になった時も、死んだ時も、ずっとそうだったもんな。何が国王たるものだよ!情けねえなあ!」
ロゼはレガーロの胸ぐらを力強く掴んで怒鳴りつけた。
レガーロは一切表情を変えず、まるっきり動じていなった。
するとモスキーノが仲裁に入り、ロゼの腕を掴んでなだめようとした。

「まあまあロゼ王子、国王様はあなたのお父上様でもいるわけですからそのような真似は…。」モスキーノは半笑いで言った。

ロゼとレガーロの間に深い溝があるのはなんとなく察していた。
エンディは2人の会話を聞いて、その原因が分かったようだ。

「お前はまだその事を恨んでいるのか。戦場で死んでいった兵士たちにも家族がいる、帰りを待っていた者達は死に目にもあえない。それなのに国王である私が妻に会うわけにはいかないだろう?」
レガーロがそう言うと、ロゼは怒りのあまり再びレガーロに掴み掛かろうとした。

すると、エンディが間に入り、レガーロの目を真っ直ぐ見ながら言った。

「あの…その理屈はおかしいと思います。大切な人の最後を看取れない人たちを気遣う気持ちは素晴らしいと思います。でも自分の愛する家族が目の前で苦しんでいるのに何もしないのは、国王とか以前に人としておかしいと思います!」エンディは緊張していた様子だったが、大きな声ではっきりと言った。

サイゾーとクマシスは青ざめた表情をしている。モエーネとジェシカも少し肝を冷やしているようだ。

モスキーノはエンディを見ながらクスリと笑った。

「たしかエンディだったな。私に意見をするとは、なかなか見どころがある。だが、王には王たる者の仕来たりがある!お前が口を出すべきではない!」
エンディは何も言い返せなかった。

「ところでよ、あんた何しに来たんだよ?わざわざ嫌味を言いにここまで来たわけじゃねえだろ?」ロゼが聞いた。

「お前達があまりにも油断してるから激励に来たのだ。今から1時間後、あのインドラとか言うふざけた飛行物体に総攻撃を仕掛ける。旧ドアル軍は1人残らず徹底的に殲滅する!!」レガーロは気力に満ち溢れた口調で言った。

「ちょっと待てよ!そんなことしたら多くの人間が死ぬぞ!アズバールの能力の恐ろしさはあんたも知ってんだろ!?」
ロゼは声を荒げながら言った。

「ポナパルトとバレンティノが前に出る。だから被害は最小限におさまるはずだ。それに、国を守る為なら多少の犠牲はやむを得ない。ラーミアを奪われるわけにもいかんしな。」そう言い残し、レガーロは立ち去って行った。

「王宮は俺が死守するから安心してね!」
モスキーノは笑顔でそう言い、レガーロの後について行った。

「くそっ!一体どうすれば!?」
ロゼは頭を抱え、冷静さを失っていた。

「俺たちも一緒に戦いましょう。」
エンディがそう言うと、みんな一斉にエンディに視線を向けた。

「そもそも、最初からそのつもりだったんじゃないのか?」カインが呆れた表情で言った。

「もちろん戦うつもりだったさ。期限が過ぎる数分前、奴らが油断している隙をついて俺たちでこっそりインドラに潜入し、アズバールを暗殺する。そしてインドラの燃料室を破壊する。そうすりゃ誰も死なずに済むと思ったんだけどな…。総攻撃なんか仕掛けたら、こっちもただじゃ済まないぜ。」

「誰も死なずに済むか。甘ちゃんだな?そんな保守的な考えじゃ何も守れないぜ?」
カインは嘲笑うように言った。

「たしかにその通りだな。でも俺は、もうこれ以上国のために戦って死ぬ人間を見たくないんだよ。」そう言ったロゼの表情はとても切なそうで、ジェシカとモエーネは胸が締め付けられた。

「もうやるしかない。みんなで戦おう!バレラルクもラーミアも、絶対に守り抜いてみせる!」エンディは覚悟を決め、腹を括った様子だった。
しかし突如、猛烈な眠気に襲われ、その場でパタリと倒れ込んで眠ってしまった。

エンディだけではなく、他のみんなもフラフラしながら床に倒れ込んだり、椅子にもたれかかったりして眠り始めた。

「サンドイッチに入れた睡眠薬がようやく効いてきたみたいね。」
みんなが眠ったのを確認したラーミアが言った。

「ごめんねみんな。やっぱり私1人のせいで大勢の人が巻き込まれるのは耐えられない。だから行くね。旧ドアル軍のみんなには、バレラルクに危害を加えたら協力しないって交換条件を出すから安心して。」

ラーミアはそう言うと、地べたで仰向けになって眠っているエンディの前まで行き、しゃがんだ。

そして、爆睡しているエンディの頬を優しく触った。

「巻き込んじゃってごめんね。私は大丈夫だから、あなたはあなたの人生を生きて欲しい。遭難した時、私を背負って病院まで連れて行ってくれたね。ミルドニアでは私のために、命懸けで戦ってくれたね。いつも私のことを考えてくれて…私はその気持ちが本当に嬉しかったよ。」
ラーミアは、両目から大粒の涙を流しながら、震える声でエンディに語りかけた。
エンディの顔に、涙が数滴かかってしまった。

そしてスッと立ち上がり、涙を拭いた。

「記憶を取り戻して幸せになってね。さよなら。」笑顔でそう言って、ラーミアは立ち去って行った。








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