輪廻の風 2-23




「お父さんの宝物って、なあに?」
ロゼは幼い頃、レガーロにこのような質問をしたことがある。

レガーロは険しい顔で黙りこくった後、ロゼの頭上に優しくポンと手を置いた。

「宝物か…お前かな?」
レガーロは優しい笑顔でそう言った。
幼きロゼは、それがとても嬉しかった。

これは、ロゼが見た最初で最後の父レガーロの笑顔だった。

ロゼはマックイーンと対面している最中、その時の記憶を克明に思い出していた。

「なるほどな、てめえ父親の敵討ちが目的でユドラ帝国に忍び込んだのか。それにしても意外だな、お前ら親子は犬猿の仲って聞いたぜ?まあもっとも、てめえが一方的に毛嫌いしていただけらしいけどな。」
マックイーンはニヤニヤしながら言った。

ロゼは憎悪に満ち溢れた恐ろしい表情で、明確な殺意を抱いてマックイーンに襲いかかった。

マックイーンは細身の体で、巨大な斧を軽々と振り回し、ロゼの攻撃をことごとく完封した。

ロゼは右肩と左脇腹、胸部を斧で斬られた。

マックイーンは恐ろしく強く、その力の差は圧倒的だった。

しかし、ロゼはめげずに何度も何度も立ち向かった。

「ヒャハハハッ!何ムキになってんだあ!?あれえ、もしかしてお前…失ってから大切さに気付いた感じい??」
マックイーンはロゼを心の底から嘲笑するように言った。

はあ…何で死んじまったんだよ、クソ親父。

ロゼは自身より遥かに格上の相手と命のやり取りをする刹那の中で、そんなことを考えていた。

そして、亡き母エリシアとの追憶に浸っていた。

病床に伏すエリシアのそばにいる幼き頃のロゼ。

「ロゼは私の大事な宝物。」
エリシアはロゼの頭をよしよしと優しく撫でながら言った。

エリシアは、ロゼに心配をかけまいと必死に元気を装っていた。

「お母さん…どうしてお父さんはお見舞いに来てくれないの?」
ロゼは悲しげな表情で尋ねた。

「あの人は国王だからね、仕方ないのよ。戦地で殉死していく兵隊さん達にも家族がいる。帰りを信じて待っていた家族は死に目にも会えない。それなのに、国王のあの人が自分の家族を贔屓にするのは良くない…そう思っているのよ。」

「それでも…悲しいよ。僕も国王になったら、そんな風にならなきゃいけないの?僕、自信ないなあ…。」
ロゼは今にも泣きそうな表情で言った。

すると、エリシアは優しくロゼを抱きしめた。

「お父さんみたいになる必要なんてない、私は今のロゼが大好きだよ。だから、いつまでも優しくて素敵なロゼでいてね?」
エリシアは愛情深い王妃だった。

ロゼは母の放つ優しい光に包まれて、幸せな気持ちで一杯になった。

「私がいなくなっても、お父さんと仲良くしてね?約束だよ。」
エリシアがそう言うと、ロゼは「うん!」と元気よく返事をした。

エリシアはこの時、そう遠くない未来に自分の命に終わりが訪れることを悟っていた。

それから間もなく、エリシアはこの世を去った。

エリシアの国葬でも涙一つ流さず、墓前に手も合わせない父レガーロに対し、ロゼは徐々に憎しみを募らせていった。
2人の間にできた溝は、この時から深まる一方だった。


ロゼはマックイーンに打ちのめされ、床に這いつくばっていた。

右腕の骨は粉砕され、槍を握る力も立ち上がる気力もなかった。

「ヒャハハッ!弱っ!雑魚にも程があんだろ!!」かすり傷一つついていないマックイーンは、ロゼを見下ろしながら甲高い笑い声をあげていた。


ロゼは自分が惨めで情けなくて仕方なかった。


クソ親父、本当は知ってたよ。
お母さんが病気になった時、本当は誰よりも心配していた事。
お母さんの死に、誰よりも心を痛めていた事。

俺はあんたのような国王になれる自信がなかったんだ。
あんたに対して抱いていたコンプレックスを憎しみだと錯覚していただけだった。

あんたに反抗ばかりして、周りから愚息だのドラ息子だの陰口を叩かれる様になっても、あんたの心の声を聞いたことは一度もなかったよ。

実はあんたの背中をずっと追いかけていたよ。
そして今になって分かる…あんたのことを恨んでないって事も…。


ロゼは死の淵に立たされ、そんなことを考えていた。

「親子揃って救いようのねえゴミだなぁ!すぐにパパの所へ逝かせてやるからよ!あの世で再会できたら産まれてきてごめんなさいって謝ってこいよ!!」
マックイーンは下品な笑い声を響かせながら、ロゼの頭部目掛けて斧を振り下ろした。

