輪廻の風 2-14




エンディとラベスタが山籠りの修行を開始して1週間が経過した。

時刻は午後19時をまわった。

バレラルク王国では、近衛騎士団と保安隊が血眼になってエンディとロゼの捜索をしている。

国内では厳戒態勢が敷かれ、軍隊と兵団員が厳重に警備をしていた。


ディルゼン郊外の山間地域では、サイゾーとクマシスが2人で捜索活動を行なっていた。

「これだけ探しても見つからないとなると、2人とももう国外にいるんじゃないですか?」クマシスが気怠そうに言った。

「その可能性はあるな…しかしバレンティノさん相手に逃げ切るとは、エンディの奴中々やるな。」サイゾーは感心していた。

「バレンティノの野郎、てめえが逃したならてめえで捜せよな。何で俺たちがその尻拭いしなきゃならねえんだよ。ふざけんなよマヌケがよ。」
クマシスは怒っていた。
怒りのあまり、つい心の声を漏らしてしまった。

「クマシス、頼むから本人の前で絶対にそういうこと言わないでくれよな?」
サイゾーは近くにバレンティノがいないか心配になり、辺りをキョロキョロしながら言った。
サイゾーに念を押され、クマシスは正気に戻った。

「おっとすみません。それにしてもノヴァとラベスタまで行方不明とは…兵長と副兵長に任命されたばかりだというのに、一体何を考えているんですかね?」
クマシスは呆れた口調で言った。

「バレラルク兵団なあ…新設されて早々トップ2人が不在とは大問題だよな。」
サイゾーは頭を抱えていた。

「エンディも早く見つけなきゃまずいですね。彼がユドラ人と分かった以上、このまま野放しにはできませんからね。」

「クマシス、確かにエンディの捕縛も大事だが、最優先すべきはロゼ王子の確保だ。一国の王子が行方不明だなんて大変な事態だからな。それに…ロゼ王子は…レガーロ国王殺害事件の重要参考人でもあるからな…。」
サイゾーは冷や汗をかきながら、深刻な顔で言った。

クマシスは怪訝な表情でサイゾーをジッと見ていた。

「俺は、ロゼ王子を信じてますから。」
クマシスは前向きな姿勢でそう言った。

「クマシス、それは本心で言っていると信じてるぞ。」サイゾーが言った。

「本心に決まってんだろ。俺はお前みたいな猫被り野郎とは違うんだよ。」

「クマシス、貴様斬り捨てたろか?」
サイゾーは、最近のクマシスの心の声が自身の許容範囲を超えてきた事に憤りを感じていた。

2人は無駄なおしゃべりをやめて気持ちを切り替え、より一層本腰を入れて、エンディとロゼの捜索に精を出していた。


一方その頃ノストラとラベスタは、今日の分の修行を終えて夕食を食べていた。

川沿いの岩に座り込み、捕った川魚を焼いて食べていた。

火は、落ち葉や枯れ木を集めて自分たちでおこしていた。

2人は火を囲み、焼き魚を頬張っている。

エンディは、まだ洞窟から出てきていないようだ。

「ああ…きついな。」
ラベスタは連日の修行にすっかり疲れていて、少しげっそりしていた。

「ガッハッハー、なんじゃい、もう音をあげるんかい、ええ?しかしラベスタよ、お前なかなか筋がいいぞ。」
ノストラはラベスタとは対照的に、とても生き生きとしていた。

孤独な隠居暮らしをしていたノストラは、久しぶりに人と触れ合い、エンディとラベスタから若いパワーを吸収する事で日に日に元気になっていた。

「それは嬉しいね。今日は早く寝て、明日もまた頑張るよ。」

「おう、その意気じゃ!それにしてもラベスタよ、ノヴァって子はそんなに大事な友達なんか?」

「うん、かけがえのない友達だよ。」
ラベスタは何の迷いもなくそう答えた。

「ええのう。友達を大事に思うのはええ事じゃ。エンディとカインもなあ、昔は良い仲間だと思ったったがのう…。」
ノストラは決して戻れない昔を懐かしむようにそう言った。

