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09 最初で最後の夏

 ローテーションが久しぶりに回る。次のサーブは皆川だ。オポジットの皆川が後衛に下がれば、必然的に光広が前衛に上がる。皆川ならバックアタックも打てる。だが皆川への警戒が高い分、使い辛いこともある。
 光広は何気なくベンチを見た。富士は手当より試合を見たがっているようで、タオルで傷口を押さえているだけでろくに手当をさせない。隣にいるマネージャーの藤沢が、手を放して傷を見せろとでも言っているのだろうか? 煩わしそうに何かを言っている。
 みんなこの試合の重要さをわかっている。勝つんだ、光広はそう言い聞かせた。
 ホイッスルが鳴る。皆川はかなり助走を取ってボールを高く上げた。ジャンプサーブだ。
 長身な上に体格がいい。大学生と引けを取らない皆川のスパイクは当然威力があるが、サーブも当然威力がある。
 皆川が打ち込んだボールは相手コート後衛・ライト側、これまで散々金剛学園を脅かしたサーブを決め続けてきた四番めがけて打ちこまれる。
 拾わなければコートに決まる。しかしリベロが滑り込んでも間に合わない、そんな絶妙なライン際だ。
 四番がアンダーハンドレシーブでボールを拾い上げようとする。しかしサーブの威力に体勢が崩されてしまい、ボールはライト観客席側へと飛んで行ってしまった。
 十七対十六。またしても一点リードを奪った。
「すげ……キャプテン……」
 思わず皆川を見てしまう。皆川は真面目な性格なので、ここで笑ったりしてやったという表情は浮かべない。ただじっと相手コートを見て、それから視線をベンチに、それからコートにいる仲間に送る。
 新しいボールを受け取り、床に何度か叩きつける。
 絶対不動のエースがチームにいるというこの安心感はなんなのだろうか?
 勝てる、そんな気持ちにすらなってくる。
 そして光広は勝ちたいと強く思った。金剛高校の一員として試合に出られるのはこのインターハイだけだ。これに負けたらもう光広には仲間としてチームに残ることはできない。
 三年生よりも先に、チームを抜けるのだ。
 だからどうしても勝ちたい試合だった。
 皆川が二度目のサーブに挑む。ホイッスルが鳴ると先ほどと同様に助走を大きくとったジャンプサーブ。次の狙いも四番に近い。こちらが何度も山内を狙われたように、皆川も四番を狙っているのだ。
 冷静で頼りになる皆川だが、富士の怪我のことを冷静に怒っているんじゃないか? と光広は思う。
 しかし相手チームもそう来ることを警戒していたのだろう。後衛にいた二番がすかさずディグで拾う。しかし皆川のサーブは相変わらず重い。拾ったボールはライト側へと飛んで行く。そこをすかさず四番がワンハンドレシーブでつなぐが、高さがない。前衛のミドルブロッカーがアンダーハンドハンドでボールを返すのやっとになった。
 そんなチャンスボールに食らいついたのは大森だった。
 ブロックに飛ぶかと思いきや、ダイレクトにスパイクを打った。皆川のサーブを拾うのがやっとで攻撃に繋げない様子を見て、決めていたのだろう。
 当然相手コートのブロックは間に合わなかった。ボールは床に叩きつけられる。十八対十六。ここにきての二点差は大きい。
「よっしゃぁぁ!」
 大森が両手を握りしめて歓声を上げる。ポジションから戻ってきた光広は大森に抱き着いた。
「先輩最高!」
「俺に惚れると火傷するぜ!」
「いやぁん、先輩熱いっす!」
 軽口を叩くと大森が白い歯を見せてニヤリと笑って、光広の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜてきた。なすがままに撫でられた後、光広は大森と手を叩きあう。
「大馬鹿森、戻れ!」
 後衛から高橋に声をかけられて、光広と大森は自分のポジションに戻った。ここでファールを取られたら意味がない。
 やはりバレーボールは楽しい。やめられない。興奮が止まらず、楽しくて笑い出しそうなくらいだった。
 時間は止まらない。ホイッスルが鳴ると、皆川は助走をとったジャンプサーブを打った。ボールは東若松学園側コートレフト後方へ向かう。先ほどまでとは大きくコースを変えたサーブだが、後衛の三番ミドルブロッカーが拾い上げた。セットポジションについた六番セッターにボールは上がる。
 レフト側で七番が動いたが、ライト後衛で四番がボールを打つ予備動作、テイクバックに入っていた。
 強烈なバックアタックは威力も強く、サーブを打った皆川めがけて飛んできた。本来攻撃中心で、守備には回らないオポジットとはいえ、拾わなければならない場面だってある。皆川は落ち着いて重心を落とし、アンダーハンドレシーブでボールを拾う。確実な軌道で上げられたボールを光広は丁寧にトスを上げる。前衛大森を囮にしたAクイックに見せかけた、後衛山内のバックアタックだ。
 しかしそのコースが読まれていた。七番のゲスブロックの読みが当たり、山内のバックアタックは阻まれる。
 なんとか落とすまいと加藤が拾いに行くか、反応が遅かった。拳一つ程の間隔でボールは床に落とされた。
 折角二点差にするも、再度一点差になる。
 なかなか得点をつき放せない。もうそろそろ得点差を確実にしたい。そんな苛立ちを光広は感じた。
 東若松学園一番のフローターサーブ。ボールはセンター後衛に向かってきた。セットポジションについた光広の目の前で、高橋がレシーブに向かう。
「あ」
 しかしボールは高橋が拾うより先に床に叩きつけられた。
「悪い……」
「どんまい、先輩!」
 明るく言って、光広はポジションを戻す。その途中、まだまともな手当てをしていないリベロの富士を見た。
 どうしても長身のミドルブロッカーはディグの動作が遅くなる。バレーボールは長身であることが求められるが、その中でリベロは身長が低いからこそ低めのボールの対応のスペシャリストだ。
 本来高橋が後衛に下がるローテーションの間は、リベロの富士をローテーションに組み込んだままになる予定が、想定外の怪我でもうコートには戻れない状態だ。そのためディグの弱い高橋が後衛にいるのは痛い。
 他のメンバーと交代するにも、今回の登録はリベロが一人だけだった。
 光広は気分を入れ替えるために、軽く自分の両頬を叩いた。
「よしっ、集中!」
 するとネットの向こうで、六番が笑った。この六番はセッターだ。三年生なのだろう。嫌な笑い方で光広を見てきた。
 軽く苛立つ。挑発のつもりなのだろう。
 ホイッスルが鳴る。ここで目の前のセッターと喧嘩をするわけにはいかない。
 一番が再びフローターサーブを打ってきた。しかもコースが同じとは底意地が悪いのか、それとも自信があるのか……

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