ロゼは走馬灯を見ていた。
幼い頃、父と母と過ごしたかけがえのない記憶。
信頼できる部下との出会い。
エンディとの出会い。

勝てなくてもいいや、死んでもいいや。
だけどこの男だけは絶対に許せない。
どうせなら一矢報いてやる。

驚くべきことに、ロゼは粉砕骨折した右腕を動かし、槍を握った。

そしてうつ伏せで倒れている状態で槍を振り上げ、マックイーンの胸部を刺した。

動かせるはずのない腕を動かす。
これは、恐るべき執念だった。

マックイーンは完全に油断していた。
そして致命傷を負った。

「グハァッ!」
胸に大きな風穴が開き、吐血した。

すかさず自身に刺さった槍を抜き、その場から逃走した。
おそらく、ロゼを不気味に思い恐れをなしたのだろう。

「ちくしょう‥あのやろう…許さねえ…!」
マックイーンは肩で息をしながら命からがら逃げ回っていた。

この傷の深さ、出血の量。
どうするべきか思案出来ないほど頭の中は混乱していた。

「いるんだよなあ、死んだ方がいい人間って。」

背後からそんな声がし、マックイーンは急いで振り向いた。
そこには、剣を抜いて冷酷な目をしているエスタがいた。

「世に蔓延る外道は総じて死ぬべきだ。お前のように腐った人間は、生涯笑顔を見せる事も幸せを感じる事も許されるべきじゃない。」
エスタはゆっくりとマックイーンの元へ歩み寄った。

「だ…誰だてめえ!こっち来るんじゃねえ!!」マックイーンは怯えていた。

「2度と生まれてくるなよ、クズが。」
エスタはそう言って、マックイーンの首を斬り落とした。


ロゼは気がつくと、果てしなく地平線が広がる何も無い広大な空間に立っていた。

それは所謂、臨死体験というものだった。

ロゼは直感した、ここは死後の世界だろうと。

すると突如、目の前にふたつの人影が出現した。

目を凝らしてよく見てみると、亡き父レガーロと、亡き母エリシアの姿だった。

ロゼは目を疑った。

「クソ親父…?お母さん…?」
か細い声でそう呟いた。

ロゼは、両目からボロボロと滝のように涙が溢れて止まらなかった。

「お父さん!!お母さん!!」
ロゼは叫び声をあげ、両膝をついて泣き崩れた。

「ごめんお母さん…俺…約束守れなかった…。お父さんと仲良く出来なかった…。何も親孝行出来なかった…お父さん…守ってあげれなくてごめん…俺、王子として何も成せなかった…こんな息子で、本当にごめんなさい…!」ロゼは悲痛な声色で叫んだ。
涙は止めどなく流れていた。

「ロゼ。」
エリシアが透き通るような声でそう言うと、ロゼは恐る恐る顔を上げた。

「貴方は自慢の息子よ。私たちの元に産まれてきてくれて、本当にありがとう。」
エリシアは、まるで聖母の様に優しく微笑みながら言った。

何ものにも代え難い母の深い愛に包まれて、ロゼの自己嫌悪によって荒みきった心は一瞬にして浄化された。

ロゼはひたすら、母を見つめていた。

「ロゼ、国を頼んだぞ。」
そう言ったレガーロの表情は、相も変わらず険しく厳格だった。

ロゼは、初めて父に認められた気がした。

そしてロゼの眼前から2人は消え、目の前が真っ暗になった。うっすらと目を開けると、目の前にはモエーネとジェシカ、エスタとアマレットがいた。

ロゼは半分気絶した状態で涙を流していた。

モエーネとジェシカは、血まみれで倒れているロゼを見てひどく心を痛め、オロオロしている様子だった。

「ったく、何泣いてんだよ…。」
エスタはロゼを見ながら、悲しげな表情を浮かべていた。

「安心して、この扉の向こうにラーミアがいるから…。早くロゼを治してもらいましょう!」アマレットは、マックイーンが門番をしていた巨大な扉を指差してそう言った。

モエーネはロゼを肩で担ぎ上げた。
そしてジェシカとアマレットは、扉を開けた。

ついに、ラーミアとの再会を果たす時がきた。


一方その頃エンディは、神殿内を走り回っていた。

追ってくる憲兵隊を撒きながら、とにかく上へ上へとひたすら上を目指していた。

天井を突き破って上階に上がるという荒技までみせていた。

「ラーミア、今助けに行くからな!」
そう叫んだ直後、エンディは凄まじい殺気を自身に向けられているのを察知し、背筋が凍った。

後ろを振り向くと、憤怒の表情で自身を睨むエラルドが立っていた。

エンディとエラルドが対峙した。






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