輪廻の風 (44)


ラベスタはカッとなり、医者の男に剣を振り下ろそうとした。

すると、モスキーノが片手で剣を掴んで制止した。

医者の男は驚き、腰を抜かしてしまっている。

「せっかく俺が苦労して見つけてきた人をいきなり殺そうとしないでよ?」
モスキーノは苦笑いを浮かべながら言った。

ラベスタは驚いた。
側から見れば、モスキーノはラベスタが振り下ろした剣に軽く手を添えているようにしか見えないだろう。
しかし、ラベスタが力一杯剣を動かそうとしてもピクリとも動かないのだ。
この細い腕のどこにこんな力が?と心の中で呟き、内心とても驚いていた。

ラベスタは大人しく、剣を鞘にしまいこんだ。

「ラベスタ君、私は随分と君を探したよ。まさか王都最大のマフィア組織の幹部になっていたとはね、驚いたよ。」
医者の男はゆっくり立ち上がり、眼鏡をクイッと上げながら落ち着いた口調で言った。

「オレを探してた?どういう意味?」

「率直に言う。私はルシアンちゃんを見捨てた訳じゃない。」

医者の男がそう言うと、ラベスタは頭に血がのぼった。

「何を今更…。じゃあどうしてルシアンは死んだの?お前が治療を受けさせてくれなかったからでしょ?」ラベスタは怒りで声を震わせながら言った。

「私には一人息子がいてね…軍人だったんだ。しかしプロント王国で戦死してしまった。だから当時、君たちプロント人を酷く恨んでいて、幼い君たちにも冷たい態度をとってしまった。私の大人気ない態度が、君をずっと誤解させてしまっていたんだね…。」
医者の男は、深く反省している様子だった。

「私はルシアンちゃんを診察したんだ。しかし彼女の肺は損傷が激しく、とても手の施しようがない状態だった。」

「そんな話信じられない。」
ラベスタが冷たい態度でそう言うと、医者の男は両膝と両手を地面につき、深く頭を下げた。

「信じてくれ…!」

「さっき当時のカルテを見せてもらったよ。肺のレントゲンを一枚撮っただけだったから、ラベスタ君は何もしてくれなかったと思い込んでいたんだね。」モスキーノが言った。

「レントゲンを撮り終えた時、ルシアンちゃんは今にも消え入りそうな声で私に言ったよ。"私が死んだらコレをお兄ちゃんに渡して"ってね…。これがその時、ルシアンちゃんからこっそり預かった手紙だ。」
医者の男は顔をあげて、ポケットから一枚の紙切れを取り出した。
綺麗に二つ折りされた紙切れだった。
ラベスタは手紙を受け取り、ゆっくり開いた。

おにいちゃんだいすきだよ これからもノヴァとなかよくしてね あいしてる

紙には大きな文字でそう書かれていた。
ラベスタは放心状態になりながら、その手紙をずっと眺めていた。

「近くで路上生活をしているプロント人の女の子が亡くなったと聞いた時、真っ先に君を探してこの手紙を渡そうとしたんだ。でも、君はどこにもいなかった…。あの時、ひどい態度をとってすまない。手紙を渡すのが遅くなって本当にすまなかった…。」
医者の男は、悲痛な声色で涙を流しながら謝罪した。

「ルシアンは分かってたんだな、自分がもうすぐいなくなるって。自分がいなくなった後、俺たち2人が落ち込まないように、こんな手紙まで書いて…。」ノヴァはとても切なそうな表情浮かべながら言った。

ラベスタは崩れ落ち、泣いた。
右手で両目を覆い、声を出さずに大粒の涙を流した。
「オレたちは…今まで何のために戦っていたんだろう…。」今までの行いをとてつもなく後悔してる様子だった。

