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11 最初で最後の夏

 するとここでようやくチャージドタイムアウトだ。光広たちはベンチに戻った。
「富士先輩!」
「富士、大丈夫か?」
 皆の視線はリベロの富士に向かう。先ほどの負傷した箇所を、ずっとタオルで押さえたままでろくに手当をしていない。
「んー、大丈……夫……じゃなさそうだけど、気合で今のところ大丈夫ってことにする」
 タオルを放してその出血を確認すると、想像以上の出血あるようだ。切れた箇所が小さくても、頭部からの出血は意外に多くなることがある。
「ちゃんと手当しろよ。藤沢」
 皆川も汗を拭きながらマネージャーを見たが、富士はひらひらと手を振った。
「終わったら頼むよ。いいんだ、今は俺も試合に集中したいから。それより監督?」
 富士に言われて寺里は頷いた。寺里はぐるりと選手の顔を見回した。その表情は鋭い。
「おまえら飲まれてるんじゃねぇぞ? いいか、おまえたちの実力は本物だ。わかっているだろ? 現に点差は一点差だ。どちらが勝ってもおかしくない。だったら俺たちが勝ちに行くぞ」
 戦術的な指導はもう無意味なところにきている。ここから先、五点先取した方が勝つ。仮に二十四点台の時に並べばジュースだ。そこから先は二点差をつけたほうが勝つ。
「特に若森、皆川」
 名指しされて光広は思わず寺里を見た。監督はにっと白い歯を見せて顔をくしゃくしゃにして笑った。
「おまえら二人、いい度胸だ。思う存分やってこい」
 皆川は、キャプテンとして率いる最後の夏だ。そして光広はチームの一員として参加する最後の夏。
 後悔のないように、全力で戦えと背中を押してくれている。
「オッス!」
 応えるようにして笑うと、大森が光広の背中を軽く叩いた。
「行くぞ、若森」
「はい!」
 短い休憩を終えて、コートへ戻っていく。そうだ、焦るな。向こうが二十点台でも追い付けばいい。そして追い越せばいいだけだ。大丈夫、まだ焦るような場面ではない。
 思考を切り変えてコートを見つめる。最高のメンバーと共に戦うのだ。負ける気がしない。
 それぞれのポジションにつくと、ホイッスルが鳴る。東若松学園の六番、あの少し意地悪そうなセッターの番だ。
 乱れのない確実なフローターサーブは、光広に対する挑戦のような角度と位置に向かっていた。ライト前衛ぎりぎりだ。大森が拾っても決して光広へ繋ぐことが出来ない、そんな危ういコースだ。
「舐めんなっ!」
 オーバーハンドトスだけがトスではない。光広は無回転のどこへ飛ぶかわからないフローターサーブをアンダーハンドで対応しながらも、信じていた。
 皆川なら絶対に打てると。
 なぜなら光広がボールを受けたその時、皆川は誰よりも先にテイクバックのモーションに入っていた。それは皆川からの、「若森なら絶対に上げてくるだろ?」という無言の信頼の証でもあった。
 マイナステンポでのバックアタック。それもツーアタック。
 オポジット皆川の強烈なボールインパクト。
 金剛高校のチームの中で、皆川だけが咄嗟のツーアタックに対応できたように、東若松学園の前衛は誰もリードブロックに飛べない。咄嗟に止めなければという反応で七番のウィングスパイカーだけが反応を示したが、その手の間をすり抜けてボールはコートに叩きつけられた。
 追いついた。またしても捉えた。これで同点だ。二十対二十。
「っしゃぁぁ!」
 思わず拳を握りしめて叫んだ。皆川に駆け寄り勢いのままで抱きついた。
「キャプテン最高!」
「おう! ……でもいいから戻れ」
「了解!」
 これだ。この興奮があるからバレーボールは辞められない。
 ポジショナル・フォールトを取られる前に光広はポジションに戻る。次のサーブは金剛高校。ミドルブロッカーの大森だ。
 ホイッスルが鳴ると、大森はボールを高く上げた。長身でパワーヒッターでもある大森は、その分コントロールが苦手だ。そのためいつもならフローターサーブで確実に打ち込むことを選択するのだが、今はジャンピングフローターサーブを選んだようだ。
 大森が打ったボールは東若松学園ライト側。思わず光広は笑ってしまった。
 今のコースは先ほど光広が打たれたコースそのままだ。
 狙ってそのコースを選んだのだとしたら、大森も相当な挑発をしたものだと思う。
 これでこそ頼りになる先輩だ。
 前衛ウィングスパイカーが拾い上げるがライト側へとボールは跳んだ。セッターはここでワンタッチを取られまいと必死でボールに追いすがり、崩れた体制のままでなんとかオーバーハンドパスでトスを上げる。
 後衛ミドルブロッカーが跳躍するがトスコースが完全に乱れており、なんとか手が届いたというような体勢で打ちぬいた。
 結果ボールはネットにぶつかり越える事ができず、床へと叩きつけられる。
 金剛高校の連続得点となり、二十一対二十となった。
「大森先輩!」
 思わず大森と手を叩きあうと、大森はにっと笑った。
「アヘ顔ダブルピースまであと四点だぜ!」
「……オッス!」
「あ、何今の間は?」
 冗談を口にする大森がサービスエリアへと向かう。光広も笑いながらポジションに戻った。
 そうだ余裕をなくすな。焦るような場面じゃない。まだまだこれからだろう? と自分に言い聞かせた。

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