「あの2人、昔は仲良かったの?」
ラベスタは興味ありげに尋ねた。

「まあ、そうじゃなあ…少々、歪な関係じゃったがのう…。」ノストラは切なそうな表情で言った。

「歪な関係…?」ラベスタは首を傾げていた。

「ところでラベスタよ、お前少し気を抜きすぎじゃぞ?ええ?まだ気がつかんのか?」
ノストラは痺れを切らすように言った。

「え?何が?…!!」
ラベスタは、初めは何のことかさっぱり分からなかったが、瞬時にノストラの言葉の意味を理解した。

何者かが、それも相当な手練れの者が木陰に隠れてこちらに殺気を放っているのを感じた。

「おーい、隠れてないで出てこい。」
ノストラがそう言うと、カツンカツンと足音が聞こえ、暗闇から少年が出てきた。

「これはこれは、さすがノストラ先輩!気配は消していたつもりだったんだけどな、やっぱ元"十戒(モーセ)"の長は次元が違えぜ。」

夕闇から現れたのは、この上なく気性が荒そうで紫色の髪の毛をした、彫りの深い顔の少年だった。

「いくら気配を消してもなあ、そんなに危ない殺気を放ってたら誰でも気がつくぞ?」
ノストラは呆れた口調で言った。

「おいおい、殺気とは人聞きが悪いぜ?俺は大先輩にラブコールを送ってただけだぜ?」
少年は薄ら笑いを浮かべながら言った。

「気色悪い奴っちゃのう。おい、おうち帰って歯磨いて早よ寝い。」
ノストラは少年に向かって、シッシッと右手を払いながら言った。

「おいおいおい、そんな邪険に扱うなよ。悲しいじゃねえかよ。」
少年はニタニタ笑いながら言った。

「なんの用?」
ラベスタは立ち上がり、少年に剣を向けた。

「てめえに用はねえよ。小物はすっこんでろや。」少年はラベスタを小馬鹿にするように言った。

ラベスタは無表情だったが、小物呼ばわりされたことに内心腹を立てていた。


「おい小僧、何者じゃい?ええ?」
ノストラがそう尋ねると、少年はその質問を待ってましたと言わんばかりに得意げな表情を浮かべた。

「俺か?俺はユドラ帝国上級戦士にして十戒の1人、エラルドだ!」
エラルドは大きな声で自己紹介をした。

「え?十戒?」
エラルドの素性を知ったラベスタは、思わず動揺して身構えた。

「何じゃい小僧、十戒の者かい?何しにきたか言うてみい。ええ?」

「そんなもん決まってんだろ?裏切り者のあんたに、神の裁きを下しにきたんだよ!」
エラルドは舌を出しながら、冷酷な笑みを浮かべながら言った。

「神の裁きじゃと?思い上がるのも大概にせいよ。それにしてもお前のような小僧がメンバーに入れるとは、十戒も地に堕ちたもんじゃのう。」ノストラは煽るように言った。

「思い上がってんのはあんただろ?いくら元十戒の長といえどよぉ、全盛期はとっくの昔に過ぎてんだろ?今となっちゃただの老兵、俺の敵じゃねえぜ!」

ノストラが元十戒の長というエラルドの発言を聞いたラベスタは、驚いていた。

「だーれが老兵じゃい!?ふざけたこと抜かしとったら承知せんぞ!」
ノストラは怒り気味に言った。

「ヒャハハッ、本当のことだろ?ついでにエンディの野郎もぶちのめしてやりてえなあ。おい、あの野郎はどこにいるんだ?」
エラルドはエンディをとても敵視しているようだった。

「エンディはお前なんぞ相手にせんぞ。」
ノストラは再び、小馬鹿にするような言い方をした。

「老兵ごときがよ、さっきからかんに触る言い方ばっかしやがって。あんま馬鹿にすんなよ?」
エラルドは徐々に苛立ち始めていた。

「小僧、若いうちはのう、馬鹿なくらいがちょうど良いんじゃよ。でもなあ、アホンダラにはなっちゃいけねえぜえ?」

両者向き合い、一触即発の事態になった。

ラベスタは自分が除け者にされている様な気がして、心外な気持ちになっていた。










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