輪廻の風 2-16



エラルドはユドラ帝国に帰還した。

ユドラ帝国の宮廷内にある長い長い渡り廊下を1人、堂々とした態度で歩いている。

そして、とある部屋へと入って行った。

その部屋は十戒の会合の場に使われており、殺伐とした雰囲気に包まれていた。

部屋には立派な円卓があり、真ん中に火の付いた大きてお洒落なロウソクが置かれていた。

円卓には4人が既に着席していた。

「エラルド〜、おめえ何勝手な事してんだよ〜??」
マックイーンが嫌味ったらしく言った。

勝手な事とは、エラルドが1人でバレラルクに出向いた事を指している。

「で?愛しのエンディちゃんはどうだった?」
バスクがニヤケ顔で尋ねた。

十戒のメンバーの1人、マックイーンは長身細身で残忍な目つきをしている。
背中には巨大な斧を背負っていた。

同じく十戒の1人バスクは、恰幅が良く短髪で、いかにも硬派そうな男だ。腰に細長い剣をさしている。

「どうもこうもねえよ。あいつは次元の違え大馬鹿野郎に成り下がっちまった。」
エラルドはバスクの問いかけに答えた。

「はははっ、確かにあいつはとんだ腑抜け野郎になってたね。僕は昔のエンディを知っているから、バレラルクで見た時は笑い堪えるの必死だったよ。」
アベルはケタケタ笑いながら言った。

アベルは以前のように丸眼鏡を付けておらず、ボサボサだった髪を綺麗に整え、服装もパリッとしていて、バレラルクにいた頃とは別人のような風貌になっていた。

エラルドは静かに着席した。

「5人だけか?」
エラルドが尋ねた。

「いつもの事じゃねえか。どうせ筆頭隊の連中は来ねえよ、さっさと始めようぜ?」
マックイーンはあくびをしながら眠たそうな顔で言った。

「ねえバスク、だいたい今日は何の集まりなの?早く終わらせてよね。」
ユリウス・アマレットが気怠そうに言った。

どうやらこの会合は、バスクが召集したようだった。

ユリウス・アマレットは十戒のメンバーの1人で、赤みがかった茶髪にショートヘアーの可愛らしい少女だった。
そして、この上なく高飛車そうだ。

「そうだな。まずはみんなに紹介したい男が2人いる。まず1人目は、今日から雷帝の側近になる男だ。」
バスクは仕切るように言った。

「さあ、入ってくれ。」
バスクが合図をすると、部屋の重厚な扉がゆっくりと開き、奥から静かな足音が聞こえてきた。

バスクを除いた4人は、興味ありげに注目していた。

現れたのは、カインだった。

カインの登場に、エラルド達は動揺し始めた。

カインは円卓の前に立ち、静観している。

「はっ、まさかとは思ったが…この男が雷帝の側近ねえ…。」
「けっ、雷帝は何を考えてんだか…。」
マックイーンとエラルドは不服そうに言った。

アベルは憎しみに満ち溢れた表情でカインを睨みつけていた。

アマレットはカインを見るや否や、心をひどく痛めたような表情を浮かべ、瞳から静かに涙を流した。
周りに気づかれぬよう、すかさず涙を拭って下を向いて誤魔化した。

「みんなも知ってると思うが…この男の名はメルローズ・カイン。かつてエンディと肩を並べ、ユドラ人最高傑作と謳われた男だ。それぞれ思うことはあるかもしれないが、これは雷帝の決定だ。そこんとこよろしく頼むぜ?」バスクが言った。

カインは終始、無言のままだった。

「おいバスク、もう1人は誰だ?」
エラルドが急かすように言った。

「もう1人は…我々の協力者になる男だ。父親がユドラ人に牙を向いた贖罪として、これからは我々に快く協力してくれるらしい。さあ、入ってくれ。」
バスクがそう言うと、カツンカツンと足音を立てながら扉の奥から何者かが歩いてくるのが見えた。

部屋に入ってきたのはロゼだった。

「紹介する。バレラルク王国現王子にして、次期国王最有力候補のウィルアート・ロゼだ。」
バスクが言った。

「よろしくな?十戒の皆さん。」
ロゼはカインの横に立ち、軽快な口調で言った。

「はっ、協力者ねえ。要は今までの歴史通り、ウィルアート家が俺たちに色々尽くしてくれるって事だろ?」エラルドが言った。

「おい王子様よお、てめえの父親がしたことは大罪だぜ?本来なら息子であるてめえも粛清されるべきところ、雷帝の寛大な慈悲の御心で許されたんだ。しっかり役に立てよ?」
マックイーンは意地悪い口調で言った。

