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05 最初で最後の夏

 元々光広は中学二年生まではウィングスパイカーだった。ジャンプサーブも打てる。
 やって出来ない事もないが、オーバーの可能性を考えると確実にコートに届くサーブを選んでしまう。何せ光広はそう体格がいいわけではない。百八十センチをやっと超えられた程度だ。まだ伸びてはいるけれど、百九十センチを超せる気はしなかった。
平均的な高校生としては大柄でも、バレーボール選手としては、小柄な部類に入る。百九十七センチもある皆川のようなパワーあるサーブは打てない。確実に拾われるサーブか、多少威力はあってもオーバーする可能性が高いとわかっているサーブなら、マンネリであろうとランニングジャンプフローターサーブを打ってしまう。軌道こそ読まれても手元で変化するボールの方が拾いにくい。
 ホイッスルが鳴る。ボールをトスして走り出す。そして相手コートへ送り出した。少し軌道がずれたと自分でも思ったくらいなので、相手も様子を見ている。
 ホイッスル。ラインの外にボールが落ちた。十対九。再び点差は一点まで詰め寄られる。
「そう何度も決まらないか」
 サーブが入れ替えになる。今度は向こうの番だ。こちらがレセプションフォーメーションに入る。
 ミスを引きずっていては次のミスを生み出すことにつながる。光広は思考を切り変えることにした。
 向こうがジャンピングサーブで打ってきた。セッターである光広はレセプションには参加しないためにポジションへ移動する。
「!」
 どれ程の威力があるサーブを打ってきたというのか。リベロの富士がアンダーハンドレシーブで受けるが、ひっくり返っている。すかさずそのボールに追い付いたのに、力負けしてしまった。ボールは跳ね返り、拾える状態ではない、
 これで十対十。またしても同点だ。
「ふっ……ははは……」
 楽しい。たまらなく楽しい。ぞくぞくする。これが実力あるチーム同士の試合だ。中学の時には見られなかった光景だ。
「ちょっと若森、イっちゃったとか言わないよな?」
 ミドルブロッカーの大森がからかうように言ってきた。まだあのネタは引きずられるらしい。大森だったらまぁいいかと思い、光広も更に軽口を叩いた。
「もうアヘ顔ダブルピース決めそうです」
「マジで?」
 お互いに冗談とわかっているが、この試合の状況下で言うことでもない。でもたまらなく興奮していることだけは本当だった。
「試合に勝ったら決めますよ」
「言ったな? じゃぁ二人でアヘ顔ダブルピースを決めようぜ」
 こういう悪乗りの感覚が合うので、まとめて大馬鹿森と言われるのだ。楽しい先輩と出会えてよかったと思う。
 相手チームのサーブから始まる。こちらはポジションにつく。
 ボールを床に二・三度叩きつけると、ジャンプサーブを打ってきた。光広はセッターポジションへと移動する。ブロックにミドルブロッカーの高橋とウィングスパイカーの山内が跳んだ。ボールは高橋の指先にあたり、威力を削られてそれでもなおコートに後方へ向かった。リベロの富士がアンダーハンドできっちりと拾い上げる。
 光広は笑っていた。楽しくて仕方ない。
 ボールが自分の方向へ飛んでくる。光広は跳躍した。レフトからは後衛のオポジット皆川と前衛のミドルブロッカー高橋、そしてウィングスパイカーの山内がそれぞれの軌道で跳躍しようとしている。
 今なら強い攻撃で攻めたい。そう相手は読んでくる。それならば皆川にトスを上げるのではないか? と思うだろう。
 けれど光広はそれを囮にしてバックトスを上げる。
 後衛から走り出していたミドルブロッカー大森が、バックアタックで打ちおろした。最高到達点で打ちぬかれたボールは、ラインぎりぎりのところで落ちる。
「よっしゃ!」
「ナイスアタック!」
 集まり背中を叩く。皆川がにやりと笑った。
「ナイス大馬鹿森」
 光広は大森と一緒にハイタッチをして喜びを分かち合う。
 これまで転校続きで光広が欲してもなかなか手にいれられなかった、チームの結束を感じられるから、その呼ばれ方は案外気に入っていた。
「ガンガン行きましょう!」
 これで点数は十一対十だ。光広は自分に気合を入れる。
 反則を取られる前にポジションを戻す。リベロの富士がコートから下がり、前衛にウィングスパイカーの加藤が戻ってきた。サーブはこちらから始まる。ウィングスパイカーの山内のサーブだ。
 ホイッスルが鳴る。ボールを高くトスして走り出し跳躍。ジャンプサーブだ。だがトスが少し乱れ、姿勢が流れる。それでもぎこちなく打った結果、ネットに引っかかり自軍コートにボールは落ちた。
 これで十一対十一。再び同点。なかなか点差が突き放せない。
「悪い」
「どんまい」
 元々ジャンプサーブはフローターサーブより威力があってもミスも生みやすい。ネットに引っかかることはよくある光景だ。
 ローテーションが変わる。寺里監督が注意しろといった五番がサーブだ。ジャンピングフローターサーブを打ってくる選手だ。
 ホイッスルが鳴る。光広はセッターポジションへ移動する。打ち込まれるジャンピングフローターサーブ。大森がボールを拾い上げた。しかしコースが乱れ光広の元へボールが返らない。途中で戻ってきたばかりの加藤が、レフトぎりぎりの場所でオーバーハンドトスを上げる。
皆川がAクイックの囮に飛んだ真横で、ミドルブロッカーの高橋が跳んでスパイクを打ちおろす。しかし相手のチームのブロックが二枚ついていて、タイミングが完璧に合っていた。
「くそっ!」
ワンタッチ取られてなるものか! という執念で光広はワンハンドレシーブに飛んだ。何とか拾い上げることに成功する。けれど一打目を光広が拾うとトスができない。

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