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繋がれ、どうか繋がれ! 誰もが固唾を飲む一瞬だった。繋がれと、それだけを念じていた。しかしボールは加藤の手には届かず、床に叩きつけられたボールが跳ね返って転がっていく。 頭が真っ白になった。誰もがその瞬間動けずにいた。 試合終了のホイッスルが鳴る。割れんばかりの歓声が広がる。ボールに手が届かなかった加藤が床を叩いた。 「あ……」 なんてひどい光景だろうと思った。 光広が金剛高校に入学して以来、試合という試合は負け知らずだった。校内の紅白戦では確かに負けて悔しい思い
ホイッスルが鳴る。七番は三度目のフローターサーブ。コースはしつこく皆川を狙っている。ここにきて心理的な攻撃でミスを誘おうという作戦なのだろう。 「若森ぃっ!」 三度目のサーブレシーブは、今度こそ完璧な軌道で光広に返った。 応えてくれた! 最高のボールが来た。ならば最高のトスを上げる! 光広がセットアップに入ると、コートの中の全員が助走し攻撃のためのテイクバックの体勢に入っていた。 シンクロ攻撃。体力的に続かないため、最初から最後まで使えない。それでも皆川を中心とし
そうだ余裕をなくすな。焦るような場面じゃない。まだまだこれからだろう? と自分に言い聞かせた。 ホイッスルが鳴る。大森は再びジャンピングフローターサーブを選んだ。コースは先ほどよりもずれて、ライト後衛側に向かう。後衛ミドルブロッカーが追い付き、アンダーハンドレシーブでボールを拾い上げた。それより前方に移動したセッターがバックトスでボールをあげると、ウィングスパイカーがCクイックで打ちぬいた。 金剛学園側はミドルブロッカーの高橋とウィングスパイカーの山内がブロックに飛んで
するとここでようやくチャージドタイムアウトだ。光広たちはベンチに戻った。 「富士先輩!」 「富士、大丈夫か?」 皆の視線はリベロの富士に向かう。先ほどの負傷した箇所を、ずっとタオルで押さえたままでろくに手当をしていない。 「んー、大丈……夫……じゃなさそうだけど、気合で今のところ大丈夫ってことにする」 タオルを放してその出血を確認すると、想像以上の出血あるようだ。切れた箇所が小さくても、頭部からの出血は意外に多くなることがある。 「ちゃんと手当しろよ。藤沢」 皆川も汗
高橋は三年の意地をかけてアンダーハンドレセプションの構えだ。そろえた両腕でしっかりと光広にボールを返してきた。 前衛ウィングスパイカー加藤とミドルブロッカー大森が、Aクイック・Bクイックのコンビネーションで交差するように跳んだ。 光広のトスは加藤がBクイックで捉え、ターンで打ちおろした。しかし東若松学園のリベロがボールに追いつきアンダーハンドレシーブで拾い、セッターへとつなぐ。 「!」 前衛のミドルブロッカーとウィングスパイカーがそれぞれ、Aクイック・Bクイックのコン
ローテーションが久しぶりに回る。次のサーブは皆川だ。オポジットの皆川が後衛に下がれば、必然的に光広が前衛に上がる。皆川ならバックアタックも打てる。だが皆川への警戒が高い分、使い辛いこともある。 光広は何気なくベンチを見た。富士は手当より試合を見たがっているようで、タオルで傷口を押さえているだけでろくに手当をさせない。隣にいるマネージャーの藤沢が、手を放して傷を見せろとでも言っているのだろうか? 煩わしそうに何かを言っている。 みんなこの試合の重要さをわかっている。勝つん
ホイッスルが鳴った。またしても相手四番はジャンプサーブを選択してきた。光広はボールを目で追いながら、セットポジションへと移動する。後衛ライトにいるリベロの富士が走る。ボールはラインの内側か外側かわからない、微妙な位置へと向かっていた。 連続でポイントを続けて入れられている。その流れを断ち切りたいという思いが、富士に火をつける。富士はワンハンドフライングレシーブに飛ぶ。あの威力あるボールを片手で返そうなんて無茶だ。 「若森ぃぃ!」 それでも富士がボールを拾う。諦めたりする