「もちろんそのつもりだぜ?俺をあのクソ親父と一緒にしないでくれよな?今までの歴史通り、しっかりあんたらに従うからよ。表の王が俺で、裏の王はユドラ人。俺はそれで納得してるからよ。」ロゼはニヤケ顔で言った。

「ロゼ王子〜、久しぶり!元気してたあ?」
アベルは笑顔でロゼに手を振りながら言った。

「おお、アルファ…じゃなくてアベルだったか!まさかお前がスパイだったなんて夢にも思わなかったぜ?全くイカつい野郎だな。」
ロゼが言った。

「僕の演技、うまかったでしょ?ロゼ王子、僕たちはまだ君のことを完全に信用したわけじゃないから、妙な行動とってたら殺しちゃうからね?」アベルは冷酷な笑みを浮かべながら言った。

「ああ、肝に銘じておくよ。それよりカイン、お前も久しぶりだな?」
ロゼは隣にいるカインに話しかけた。

カインは何も答えず、後ろを向いて扉に向かって歩き出した。

「おいおい、どこ行くんだ?」
バスクが尋ねた。

「どこって、自分の部屋に戻るんだよ。お前らと話すことなんて何もないからな。」
カインはそう言い残して部屋を出て行った。

アベルはカインの後ろ姿を、血走った目で睨みつけていた。

「ふん、すかしやがって。とことんムカつく野郎だな。」エラルドはおもしろくなさそうに言った。


すると、アマレットが立ち上がり、部屋を出てカインの後を追った。

「あ?どうしたんだあいつ?」
マックイーンは、突然出て行ったアマレットを不審に思っていた。

「あの2人はなあ、色々あるからなあ。」
バスクは難しそうな顔で言った。

ロゼとエラルドは、バスクの発言の意味が分からず不思議そうな顔をしていた。

「待ってよ!」
アマレットがそう言うと、カインはピタリと歩みを止めた。


「…4年間、1人で無人島に身を隠していたって聞いたわ。随分と陰気な男になったものね?」アマレットは微かに声を震わせながら言った。

「…言いたい事はそれだけか?悪いがお前に構ってる暇はない。」
カインはアマレットに背を向けたまま、冷たくそう言った。
そして、再びスタスタと歩き出した。

「バカ…。」
アマレットはカインの後ろ姿を見つめながら小さな声で呟いた。

アマレットはショックだった。

久しぶりの再会だというのに一度たりとも顔を合わせてくれず、呼び止めても後ろを振り返る素振りすら見せないカインの冷たい態度に、傷心していた。

そして、カインの背中までの距離がとてつもなく遠く感じ、切ない気持ちになっていた。


一方その頃、エンディとラベスタは川沿いでボケーっとしていた。

時刻は午前6時。
2人は熟睡していたところを、ノストラに叩き起こされたようだ。

昨日の戦いで負傷した2人は、体に包帯を巻いていた。
これも、ノストラが手当てをした様だった。



「ほれ、シャキッとせんかい!」
寝ぼけた顔をしている2人に、ノストラが檄を飛ばした。

「昨日のエラルドって奴の言葉が気になって全然眠れなかった…。」
エンディはしょぼくれた顔で言った。

「実は俺も…。この先あんな強い奴らと戦わなきゃいけないなんて、辟易するね。」
ラベスタはエンディに同調する様に言った。

「眠れなかったじゃと?笑わさんどけよ!おどれら2人とも、そりゃ健やかに眠っておったぞ?」ノストラは呆れた口調で言った。

「あいつ、ラーミアを助けたいなら出来るだけ早くきた方がいい…って言ったんだ。それはどういう意味なんだろう…?」
エンディは首を傾げていた。

「実はワシもそのセリフが気がかりでな…まさかそのラーミアって娘さんは、治癒タイプの異能者じゃないだろな?」
ノストラが真剣な顔つきでエンディに尋ねた。

「うん、そうだけど?」
エンディが軽い口調でそう答えると、
「バカタレ!なぜそれを早く言わんのだ!」
と、ノストラは大きな怒鳴り声をあげた。

エンディとラべスタはその怒鳴り声にびっくりして、思わず背筋を伸ばした。

そして、2人は寝起きのボケっとした顔からシャキッとした顔つきに変わった。

「え?何?どういう事?」
エンディは混乱した様子で尋ねた。