エンディもとても悲しそうな顔をしながら貰い泣きをしていた。

「ラベスタ君、何かあったらいつでも訪ねてきてくれ。私に出来ることならなんでもするから…。」医者の男は穏やかな口調でそう言い残し、立ち去って行った。

「もっと早く手紙を見ていれば、こんな事にはならなかったのかもな。」ロゼがそう言いながらエンディに近づいてきた。

「ロゼ王子!?いつの間に!」エンディはびっくりして思わず声を上げた。

「言葉って不思議だよな。言った本人は忘れていても、言われた側の人間はずっと覚えてる。何年も呪いみたいにしつこくまとわりついて人の心を蝕むこともある。けど言われて嬉しかった言葉ってのは、何年経っても御守りみたいに心に残る。行き詰まった時には勇気を奮い立たせてくれて背中を押してくれる。辛いことがあった時には、心を救ってくれる特効薬にもなる。」
ロゼは優しく微笑みながら言った。

「良いと思った言葉は積極的に口に出した方がいいですね!」
エンディは涙を拭き、笑いながら言った。

「ふざけんなよ…。俺たちの4年間はなんだったんだよ…。本当に恨むべき相手である旧ドアル軍と取引までして…。」

ノヴァはワナワナと怒りに震えている様子だった。その怒りの矛先は自分自身に向いているのか、バレラルクや旧ドアル軍に向いているのか、自分でもわからないくらい頭の中がゴチャゴチャしていた。

すると、ノヴァの全身から黒い体毛がぐんぐん伸びていくのが見えた。
エンディとロゼは目を疑っている。
ダルマインは気絶しそうになる程びっくりしていた。

「やめろノヴァ!」
ラベスタが珍しく声を荒げて叫んだ。

ノヴァはまるで、二足歩行の黒豹のような風貌になった。

「ほ〜う、異能者か。」ポナパルトが言った。

「へえ、これは強そうだな。」カインも少し驚いている様子だった。

「俺たちは王宮を襲撃してクーデターを起こそうとしたんだ。怪我人も多数出てるしな。どうせ全員処刑だろ?」ノヴァは野獣のように鋭い目つきで言った。

皆、ノヴァの変わり果てた姿に怯えている様子だった。

「未遂で終わってるし死者も出てねえ。改心するなら俺が恩赦を出してやってもいいぜ?」ロゼは優しくなだめるように言った。

「もう後戻りはできねえんだ。行く道行ってやるよ!!」ノヴァは完全に正気を失っていた。

ロゼの居城前では、サイゾー、エスタ、ジェシカ、モエーネが緊迫した様子で警備をしていた。

すると、ラーミアが外に出てきた。

「あわわ…ちょっとラーミアさん、危ないですよお…。」ラーミアの後を着いてきたアルファが、ラーミアの身を案じて言った。

「どうしたの?」ジェシカが聞いた。
「なんだか…嫌な胸騒ぎがするの。」
ラーミアは星空を眺めながら、不安そうな表情を浮かべて言った。

正門前では黒豹化して、我を失っている凶暴なノヴァとポナパルトが睨み合っている。

「せめて将帥の1人でも殺してやるぜ。」

「おもしれえ、こいや!久しぶりに楽しめそうだぜぇ!」ポナパルトはかなりハイテンションになっていた。

「やめろよノヴァ!」エンディが言った。
「ああなったノヴァを止めるのは難しい…。」ラベスタは真顔で言った。

「おいおい、どーなっちまうんだよこれ?」
ロゼは少し呆れているような口ぶりだった。


まさに一触即発の状態。

2人の強者がぶつかり合おうとした次の瞬間、城下町中に爆音の警報が鳴り響いた。

あまりのうるささにビックリして、エンディは耳を塞いでしまった。

空から無数の爆弾が降り注ぎ、城下町は瞬く間に火の海と化した。


一同、一斉に空を見上げると、円盤のような形をした巨大な黒鉄のかたまりが空を飛んでいた。

あまりの突然の出来事に、エンディは思考が停止してしまった。

「なんだ…あれ?」

「まじかよ…城下町の奴ら避難させといてよかったあ…。」ロゼはホッとしている様だった。

円盤は軍の演習場に着陸した。

バレラルクの戦士たちもノヴァファミリーの戦闘員たちも、激しく動揺していた。

ダルマインは今までにないくらいの激しさで体をガタガタ震わせていた。

「あああああ…あれは…旧ドアル軍だぁ…!あいつら、夜襲に来やがったんだぁ…!」
ダルマインがそう言うと、エンディはピクリと大きな反応をした。

「あいつらが来たのか…!」
エンディは身が引き締まる様な思いを抱きながら言った。




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