けれどそう思っているのは相手も同じだ。勝ちたいのは自分たちだけじゃない。この闘争心が心地よい。面白くてしかたなかった。 ポジションを戻す。ホイッスルが鳴る。高橋はボールを高くトスし、ジャンプサーブを打ち込んだ。 コースは相手コートレフト側。コースが乱れたようにも見えた。ライン際ぎりぎりで落ちたボールだが、ジャッジの判定はイン。 これで十四対十二。二点差がついた。 「この調子!」 二点差以上つけられない。二点の点差が開けば東若松は猛追して追い上げる。その流れを断ち切る
けれど皆川がオーバーハンドトスを上げていた。本来、皆川がトスを上げることはない。しかしボールの位置的に皆川が上げるしかなかった。 だがユース選手でもある皆川の天才的な才能はそこでも現れる。成り行き任せのトスではなく、完璧なタイミングと位置の調整をしてトスを送り出していた。 ミドルブロッカー大森がバックアタックに出る。 再度跳んだブロックを破ってボールはコートへ向かうが、向こうのリベロがいい動きをしている。丁寧にアンダーハンドレシーブでボールをセッターに返す。 向こう
元々光広は中学二年生まではウィングスパイカーだった。ジャンプサーブも打てる。 やって出来ない事もないが、オーバーの可能性を考えると確実にコートに届くサーブを選んでしまう。何せ光広はそう体格がいいわけではない。百八十センチをやっと超えられた程度だ。まだ伸びてはいるけれど、百九十センチを超せる気はしなかった。 平均的な高校生としては大柄でも、バレーボール選手としては、小柄な部類に入る。百九十七センチもある皆川のようなパワーあるサーブは打てない。確実に拾われるサーブか、多少威力
光広はボールを受け取った。何気なく会場を見回すと、自然に笑みがこぼれた。この熱気の中で強い相手と、強い仲間と共に戦う。興奮するなってほうが無理な話だった。 ボールを手の中で軽く回した。サーブは続く。ホイッスルが鳴ったのを合図に、ふっと短い息を吐いた。 もう一度ランニングジャンプフローターサーブを打つ。同じコースきっちりに。相手選手へのプレッシャーだ。先ほど落とした球をおまえは拾えるか? そうした挑発を含んでいる。仮に拾われたとしても、こちらの挑発の意図に気付いて腹を立て
武者震いというものがあるのだとすれば、それは今だ。楽しくて仕方ない。強いチームの前に立ちはだかるは、更に強いチーム。一瞬も気が抜けない試合。そんな最中にある。 交代したくないだろう。ずっとコートに立ち続けたいだろう。 けれどどこかを庇って無理をして試合を続けて、しばらく試合に出られなくなるほうが痛手だ。仮にインターハイで負けても、国体と春高バレーがある。更には大学へ進学してもバレーを続けるだろう。故障は選手生命にとって命とりだ。 「先輩、休憩っすよ。大丈夫、俺たちは次の
いくら金剛高校にユース選手がいても、それは所詮一人きり。レギュラー六人全員がユースなわけではない。バレーはチームスポーツだ。誰か一人が特出して強くても、勝ちあがれるスポーツではない。 「行けるか?」 「今ここでイクんですか?」 思わず真顔で冗談を言うと、再度頭をはたかれた。 「そういう意味じゃない! ったく、この馬鹿森は」 呆れと苦笑をない交ぜにした嘆きに、残る交代メンバーやマネージャーがこらえきれずに笑い出した。緊迫したラリーの瞬間が台無しになる。 「美山のミスが目立
「若森、楽しいか?」 ベンチに座っていた寺里監督が、光広の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。それまで試合を見守ってきた光広だったが、思わず視線を寺里に向ける。しかし寺里の視線はコートの中の選手に向けられていて、こちらを見ようともしない。 「うっす。楽しいっす」 光広はそう答えてコートの中に視線を戻した。 インターハイ決勝トーナメント四回戦目。敵は昨年の準優勝校・東若松学園。さすがにいい選手が揃っている強豪校で、すんなり勝たせてくれるような相手ではない。 第一セットは東若