#探究学習がすき
「やめる」と「やる」。
二つの境界線がわからなくなるんです。
久しぶりに受けたレッスンで
わたしがやってしまっていることを
教えてもらったんですが、
そのやってしまっていることを
やめるために、
「なにもしなーい、なにもしなーい」と
思っているのですが、
思い続けていると、すぐに
あれ?これ、いま、
やろうとしているのかもしれない、と
そんな気がしてくるんです。
やめようとしているのに、
やろうとしてしまっているかも
どこでもない、ここ。
ここではないどこかへ、ではなく、
他でもない、ここ、にいること。
身体のこと、自分のことを知りたいと思うようになって
あれやこれやと調べたり実際に習いに行ったりしましたが、
もうほとんど全部と言っていいくらい、忘れました。
実感から言いますと、わたしにはいらない。
まだアレクサンダーの学校に通っている時
学校の先生に言われたことあるんですよ。
「いろいろあるけどアレクサンダーだけでいい」って
フィニッシュを決めない。
もしかしてそれってずっとなの?
「動きのきっかけ」と教えてもらっていたことの話です。
動きというか、思ったことというか
この辺はレッスンで体験してもらいたいんですが、
その「きっかけ」はずっと起こっているものなんじゃないか?
今までは動き出しの時に
その「きっかけ」があるといいんだな、
くらいに思っていたんですが、
どうやら違う。ずっとなんだなって。
動きは完了しない。
ずっと動いている途中