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06 最初で最後の夏

 けれど皆川がオーバーハンドトスを上げていた。本来、皆川がトスを上げることはない。しかしボールの位置的に皆川が上げるしかなかった。
 だがユース選手でもある皆川の天才的な才能はそこでも現れる。成り行き任せのトスではなく、完璧なタイミングと位置の調整をしてトスを送り出していた。
 ミドルブロッカー大森がバックアタックに出る。
 再度跳んだブロックを破ってボールはコートへ向かうが、向こうのリベロがいい動きをしている。丁寧にアンダーハンドレシーブでボールをセッターに返す。
 向こうの前衛が一斉に動き出した。Aクイック、Bクイックの両方のモーションだ。ブロックの的を絞らせないコンビネーション。
 光広たちもブロックに飛ぶ。Bクイックを囮にしたAクイックをクロスで打つ。ボールには手が届いたが、指先をかするだけでディグが間に合わない。
 ウィングスパイカーの加藤が走ったけれど、ボールはすでにコートの中に叩きつけられた後だった。
 これで十一対十二。再びリードを許してしまった。
 光広は大きく息を吐いた。
「くぅ、たまんねぇなぁ」
 思わず出た本音だ。簡単に勝たせてくれるような相手と試合をしても面白くはない。勝ちたいと願い、勝つために全力を注いでも、簡単に勝たせてくれないばかりか、こちらが負けそうになる。そんなギリギリの試合が出来る強い相手だからこそ、たまらなく面白いのだ。ポジションに戻ろうとしていると、皆川がすれ違いざまに光広の頭をくしゃくしゃに撫でた。振り返ったが、皆川はもう相手コートを睨みつけている。
 特に深い意味はないのだろう。光広は小さく苦笑した。
 頭を切り変えよう。焦ることはない。まだ結果は出ていない。勝負はここからだ。光広は自分にそう言い聞かせた。
 試合に対する集中力を切らした方が負けだ。だったら光広は誰よりも集中していられる自信がある。
 光広にとって、もしかしたらこれが最初で最後のインターハイかもしれない。
 次に転校する先は無名校だ。インターハイどころか、インターハイへの予選すら勝ち進めない学校かもしれない。どれだけ光広が頑張っても、チーム全体の力がないと上へは勝ち進めない。
 金剛校は常勝校だ。県下随一と言ってもいい。元々バレーが強い高校ではあったが、皆川が入学してから一気に常勝校へと名乗り出た。優勝狙いというのはあながち誇張でもない。
 こうした高校だからこそインターハイに出られる。こうした高校だからこそ、強い選手が集まる。例え今年負けても、来年もまたインターハイへやって来られる可能性はある。
 でも光広は来年の今ごろ、確実に金剛高校にはいない。仮に勝ち進んでインターハイへの切符を掴んでやってくることができれば、その時には金剛高校のライバルになっている。
 だから金剛高校の一員として出場する、最初で最後のインターハイだった。
 この試合、誰が諦めるものかと思う。まだまだ試合は勝ち進む。ここで終わるつもりなんてない。
 ポジションに戻る。ホイッスルが鳴り響く。再び打ってきたのはジャンピングフローターサーブ。光広は自分のポジションについた。
 ボールはウィングスパイカーの加藤が拾う。今度は確実に光広に返ってきた。光広は皆川にBクイックのトスを上げる。皆川の読みは完璧だった。いや光広がそのトスを選ばされたのか? と思う程、タイミングが完璧だった。最高到達点で振り下ろされるインパクト。百九十七センチもある巨体が打ちおろすクイックの速度は、時速百キロを超える。速度も威力もある。
 力負けしたブロッカーの手からボールが零れ落ちた。すかさずリベロがローリングレシーブで拾いあげてトスを上げる。ボールは上がるがセッターに返らない。レシーブが乱れこちらに向かってきた。チャンスボールだ。
 次の瞬間、ミドルブロッカーの高橋が跳んでいた。直接飛んできたボールをダイレクトアタックする。ディグの体勢が整わないうちに打ち込んだために、ボールは見事に決まった。
 十二対十二。どちらも引かない勝負どころだ。
「ナイス、高橋先輩!」
 自然と円陣を組んで背を叩きあい、それからローテーションの移動だ。今度のサーブはその高橋だ。
 ホイッスルが鳴る。高橋はボールをくるくると回しながら、頭上にトスを上げると、ジャンプサーブで打ち込んだ。皆川程ではないにせよ、百九十二センチもある長身だ。ジャンプサーブの威力はすさまじく、レセプションに入ったリベロがかろうじて踏みとどまってボールを上げるが低い。それでもボールを落とすまいと、なんとか返そうとしてフライングレシーブで三番がボールを上げる。しかしこれもまたスパイクもまともに打ち返せる高さではなく、やっと三打で返すだけになる。
 またしてもチャンスボールだ。ウィングスパイカーの加藤が丁寧に拾いあげる。すでにポジションについていた光広にボールが上がってきた。
 皆川と加藤がそれぞれAクイック、Cクイックのポジションへ向けて走り出す。光広はそのどちらにもトスがあげられる状態だった。
 けれどもこの二人を囮にして、高橋にバックトスを上げた。ここで逆転したい。その思いは共通だ。そのために、高橋もまた光広を見ていた。
 コートを蹴っての跳躍。高い打点から打ち下ろされるバックアタック。
 凄まじい威力でコートへ飛ぶ。今度こそリベロは拾えなかった。叩きつけられたボールは爆音を立てて床に叩きつけられて跳ね返った。
 これで点差は十三対十二。再びこちらがリードを迎える。
「さすが必殺腹黒仕事人! やることエグイ」
 大森に茶化されたので、光広はニヤリと笑った。
「ありがとうございますっ!」
「いや、褒めてねぇし」
 呆れ混じりに笑われるが、光広も笑っていた。じりじりと点数が上がって来るにつれて欲が顔を出す。勝ちたい。いや、勝てる。

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