輪廻の風 (54)



「ちょっと!何よこれ!?」
突如凍った森林地帯を見て、モエーネが悲鳴にも似た叫び声を上げた。

「何が起きたんだ…?」
ノヴァも困惑している様子だ。
いつも無表情のラベスタも、両目を見開いて驚いていた。
ジェシカとラーミアは驚きのあまり言葉を失っている。

「モスキーノの野郎、派手にやりやがったな…!」凍った森林のせいで気温が急激に下がった筈なのに、ロゼは冷や汗をかきながら苦笑いをしていた。

凍てつく森に、逃走を図ったギルドが迷い込んでいた。
インドラが墜落する寸前に、なんとか脱出したらしい。

しかし全身に軽い火傷を負い、両足を骨折していた。
まともに歩くこともできずに、地面を匍匐前進しながら這っていた。

「くそっ!なんだよこの氷は…こんなところで死んでたまるか…!絶対に生き延びてバレラルクをぶっ潰してやる…!諦めねぇぞ…!」
ギルドはプライドをズタズタにされ、この上なく悔しそうだった。
何がなんでもバレラルクに復讐をしようという強い執念を感じた。

すると、背後から声が聞こえた。

「因果応報」

慌てて振り返ると、剣を抜いたエスタがこちらにゆっくり歩み寄ってくるのを確認した。

「だれだてめえ!?」

「自らの行いは必ず、巡り巡って自分に返ってくる。お前のように傲慢で狡猾な人間はロクな死に方をしない。」

「おいクソガキ!やめろっ!やめてくれ!」
自分が殺されると悟ったギルドは、必死に命乞いをした。

エスタは、まるで虫けらを見るような冷たい眼差しでギルドを見下ろしていた。

「いつの時代も、独裁者の末路なんて哀れなものだな。」
エスタはそう言って剣を振り下ろし、ギルドの首を斬り落とした。

すると、ギルドが斬首されたタイミングで、凍った森が跡形もなく砕け散った。

かつて城下町と呼ばれていたこの土地は、全くその面影がなく、ほとんど更地のような変わり果てた姿へと変貌してしまっていた。

「すげえぇ!!でも町が…。」
エンディはモスキーノの能力のあまりの凄まじさに興奮していた。
しかし美しい城下町が失われてしまった事を考えて、とても残念な気持ちにもなっていた。

「仕方ないよ、これから復興作業を頑張るしかないね。住民を避難させておいて良かった〜。」モスキーノは気楽そうにしている。

アズバールは全身にひどい凍傷を負い、立っているのがやっとだった。
肩で息をしながらモスキーノを睨みつけている。

「そんな怖い顔しないでよ。まあ、2回もバレラルクの将帥にやられればプライドも傷つくよね〜。首の傷でも疼いてきた?」モスキーノは煽るような言い方をした。

「ククク…言ってくれるじゃねえか。」
アズバールはとても苦しそうだった。

すると、ポナパルトとバレンティノがその場に到着した。

「おいモスキーノ!てめえ何勝手な事してやがんだぁ!?」
「フフフ…俺の出る幕はなかったか。」

そしてノヴァとラベスタ、ロゼにジェシカにモエーネ、ラーミアも到着した。

それだけではない、バレラルクの軍人達も続々と集結してきた。

アズバールは完全に包囲されていた。

「観念しろアズバール、もうお前に逃げ場はない。死ぬ前に、マルジェラ君のことを教えろ。彼はお前を斬った後、一体どこに行った?」先ほどまでおどけていたモスキーノの顔は、悍ましいものに豹変していた。

こんな状況でも、アズバールは毅然としていた。

「知らねえよ。」

「そうか、じゃあ死ね。」
モスキーノはアズバールにトドメをさそうとしていた。

「ちょっと待ってください!!」
エンディが仲裁に入った。

「あ?」モスキーノは恐ろしい顔でエンディを横目で睨みつけた。
エンディは背筋がゾッとしたが、モスキーノの圧力を振り切ってアズバールに質問をした。

「アズバール、結局お前の目的はなんだったんだ?4年前にドアル王国を滅ぼしたバレラルクに復讐をする…本当にそれだけなのか?どうしてここまでラーミアに執着するんだ?」

その場にいた者のほとんどが、エンディの質問に対してアズバールがどう答えるのか興味津々そうに耳を傾けていた。

「ククク…復讐だと?俺はそんなもんに興味はねえよ。ドアル王国なんざ滅びようがどうでもいい。俺を動かしているのは"支配欲"のみ…世界の覇権を握る、この野望を叶えるために俺は今日まで生きてきた。」

