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03 最初で最後の夏

 武者震いというものがあるのだとすれば、それは今だ。楽しくて仕方ない。強いチームの前に立ちはだかるは、更に強いチーム。一瞬も気が抜けない試合。そんな最中にある。
 交代したくないだろう。ずっとコートに立ち続けたいだろう。
 けれどどこかを庇って無理をして試合を続けて、しばらく試合に出られなくなるほうが痛手だ。仮にインターハイで負けても、国体と春高バレーがある。更には大学へ進学してもバレーを続けるだろう。故障は選手生命にとって命とりだ。
「先輩、休憩っすよ。大丈夫、俺たちは次の試合もあるんですよ? ちょっと休んで下さい」
 にっと笑いかけると、美山の曇りがちの表情に明るさが差した。
「おう。そうだな。頼むぜ、若森」
「おっす」
 自然に手を差し向けて叩きあう。光広は白い歯を見せて笑った。
「頭リセットしろ。焦るな。この試合勝てるぞ。ただしつまらないミスをしなければ、だ。東若松が強いのは百も承知だ。だが去年のチームと違う。準優勝できるレベルは去年の話しだ。今年は俺たち金剛高校が優勝をかっさらう番だ。向こうの7番、フローターサーブに注意。それから向こうの4番のBクイックに注意しろ」
「はい!」
 選手全員が声を合わせる。タオルでさっと汗を拭いてベンチに戻す。ふと光広は観客席を見た。
 このコートに立ちたかった二軍と補欠選手が声を張り上げて応援してくれている。普段の自分たちはライバルだ。常に一軍の座を狙って戦っている。けれどいざ試合となると、ライバルである部員は仲間になる。
 楽しい時も辛い時も、切磋琢磨してきた仲間たちの応援は心強い。
 特に二年のセッター前島は、光広にインターハイへの切符を奪われた形になる。悔しかっただろう。一年生にレギュラーの座を奪われたのだから。
 だからこそ光広は拳を掲げた。前島の分も戦うという思いを込めて。
 その前島と視線が合った。前島の口が動いている。何を言っているのかはわからない。歓声にその声はかき消されてしまったから。けれど力強い瞳が、「負けたら承知しない」と雄弁に物語っている。
「行ってくるっすよ!」
 選手交代を知らせてコートに入る。知らずに笑みがこぼれた。
「ニヤニヤするな、馬鹿森」
 キャプテン皆川に注意される。余計に楽しくなってきた。相手コートを見てニヤリと笑いながら、サインを出す。
「にやけるなって方が無理でしょ、キャプテン」
 光広はそう言って笑った。
 ホイッスルが鳴る。寺里が注意しろといった七番だ。フローターサーブは無回転で落ちてくる。軌道が読みにくく拾ったボールは予想外の場所に飛ぶこともある。予想通り七番はフローターサーブを打ってきた。
 光広はセッターポジションへ移動する。リベロ富士が渾身の力で拾い上げた。上げられたボールは若干高いけれど、それは想定済みだ。光広はジャンプトスに入る。
 皆川がレフト位置で跳躍している。ブロッカーが皆川に打たせまいと跳んでいた。知らず光広は口角を吊り上げた。
 光広は左手でボールを打った。ツーアタック。トスを上げずにそのまま二打目で打ち出す攻撃だ。ブロックは完全に皆川に飛んでいたために、がら空きだった。光広が打ったボールが床を叩いた後に、東若松学園のリベロが滑り込んだ。
 これで七対八。一歩追いついた。
「若森! ナーイス!」
 大森が抱き着いてきた。他にも山内や皆川に肩を叩かれる。
「でかした、若森! よく見ていたな」
「キャプテンのおかげです!」
 全国ユース名は伊達ではない。皆川を知らないバレー部員はいない。皆川を警戒するあまりに、他のガードが緩くなることがある。どうしても皆川に意識が傾く。おかげでブロックが抜けやすくなることがあった。
「いや、咄嗟に左で打てるからこそ成功したツーアタックだよ」
 元々光広は右利きだ。特に左利きではない。
 ただ全日本男子の選手に両利きのセッターがいて憧れた。全国放送の試合を見ていて、ツーアタックを決めるのを見て、格好いい! と感激したのだ。単純だが、自分もそうなりたいと思ったわけだ。
 それからツーアタックのための左打ちの練習をはじめた。単純な動機だったが、強打はいまいちコントロールが悪いが、普通に打つ場合は威力があまりなくとも、それでもターンもクロスも打ち分けができるようになって攻撃の幅が広がった。
 逆転はこれからだ。
 サーブはこちらから始まる。それも丁度光広からだ。気合が入る。前衛に皆川が配置されるのだから心強い。
「目には目を歯には歯を」
 ボールを床に二・三度叩きつける。ホイッスルが鳴った。
 光広はボールを高く掲げトスをして走り出す。同じくフローターサーブを打ち返すのだとしても、光広はランニングジャンプフローターサーブで攻撃する。
 エンドラインぎりぎりから、更に斜めに走ってきてボールをトスする。左足で踏み切り跳躍。ボールの真を捉えて思い切り打ち出す。
 それでなくともフローターサーブは軌道の変化が起こりやすい。その上にジャンプフローターサーブよりもランニングジャンプフローターサーブのほうが、より勢いがあり早い。
 ボールは相手コートへ飛んで行く。
 東若松のレセプションフォーメーションはスプリット。丁度Wのような形で選手がボールを受ける。この型は攻撃へ転じやすい。
 光広が打ったランニングジャンプフローターサーブを、アンダーハンドレシーブで受ける。しかし予想外の方向、相手コートライト外側へボールは飛んで行く。
 ボールをつなげようと追いすがるが、ボールはベンチの中に飛んだ。これでワンタッチを取れる。光広は軽く拳を握りしめた。
「よしっ」
 思わずそう呟いてしまう。点数が追いついた。八対八。
 これだからバレーは辞められない。とりあえず点数を入れて、あとは制限時間内を逃げまくれば勝てる他の球技とは違う。
 もしもラリーが続けば、延々と打ち合いが続く。
 決められた得点を入れなければならない。決められた点数差をつけなければならない。ボールに触っていい回数まで決まっている。仲間の信頼がなければ到底続かない。
 こんなスポーツが楽しくないわけがない。
 光広は楽しくて目を輝かせてコートを見渡した。コートで振り返る先輩たちに力強く頷いて見せた。

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