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13 最初で最後の夏

 ホイッスルが鳴る。七番は三度目のフローターサーブ。コースはしつこく皆川を狙っている。ここにきて心理的な攻撃でミスを誘おうという作戦なのだろう。
「若森ぃっ!」
 三度目のサーブレシーブは、今度こそ完璧な軌道で光広に返った。
 応えてくれた!
 最高のボールが来た。ならば最高のトスを上げる!
 光広がセットアップに入ると、コートの中の全員が助走し攻撃のためのテイクバックの体勢に入っていた。
 シンクロ攻撃。体力的に続かないため、最初から最後まで使えない。それでも皆川を中心とした、ファーストテンポに力を入れたチームだからこそ機能する攻撃パターンは、他の高校が簡単にはマネできない。
 敵ブロッカーは誰が跳ぶのかわからない状況だろう。こちらのチームは誰であっても攻撃できる体勢なのだから。
 光広はバックトスを選択した。そしてトスを上げた光広の目の前を、アタックラインぎりぎりで跳躍し、腕を振り下ろしたフォロースルーの体勢の大森が過ぎていく。
 ボールはターンで打ちぬかれていた。それでもブロックをしようと跳んだが、勢いあるバックアタックをソフトキルにすることもできず、ボールは大きく弧を描きレフト方向へ飛んで行く。
 追いすがるように走るが、間に合わず、ボールは床に叩きつけられた。
「よしっ!」
 拳を握りしめ大森が叫ぶ。大森が笑いかけてくれたのだが、光広は目を閉じ、静かに深呼吸をした。
 焦るなと自分に言い聞かせる。
「……」
 二十二対二十三。一点差だ。まだ負けてはいない。まだ終わってはいない。
 ローテーションが動く。光広のサーブだ。ボールを受け取り二・三度叩きつける。
 どこへ打つ? どこがいい?
 確実に同点に戻したい。相手が次に得点するとマッチポイントだ。負けたくない。勝ちたい。金剛高校で過ごす最初で最後のインターハイを、最高の思い出にしたい。
 ホイッスルが鳴る。
 ボールを放り上げる。ジャンピングフローターサーブ。踏み切り思い切りボールを叩きだす。
「!」
 だが勝ちたいという焦りがミスを呼んだ。光広が打ったボールは相手コートには届かなかった。ネットに当たったそれは無常にも跳ね返り自コートに転がった。
「あっ……す、すみません! 俺……」
 血の気が引く思いだった。得点はこれで二十二対二十四。光広のミスにより東若松学園はマッチポイントを迎えてしまった。
 ネットの向こうでは勝利の予感を先に掴んだ東若松チームが笑顔を覗かせ、さぁ、次の攻撃で確実にしようと喜び合っている姿が目についた。
「すみません!」
 泣きだしそうな気分になる。申し訳なくて、土下座をしたい程だった。
「おいおい若森。まだ終わっちゃいねぇぞ? 次に得点すればいいんだよ。な?」
 ぽんぽんと大森が光広の肩を叩いた。
 普段一緒に悪ふざけをしても、ここぞというところで頼りになる先輩になる。光広は喘ぐように息を吸い込んで頷いた。
 まだ終わっちゃいない。
 ホイッスルが鳴ると、東若松学園の三番がジャンピングサーブを打ち込んできた。サーブを失敗し動揺を隠せない光広を狙って打ちこんできている。
「任せろ!」
 大森がフライングレシーブでボールをあげた。確実に繋ぐ。最高のトスを上げて見せる。そういう強い気持ちで光広はトスを上げた。
「先輩!」
 高橋と皆川がBクイックのコンビネーションで跳躍する。金剛高校絶対エースの皆川がターンで打ち込んだ。
 だがマッチポイントを迎えた東若松学園もここで追いつかれるわけにはいかなかった。最後の苦しい局面で皆川が打ってくることを警戒していたのだろう。タイミングを合わせて飛んでいた。
 しかしブロックに阻まれることは百も承知だ。ならばソフトキルにできない程の威力で打ち込む。それが可能な技術と体力が皆川にはある。
 ボールはブロックに合いながらも押し込まれる。しかしそのカバーに東若松学園のチームメイトも動いていた。執念のワンハンドのフライングレシーブ。必死に食らいついたボールは確実にセッターに返る。
 そしてセッターは苦しい局面だからこそ、勝負に出た。ブロックに飛んだ直後のエースにトスを上げたのだ。
 ならば!
 そのタイミングに合わせ、皆川もブロックに飛ぶ。
 これを決めさせるわけにはいかない。ここで追いすがり、ジュースに持ち込めば、二点先取した方が勝ちのゲームへ持ちこめる。
 打ち込まれたストレートのCクイック。皆川の手は確かにボールに触れて止めようとしていた。
 だがボールは跳ね返る。後衛の加藤がカバーに走った。落としたら負けだ。
 繋がれ、どうか繋がれ!

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