「どうしてそんなことしたいんだ?」エンディは理解に苦しむような表情をしている。

「"力"ってのは使う人間と使われる人間しかいねえ。俺は力を使い支配する側の人間でいたい…ただそれだけのことだ。その為には邪魔者を皆殺しにする必要がある。そんな時、隣に人体の損傷を完璧に治癒できるその女がいれば、無敵だろ?」
アズバールはそう言って、ラーミアを横目でギロリと睨んだ。

アズバールと視線が合ったラーミアは、ビクリと少し怯えていた。

そしてアズバールはこう続けた。
「俺は必ずこの世界の頂点に立つ。ユドラ人を屈服させ、神々の世界を手に入れる。世界の歯車はこの俺が廻すんだ…!」

ロゼはユドラ人という単語にピクリと反応を示した。

「神々…?何言ってんだこいつ…。」エンディはアズバールの発した言葉の意味がまるで分からなかった。

「はっ、何がユドラ人だよ。そんなもんお伽話だろ?実在するわけがねえ。」
ノヴァが嘲笑う様にそう言った。


すると、ロゼが口火を切った。

「いや、ユドラ人は実在する。」
ロゼのこの言葉に、ノヴァをはじめ駆けつけてきた無数の兵士たちは激しく動揺し始めた。

将帥の3人は、半信半疑な様子だった。

「あの、ユドラ人ってなんなんですか?」
エンディは興味を示している様子でモスキーノに聞いた。

「太古の昔からムルア大陸全土に語り継がれている神話がある。それがムルア神話…ユドラ人はその神話に登場してくる"神の末裔"と言われている種族だ。まさか実在するとは…。」モスキーノはいつもの笑顔が消え、冷や汗をかきながら珍しく動揺している。

「500年前、全知全能の唯一神ユラノスとそれに仕える10人の神官が死に、世界は闇に包まれた。その闇を振り払い、世界を再び平和へと導いたのがユラノスの子孫であるユドラ人だ。そのユドラ人を束ねているのがレムソフィア家…5世紀もの間、世界の歴史を陰から操り、世界の頂点に君臨し続けている謎の一族だ…。」
ロゼは内心かなり動揺していたが、なんとか平常心を保って言ってのけた。

「ユドラ人…レムソフィア家…。」
エンディはこの二つの単語に反応を示した。
すると、過去の記憶が一瞬だけフラッシュバックした。
目の前に血まみれの男女がうつ伏せになって横たわっている光景が脳裏をよぎった。
辛く、苦しく、とても悲しい記憶だった。

強い精神的衝撃を受け、ドクンと心臓の鼓動が激しくなり、汗が止まらなくなった。

エンディは過呼吸になり、そのまま気を失って倒れてしまった。

「エンディ!?」
ラーミアが慌ててエンディに駆け寄った。

辺りはざわつき始めた。

「エンディ!どうした!?」
ロゼもエンディの身を案じている様子だった。

「ククク…このままじゃ終わらねえからな。てめえら全員、必ず殺してやる…震えて眠れよ?」アズバールは酷薄な表情を浮かべながらそう言った。

アズバールの体は、まるで樹木の様に変化していた。そしてものすごい勢いで、両足から地中に潜っていった。

「待てコラァ!」
ポナパルトが大声を上げて、アズバールが潜っていった地面に力一杯拳を振り下ろした。

大地は粉砕し、周りに大きな亀裂が何本も入った。

まるで地震でも起きたかのように大地が一瞬グラリと揺れた。

「無駄なことはやめなよ。地中に逃げられたらもうどうにもできないよ。」
バレンティノがクスクス笑いながら言った。

「どうせあの体じゃ何もできないよ。まあ傷が回復してまた何か仕掛けてきてら、今度こそ俺が殺すけどね。」

「なんだよモスキーノ、えらく自信満々じゃねえかよ!?」アズバールを取り逃したことで、ポナパルトは内心穏やかではなさそうだ。

「だって俺、超強いもん?」
モスキーノが余裕のある笑みでそう言うと、ポナパルトは少し呆れたような様子で軽くため息をついた。
バレンティノはクスクス笑っている。

「敵の大将は逃しちまったけどよお…この戦い、俺たちの勝ちだよな?」
ロゼは勝ち誇ったような笑みを浮かべながらそう言った。

すると、緊迫していたその場の空気が、少し和やかになった。

軍人達は緊張の糸が途切れ、肩の荷が下りたような顔をしている。

ノヴァにラベスタ、ジェシカとモエーネは気絶したエンディの元へと駆けつけた。

将帥の3人は、いったい何を考えているのか見当もつかないような掴みどころのない顔つきをしている。

「全軍引き上げ!!戦いはおわりだ!!」ロゼが大きな声で号令をかけた。

かくして、バレラルク王国と旧ドアル軍の戦いはバレラルクの勝利を収めて終結した。







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