見出し画像

12 最初で最後の夏

 そうだ余裕をなくすな。焦るような場面じゃない。まだまだこれからだろう? と自分に言い聞かせた。
 ホイッスルが鳴る。大森は再びジャンピングフローターサーブを選んだ。コースは先ほどよりもずれて、ライト後衛側に向かう。後衛ミドルブロッカーが追い付き、アンダーハンドレシーブでボールを拾い上げた。それより前方に移動したセッターがバックトスでボールをあげると、ウィングスパイカーがCクイックで打ちぬいた。
 金剛学園側はミドルブロッカーの高橋とウィングスパイカーの山内がブロックに飛んでいたが、ボールはソフトキルにはならず、勢いよくレフト側へとボールは弾かれた。
 折角ついた点差は、ワンタッチを取られまたしても同点となり、二十一対二十一になる。
「はぁぁ……」
 思考を切り変えなければ。
 ここから先は冷静に、ただひたすら冷静にならなければと光広は自分に言い聞かせていた。しかしそう思えば思う程に、焦燥感に駆られる。居ても立っても居られない気分だ。
 凄まじいプレッシャーだった。逃げ出してしまいたい程、自分たちのプレーには責任があるのだと思う。
 このコートに立ちたかった二軍・補欠の仲間たちは、歯がゆい思いで観客席から声を振り絞って叫んで応援してくれている。
 このインターハイの舞台で、自分たちと戦って負けたチームは、負けたからこそ中途半端なところで終わって欲しくないと思うだろう。
 自分だけのプレーではいけない。
 そのプレッシャーが、あと四点で勝敗を分かつと意識した途端に襲い来る。
 逃げ出したい。けれど楽しくて仕方ない。恐ろしくて仕方ない。ぞくぞくする。
 ホイッスルが鳴る。東若松学園七番のフローターサーブ。当たり外れのあるサーブより、確実に入るボールを選んできた。
 サーブは後衛側に向かう。ポジション的にお見合いになるよりはと思ったのか、皆川がボールをアンダーハンドで拾い上げた。
「あっ!」
 しかしボールは光広に返らなかった。乱れたボールは同じく後衛の加藤に向かう。普段はトスを上げる事のない加藤は、光広が緊張していたように、同じように緊張していたのだろう。
 とにかくセッターにボールを返さねばと思っていたのか、二打目のボールを光広へとトスしたのだ。
「っ!」
 チャンスを無駄にするな。光広だって元はウィングスパイカーだ。打てないコースではない!
 光広は助走しテイクバック。ボールのタイミングは若干早いが手は届く。
「!」
 しかしそのコースが読まれていた。完全にブロックにつかまり、ボールは自軍コートの中へと返ってくる。
 落とせない、その焦りがミスを読んだ。前衛の山内と高橋がお見合いをした結果、ボールはコートの中央に落ちた。
 二十一対二十二。最悪のリードを許すことになる。
 これ以上の点差は許されない。
 ピリピリとした緊張感が伝播する金剛高校側のコートと、勝利への一手が見えてきた東若松学園のコート。
 緊張のあまり吐きそうだと光広は思いながら、コートを睨みつけた。
 終盤にして乱れのないサーブを打ってくる。向こうだって体力的にもぎりぎりだろう。それでもそれが可能だというチームの完成度に嫉妬すると共に、こうした相手と戦えることが嬉しくて仕方ない。
 相反する感情と感覚。これはきっとインターハイじゃないと味わえない、独特な空気なのだと思う。
 ホイッスルが鳴る。再び七番はフローターサーブを打ってきた。しかも狙いは皆川だ。本来オポジットの皆川は、守備に加わることはないのだが、決してレセプションが下手なわけではない。しかし長身であることから、リベロに比べると処理が甘い。
 二度も同じミスを続けるものか。そうした気迫が感じられる。皆川はしっかりとボールを捉えて光広へとボールを返した。
「くそっ!」
 しかしボールは確かに光広へと戻ってきているが、高さが足りない。しかしアンダーハンドで受ければトスにしては高く上がり過ぎ、きっとチャンスボールになって相手コートに返ることになる。
 それは阻止したかった。
 後ろに倒れ込むようにジャンプしながら、無理やりオープントスの形でボールをセットアップした。
 どうかこのボールを繋いで欲しい、そんな願いを込めた変則的なトスを上げると、それに応えるように山内がライト側から飛んでいた。
 ボールを思い切り打ちおろす。
 しかしそのボールはネットに阻まれて、自軍コートへと落ちた。
「あ……」
 二十一対二十三。最も恐れていた点差だ。次の一点を東若松学園が奪えば、マッチポイントを迎えることになる。それを阻止するには一点差、もしくは同点にならなければ負けてしまう。
「くそっ……」
 あんなトスをあげなければ!
 チャンスボールを返すことになっても、ブロックで落とすこともできたし、こちらのチャンスにつなげることができたんじゃないのか? そう思ったら、居た堪れない後悔が責めてきて、手が震えそうになる。
「ワカ」
「!」
「大丈夫だ。先輩たちを信じなさい」
 加藤がにやりと笑った。諦めてなんかいない。力強い眼差しだった。
 このコートに立っている一年生は光広だけだった。他はすべて三年生。
 この夏最後のプレーになるのは同じである、三年生たちが一緒に戦ってきている。光広よりも経験が豊富で、去年もインターハイへ出場したことのある先輩たちだ。
「……はいっ!」
 自分一人でここまで来られたわけじゃない。
 自分だけで来られるわけがない。チームの力でここまで来た。まだ負けてはいない。それを信じるのがチームだ。
 心が揺らぐ。それはきっと自分に経験が足りないからだ。けれどそのたびに先輩たちを信じよう。頼って、信じて、そして共に戦うのだとそう思えたら、気持ちが少しだけ楽になった。
 信じる。だからこそ光広は再度サインを出した。
 大丈夫、先輩たちなら応えてくれると信じているから。

11><13

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?