「ええか、落ち着いてよく聞け。大陸神話によると治癒能力を司る異能者はのう、禁忌の術を2つ使えるんじゃ。術者の命と引き換えにな…それゆえ禁忌の術と呼ばれておる。」

「禁忌…命と引き換え?何だよそれ…?」
エンディの表情は曇っていた。

「1つは退魔の力じゃ。500年前、全知全能の唯一神ユラノスに仕えておった神官の1人が、悪魔を封じ込めたと言われておる力じゃ。そしてもう1つは…不老不死。それを施された者は永久に朽ち果てる事のない不滅の肉体を手に入れることが出来る。」
ノストラは冷や汗をかき始めた。

「え、それってまさか?」
ラベスタは何かを察したように言った。

「不老不死、イヴァンカが今最も欲している力じゃ。圧倒的な強さと権力、そして不死身の肉体…奴はそれらを駆使し、未来永劫世界の頂点に君臨するつもりなのじゃ…!」
ノストラは、まるで世界の安寧を危惧しているような表情を浮かべていた。

それを聞いたエンディは戦慄した。

「何だよそれ…ラーミアの命が危ないってことか!?なあ!どうなんだよ!?」
エンディは両手でノストラの体を揺さぶりながら言った。

「エンディ、落ち着こ?」
ラベスタは冷静な口調でエンディをなだめた。

「うるせえ!落ち着いてられるかよ!もう修行は終わりだ、ノストラさん!今すぐユドラ帝国に向かおう!」
エンディは気が動転していた。

「戯けたこと抜かすなっ!今の状態で乗り込んでも犬死にするだけじゃ!」
ノストラはエンディを怒鳴りつけた。

すると、背後から「やっと見つけた。」と、聞き覚えのある声が聞こえた。


「エンディ、ラベスタ、探したぜ?今の話も全部聞かせてもらった。」
声の主はエスタだった。
エスタの後ろには、ジェシカとモエーネもいた。

「なんじゃいおどれら、どっから湧いてきたんじゃい、ええ?」
ノストラはエスタ達を威圧する様に言った。

「くそっ、こんな時に…!」
「うわ、タイミング悪。めんどくさ。」
エンディとラベスタは、エスタ達が捕らえにきたと勘繰り、顔をしかめていた。

すると、エスタが真剣な眼差しでエンディとラベスタ、ノストラを見つめながら口火を切った。

「頼む、俺たちもユドラ帝国に連れて行ってくれないか?」

エスタの思いがけない発言に、エンディはポカーンとしてしまった。

「お前ら…何で??」ラベスタが尋ねた。

「知っての通り、ロゼが行方不明なんだ。きっとユドラ帝国にいるに違いない…。だから何としても救出したいんだ。お前らの言うこと何でも聞く。だから頼む、俺たちも一緒に連れて行ってくれ…!」
エスタは深々と頭を下げながら言った。

エスタに続いて、ジェシカとモエーネも頭を下げた。

「若はきっと、1人でユドラ人達に立ち向かおうとしてるんだわ…。若1人にそんな危険なことさせたくない…お願いエンディ、私たちも連れてって…。」
「私は若の為だったら死んだっていい。私たちも一緒に戦う覚悟はできてる…だから、お願いします…。」
ジェシカとモエーネは涙声で言った。

「よし、分かった!みんなでユドラ帝国に乗り込もう!十戒もイヴァンカもぶっ飛ばして、みんなを守るぞ!!」
エンディは先ほどとはうってかわって平静さと前向きな気持ちを取り戻し、闘志をメラメラと燃やしている様な目つきになっていた。

エンディのこの一言で、皆の士気が上がった。


「おどれら…正気か…?奴らはあまりにも強大じゃぞ?」
ノストラは頭を抱えていた。

「ノストラさん、諦めて?俺たちの決意は堅いからね、もうこの勢いは誰にも止められないよ?ユドラ帝国までの案内よろしくね。」
ラベスタのこの一言で、ついにノストラは折れた。

「ガッハッハー、いつの時代も若者ってのは無知で無鉄砲じゃな!じゃがな、それはええことじゃ。仕方ない…おどれら、覚悟はできておるか?」
ノストラはエンディ達の顔を一人一人ゆっくり見渡しながら言った。

全員、目の色に一点の濁りもなかった。

ついに、出陣の時が来た。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?