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04 最初で最後の夏

 光広はボールを受け取った。何気なく会場を見回すと、自然に笑みがこぼれた。この熱気の中で強い相手と、強い仲間と共に戦う。興奮するなってほうが無理な話だった。
 ボールを手の中で軽く回した。サーブは続く。ホイッスルが鳴ったのを合図に、ふっと短い息を吐いた。
 もう一度ランニングジャンプフローターサーブを打つ。同じコースきっちりに。相手選手へのプレッシャーだ。先ほど落とした球をおまえは拾えるか? そうした挑発を含んでいる。仮に拾われたとしても、こちらの挑発の意図に気付いて腹を立ててくれればいい。冷静さを見失ってくれればなおいい。これは勝負の駆け引きというものだ。
 正確に送り出されたランニングジャンプローターサーブ。レセプションフォーメーションは先程と変わらない。同じ相手に同じサーブが打ち込まれる。冷静な選手なら、落ち着いて拾ってつなげる。
 ただこの場面。光広は相手チームから見れば、開いていたはずの点差がゼロになった切欠を作った選手だ。それを意識して焦ってしまえばどうなるか?
 光広が放ったボールを、相手選手がアンダーハンドレシーブで受ける。けれども重心が少し高い位置で受けた。フローターサーブは無回転だからこそ予想外の方向へ進む。ボールはセッターには返らずに、ネットに引っかかり相手コートに落ちた。ホイッスルが鳴る。
「ナイスサーブ!」
 仲間からの声援に思わずにやりと笑った。
 これで九対八。逆転だ。さぁ、ここからガンガン攻めてやる。
 そう思ったらわくわくしてじっとしていられない。
 三度ランニングジャンプフローターサーブを打つが、今度は軌道がずれてしまった。ポジションに戻りながらボールの行方を目で追う。
 相手チームがボールをアンダーハンドレシーブで拾い上げる。今度はセッターにボールが返った。そう何度もミスをする程、心身ともに脆くはないということだ。寺里監督が注意した4番がBクイックで打ちこんできた。
 サーブが立て続けに二度決まったのが、こちらのチーム油断の元になったのかどうかはわからない。けれどこちらのブロックへの反応が遅かった。二枚跳んだブロックは完成前にボールがすり抜ける。
 しかしそこにすかさずリベロの富士が執念で滑り込む。落としてなるものかと床に滑り込み、かろうじて手の甲でボールを受けた。
 当然高さが足りない。その上ボールは光広へは戻ってこなかった。しかしミドルブロッカーの高橋が咄嗟にレシーブでボールをトスする。バレーボールは三打で返さなければならない。三打目となるボールは相手コートへ返すのがやっとか? と思われたトスだが、キャプテン皆川がそれでも跳んでいた。速さの無いトスだからこそ、確実に相手コートにたたき落とす。
 皆川がユースの一員であることが頷ける反応だった。どんなボールであろうとも、わずかでもチャンスがあれば攻撃に転じる。相手に合わせる事も、自分に合わせさせることもする天性のスパイカー、チーム一の点取り屋だ。
 ブロックが三枚ついてもなんのその。皆川のスパイクは強烈だ。タイミングが完璧なキルブロックでもなければ、押し返すことが難しい。そう頭に入れて、皆川の力を逆に利用してブロックアウトを狙ってくると、途端に皆川は威力を押さえる。咄嗟の切り替えが非常にうまい選手だった。
 皆川のスパイクが相手コートに決まる。ホイッスル。得点はこれで十対八。連続ポイントだ。すると今度は相手側がチャージドタイムアウトを取った。こちらの流れを断ち切らせ、向こうの選手を立ち直らせるためのタイムアウトだろう。
 ベンチに戻ってさっと汗を拭く。寺里からの交代の声がない。やはりこのまま美山を下がらせる決心をつけたのだろう。
「その調子だ。油断せずに攻めろ。4番のクイックは引き続き警戒。次のローテーションで向こうは5番が若森と同じランニングジャンプフローターサーブで来るぞ。これは要注意だ」
 寺里の注意に頷いた。そして光広はコートを見た。
 モッパーがコートを駆け廻り、モップ掛けをしている。割れんばかりの歓声が飛び交う。他の試合も同時に行われているため、会場は満員となっていた。
 これがインターハイだ。
 この場所で戦いたい奴がいた。中学の頃に一度見かけただけのウイングスパイカー。同じ年だからこその敵愾心だ。倒したいと思った。そいつがこの場所にいない。
 中学選抜の合宿に呼ばれるくらいの実力ある選手だ。もちろん金剛高校のキャプテン皆川と比べると雲泥の差だ。皆川の強さは超高校級。だから悔しさよりも憧れが勝る。
 あいつとここで戦いたかったなぁと思う。お互いに強いチームの一員で、決勝で戦えたなら最高だったのにと。
 光広が転校した先に、そいつがいる。金剛高校を去る無念さは、そいつとの再会でチャラにしようと思っていた。
「話を聞いているのか馬鹿森!」
 皆川に肩を叩かれた。皆川からすると呆けていたように見えたらしい。
「あ、はい。聞いています。ただもう楽しくって。早くコートに戻りたいなぁと」
「やれやれ、とんだ大物だな、おまえは。心経が図太すぎる」
 そう言いながらもそれを頼もしく思ってくれているのだろう。言っている皆川もにやりと笑っている。
「さっきはチンコがタってるとか言ったしな」
 マネージャーの藤沢が選手からタオルを受け取りながら快活に笑った。その発言を知らなかった選手たちの視線が光広の股間に集まる。
 すかさず大森がわざとらしく驚いたような表情を作った。
「だからタってないっす! 興奮してるって例えですよ!」
「やだ、若様のここ暴れん坊将軍になってる……」
 両手を頬に沿えて、敢えて大森がふざけると光広はがっくりとうなだれた。
「大森先輩……止めてくださいよ」
「元はと言えばおまえの発言のせいだろうが大馬鹿森。そら、行って来い!」
 チャージドタイムアウトの終了だ。寺里監督に手を叩かれてコートに送り出された。
 もう一度、光広のサーブだ。もう一点くらい取れたらいいが、そろそろ向こうもサーブの感覚に慣れてきた頃かもしれない。

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