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08 最初で最後の夏

 ホイッスルが鳴った。またしても相手四番はジャンプサーブを選択してきた。光広はボールを目で追いながら、セットポジションへと移動する。後衛ライトにいるリベロの富士が走る。ボールはラインの内側か外側かわからない、微妙な位置へと向かっていた。
 連続でポイントを続けて入れられている。その流れを断ち切りたいという思いが、富士に火をつける。富士はワンハンドフライングレシーブに飛ぶ。あの威力あるボールを片手で返そうなんて無茶だ。
「若森ぃぃ!」
 それでも富士がボールを拾う。諦めたりするものかという、気迫がこもった動きだった。しかしレシーブが乱れたボールでは当然トスも乱れる。ボールの軌道があまりにも低すぎた。
「っ!」
 オーバーハンドトスを諦めて、アンダーハンドで光広は強引にボールを上げた。ボールの状態によっては、リベロがアンダーハンドでトスを上げる。セッターの光広に出来ないわけがない。
 しかし完全に乱れたコースであるにも関わらず、皆川はそれでもボールを打っていた。コートに返せないボールならば、相手ブロックを逆手に取った一撃を打ち込む。わざと相手のブロックの手に当てて、ワンタッチを取るためにネットぎりぎりの低めの強打だ。
 皆川の狙い通りにブロックが飛ぶ。だが狙ったワンタッチどころか、相手のブロックの読みが正確だった。こちらにボールが返ってくる。
 だがこちらもボールをよく見ていた。ウィングスパイカーの加藤が、最初からそこにボールが来ると予測していたと言わんばかりに、落ち着いた動作でボールを拾い上げていた。
「若森!」
ボールは光広に戻ってくる。頼れる先輩たちのファインプレーを前にして、気が高ぶってしょうがない。楽しくて仕方ない。自然に笑っていた。光広は加藤が上げたボールをレフト側へオープントスを上げる。
 ミドルブロッカー大森はそれに応えて、勢いのあるスパイクを打ちおろした。
 しかし相手も大森に対して一騎打ちに出た。一人でブロックに飛ぶ。フォワード・スイング、振り下ろされた腕は戻せない。渾身の力を込めて打ちぬいたボールは、だからこそ正確に読みきった相手ブロッカーに跳ね返される。
 落ちてくるボールに山内が反応するも、ボールのほうが先に床に叩きつけられていた。
 得点はここでついに同点となり、十五対十五となった。
「あぁ、もう悔しいなぁ……」
 でも楽しくて仕方なかった。こんな緊張感あふれる試合を光広はかつて体験したことがない。一進一退の攻防がこんなに刺激的な物だと思わなかった。
「富士!」
 ポジションを戻そうと歩いていた光広は、皆川のただならぬ声に気付いて振り返った。
「富士先輩!」
 ワンハンドフライングレシーブに跳んだ富士は、そのまま勢いよく同時に行われている四回戦目の別試合の控えベンチに、頭から突っ込んでいた。そしてそのベンチに頭をぶつけたのだろう。出血し、顔半分が血まみれになっていた。
「ヤバイ、これ……」
 ベンチを振り返ると、監督はタイムを取らなかった。代わりに下がったばかりの高橋が戻った。富士はリベロであるために、後衛にいる場合はいつであっても交代できる。リベロと交代した選手はどのタイミングであってもプレー中以外ならば戻れる。
「富士、ベンチ!」
「すみません、俺……」
「いいから手当しろ! マネージャー!」
 高橋と富士が入れ違う。チームにも嫌な空気が伝わり始めた。
 富士と高橋が入れ替わるだけで、ディグの割合が変わる。ミドルブロッカーの高橋は、長身だからこそ、ディグが弱い。
「気を散らすな! ポジショナル・フォールト取られるぞ!」
 皆川の叱責にはっとする。そうだタイムは取っていない。このままでは反則を適用され、ポイントが向こうに入る。
 全員が元のポジションに戻る。試合はこのまま続行する。富士のことは気になるが、今は目の前の試合に集中しなければならないのだ。
 ホイッスルが鳴る。再び四番のジャンプサーブ。光広は目でボールを追いながらライトへと移動する。センター後衛の山内がボールをアンダーハンドレシーブで拾いあげる。相当の威力があるのだろう。体勢が崩れて高橋がいるライト後衛へと飛ぶ。落としたら相手の得点になるので落とせない。
 しかしコースは今しがた富士が怪我をした方向で一緒だった。
「高橋先輩!」
 高橋は同じようにワンハンドフライングレシーブでボールをあげた。しかしこれではつなげない。打つにはコースが低くて不適切過ぎる。
「っくしょうっ!」
 光広はボールを相手コースに返すことしかできなかった。一方、チャンスボールとなった東若松学園はボールが丁寧に拾われてセッターに返る。
「先輩!」
 光広はセッターなのでディグには参加しない。セッターは二打目のボールでトスを上げるからだ。
 相手はどちらが打つのか読みきらせない、コンビネーションでBクイックを選択した。そしてターンで打つ。
 皆川と加藤と大森の三人がブロックに飛んだのに、タイミングが間に合わずボールは床に叩きつけられた。
 得点はまたしても逆転を許し、十五対十六となった。
 完全に嫌な流れが出来上がってきていた。連続の失点も動揺を誘うが、仲間の負傷はもっと精神的に焦る。
 富士の状態は大丈夫なのだろうか? そう思ってもベンチを見るわけにはいかないとわかっている。だからこそ余計にもどかしい。視界の片隅でマネージャー藤野がタオルを渡し、それで押さえているだけだ。ベンチにいても、もうコートには戻らない。金剛高校が正式に登録したリベロは富士しかいなかった。
 ホイッスルが鳴る。またしても四番からのジャンプサーブ。なんとしてでも止めたいと思う。この流れはどこかで断ち切らねば、動揺が更に大きくなる、そんな予感がしていた。
 光広はライト側へ移動する。ボールはセンター後衛山内のいる場所へと向かった。
「っらぁ!」
 重心を低くし、完璧にボールをレシーブする。確実に光広に返るコースだ。
 ウィングスパイカーの加藤と、オポジットの皆川がコンビネーションで飛ぶ。
 けれど最初から決めていた。ここぞというところでチームを引っ張るのはやはりエースだと。
 光広があげたトスは皆川へのCクイック。そしてそれが当然だと最初からわかっていたとばかりの、最高のタイミングで放たれるボール・インパクト。強打でくると読んで、三枚のブロックが付くが、皆川は最初からフェイントを打つ予定だったと言わんばかりにコースを変えて、勢いを弱めた。
 ボールは驚く程弱く、トンと床に落ちた。この直前の打ち分けは超一流の選手だからこそ出来ることだった。
「先輩最高!」
「おう」
 口元に微かな笑みを浮かべはしたが、皆川の闘志が表情に表れ、コートを見つめる目は厳しい。
 一度は許したリードだが、ここでようやく十六対十六の同点に戻すことができた。

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