輪廻の風 (43)
鬼のような形相で、全身から殺気を放つポナパルトを見たバレラルクの戦士達は、命の危険を感じて恐れ慄き、逃げ出した。
「やべえ…ポナパルトさんが暴れるぞ!」
「逃げろぉ!殺されるぞ!」
王宮の高い塀をこえて逃げ出すものもいた。しかし多くは正門をこじ開けて逃げ出そうとしていた。
同じように怖気付いてしまったノヴァファミリーの戦闘員たちも、どさくさに紛れて逃げ出そうとしていた。
すると、正門を開けて逃げ出そうとしていた人々は、正門前でラベスタを抱きしめているエンディを見て立ち止まった。
状況を読み込めない彼らは、その様子を見てポカーンとしながら首を傾げていた。
「おいおい何やってんだぁ!?」
ポナパルトは大きな声でドシドシと歩きながら、正門へ向かった。
「離してよ。気持ち悪いんだけど?」
ラベスタは心底嫌そうな言い方をした。
「お前も抱き返してくれ、ラベスタ。」
エンディはとても悲しそうな表情で言った。
「何してんだよてめえ、頭大丈夫か?」
ノヴァはかなり引いている様子だった。
ダルマインは目を丸くしている。
「離せよ。殺すよ?」ラベスタが冷たい口調でそう言うと、エンディはゆっくりと喋り始めた。
「おれ記憶を失ってから4年間、毎日毎日ひとりぼっちだった。自分が何者か分からなくて、何のために生きてるのか分からなくて本当に辛かったんだ。もう死のうかなって何度も思ったよ。俺ほど不幸な人間、この世にいないんじゃないかなんて本気で思ってた。」
「??何が言いたいの?」ラベスタは怪訝な顔で言った。
バレラルクの戦士達、マフィアのメンバーは皆、立ち止まったまま静かに様子を見ていた。
「ミルドニアに行って、ディルゼンに来て、色んな人を見た。そこには俺なんかよりよっぽど苦しんでいるのに、精一杯歯食いしばって生きている人がたくさんいたんだ。今までは自分ばかり不幸だと決めつけていたから、そういう人たちの存在に気付こうともしなかった。お前らもたくさん辛い思いをしてきたんだな…。」
「だから何が言いてえんだてめえ?まじで殺しちまうぞ?」ノヴァは苛立ちながらエンディを殴ろうと拳をあげたが、カインがそれを阻んだ。
「人の話は最後まで聞けよ、な?」
カインがそう言うと、ノヴァは舌打ちをしながら握り拳をくずし、腕を下げた。
「生まれた国、肌の色、目の色、考え方や価値観…たしかにみんなそれぞれ違う。そこから争いが起こるのは仕方ない事なのかもしれない。だけど…体に流れる血は、みんな赤いんだ。みんな同じ人間なんだ。ラベスタ…もしおれの事を敵じゃないと思ってくれているのなら、抱き返してくれ。」
全員、固唾を飲んでその場を見守っていた。
ロゼも物陰に隠れてその光景を見ていた。
ラベスタは数秒間、微動だにしなかった。
すると、ゆっくりと両手を上げた。
そのゆっくりな動きからは、躊躇いと戸惑いを感じた。
そして、エンディの背に両手を伸ばし、軽く抱き返した。
「これでいい?早く離してよ。」
ラベスタは小さな声で言った。
そしてすぐにお互い手を離した。
すると、ギャラリーから盛大な拍手喝采を浴びた。
多くの者がその光景を見て感動していた。そこには、バレラルクの戦士もマフィアも関係なかった。
感動して思わず泣いている者もいた。
カインは右目からツーと一筋の涙を流し、誰にも気付かれないようにそっと拭った。
「エンディ、すげえ奴だぜお前は。」
ロゼは微笑みながらそう呟いた。
しかし、ノヴァファミリーには納得のいっていない様子の者が何人かいた。
「ふざけんなよ、綺麗事ばっか抜かしやがって!」「てめえみてえなガキに何が分かるんだ?」「おい!1発殴らせろ!」
エンディに向かって罵声を浴びせる複数の男達に対して、ポナパルトが一喝した。
「エンディの男気を無碍にする野郎は出てこい!俺が殴り殺してやる!」
ポナパルトが声を荒げてそう言うと、マフィア達は怯んで何も言えなくなっていた。
「ちょっと待ってくれ、おめえらプロント人なんだってな?さっき言ってた孤児院てのは、もしかして"啓明寮"のことか?」
ダルマインが慌ただしくそう言うと、ノヴァとラベスタはピクリと反応した。
「どうして知ってるんだ?」ノヴァが聞いた。
「やっぱりな。いいか?あそこを襲撃したのはドアル軍だ。」
「はあ?何言ってやがる。」ノヴァが食い気味に言うと、ダルマインは続けて説明した。
「当時ドアル軍は、バレラルク軍が着用していた物とそっくりの戦闘服を大量に作ったんだ。それを着たドアル軍の兵士が、同盟国であるプロント王国の無抵抗の市民達を虐殺したんだよ。全ては、プロント人にバレラルク人に対する強い憎しみを植え付けさせて、上手く利用するためにな?」一通り説明し終えたダルマインは、ダバコに火をつけた。
ノヴァとラベスタは目を見開いて言葉を失っていた。
「ダルマイン…その話本当か?」エンディは半信半疑な様子で聞いた。
「ああ。オレ様はプロの嘘つきだがこればっかりは真実だ。当時ドアル王国の領海警備をしていたインダス艦隊の提督だったオレが、軍の上層部から聞いた話だから間違いねえぜ?孤児院襲撃の話も割と有名だったしな。」ダルマインは煙を吐きながら言った。
「そんな…じゃああれは…。」
ラベスタは頭が真っ白になっていた。
ノヴァも、頭の中を整理するのに少し時間がかかりそうな様子だった。
「お取り込み中ごめんね〜?」
すると、モスキーノが50代くらいの小綺麗な身なりをした男性を連れて正門前にやってきた。
「あ!モスキーノてめえ〜、今までどこにいやがった!!」ポナパルトが野太い声でそう言うと、モスキーノは耳を塞いだ。
「うるさいなぁ…。ちょっとラベスタって子に用があるからどいて!」
「え、俺に?」ラベスタがボケーっとした顔で言った。
「あ、君がラベスタ君?君に会わせたい人がいるから連れてきたよ!この人に見覚えない?」モスキーノはニコニコしながら、同行していた男性を指差してラベスタに聞いた。
ラベスタはモスキーノの横にいる男をジーッと見ていた。
そしてその目はみるみるうちに血走っていった。
「お前は…あのときルシアンを見捨てた医者…!」
ラベスタがそう言うと、エンディとノヴァはとても驚いている様子だった。
「久しぶりだねラベスタ君、大きくなったね。」医者の男は、優しい目でラベスタを見ながら言った。
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